フィール外交部部長について

日が落ち、夜になり始めた頃の議員食堂。

とても珍しい組み合わせが、予約制の個室で会食をしていた。

フィール・アンブレラ外交部部長とウォール・グリーン議長だ。

彼らは議員でもある。


「お食事できて光栄です、ウォール議長」

フィールが嬉しそうにウォールに語りかける。


「ええ、こちらこそ」

ウォールが答えるが、フィールは不思議そうに見ていた。


「敬語を使われなくても…議長なのですし」


「そうですか?」


「ええ、少し意外でした。ウォール議長はプライベートだと敬語なのですね」


「昔の名残りです。それに今は仕事の延長線上に近いと思います」


「なら、敬語を使わなくても結構ですよ。あたしもやりずらいですし」


「そうですか。なら」

ウォールはそう一区切りする。


「ネルシイ側は我々のフューザック帝国侵攻について何か言っていた?」


「いいえ、何も。通達もしておりません」


「そうか」

ウォールが運ばれたステーキを切り始める。

音もたてず派手な動きがないにもかかわらず、肉はずるずるとナイフに屈し削れ、バラバラにされていく。


「フィール外交部部長はリナ諜報長官についてどう思う?」


ウォールが聞くと、フィールがぴたりと動きを止めた。

明らかにフィールにとって地雷であることが分かる。


「どうして…そんなことお聞きになるのですか…?」

見上げた顔は鬼のような形相をしている。

まるで親の仇を見るような瞳だ。


「いや、歴代の諜報長官と外交部部長はみんな確執があったからな。

それに、君が個人的にリナ長官を恨んでいるような気がした」

そもそも、ユマイルには対外組織は、外交権を持つ外交部と他国の情報を収集する諜報部の2つがある。

特にネルシイとフューザック帝国の大国に囲まれた我が国は、諜報部は歴代政権で重宝され、外交部は軽視されてきた。

そのため、本来序列な同じはずにもかかわらず、外交部部長は事実上、諜報長官よりも劣った扱いを受けている。


しかし、フィール外交部部長がウォールに聞いたのはそこではない。

「個人的な恨み?なぜそう思うのですか?」


「リナとすれ違う時、彼女の後ろ姿を睨んでいたからだ」


「…ふ、よく見ていますね」

フィールがため息をついた。


「ええ、嫌いですよ、あの女。大っ嫌い」

フィールは怒気を強めてそう嘆くようにこぼした。


「なんなの。本当になんなの。本当は、あたしの方が諜報長官に相応しいのに」

フィールが食事で酒を飲んでいるせいか、まるで酔っているように見える。

その姿を何も言わず、ウォールは途中で水を飲んだりしながら、眺めていた。


「人事は適切にやっているつもりだ」

ウォールが事務的に回答すると、フィールは血が上ったように


「リナ・クソビッチ長官!どうせ、あんな女、ウォール議長に色目を使っているのでしょう。

ウォール議長も騙されたら駄目ですよ!」

冷静だったウォールも興奮気味に語るフィールに驚いて、茫然と彼女の様子をうかがっている。

フィールも「あっ」と言って自分の行いを恥じたが、もはや後の祭りであった。


「その、ごめんなさい。取り乱してしまいました…」

ウォールは無言で席を立つと、「すぐ戻る」とだけ言って部屋を出た。

フィールが不安そうにそわそわとしていたが、ウォールはすぐに水を持って戻ってきた。


「とりあえず、水でも飲んで落ち着くように」

店員を呼ばずに自分で言ったのはまだ興奮気味なフィールの姿を店員に晒すのを避けるためで、彼なりの配慮であった。


「…ありがとう」

フィールは心なしか顔が紅潮しているように見える。


「君はリナの事になると人が変わるな…」

落ち着いたころを見計らいウォールは呟いた。


「私の事を嫌いになってしまいましたか?」

フィールは上目遣いに尋ねる。

それはまるで恋する乙女なような瞳でウォールをより混乱させるのだった。


「政治家の職業柄、仕方がない。

言葉の品の無さには驚いたが」


「あの女はあたしを貶めようとするかもしれない。

そう思うと夜も眠れないのです」

フィールの言葉は先ほどとは対照的に落ち着いている声であった。


「君の外交部部長としての立場は私が守る」

ウォールにはなぜフィールがこれほどまでリナを警戒するようになったのか分からなかったが、

ウォールは幼馴染のリナが昔、乱暴で気が強かったことを思い出し、リナがフィールにトラウマを植え付けるようなことをしたのだろうなと推測した。


「諜報長官の地位は約束してくださらないのですね」

フィールはしゅんとした。


「それは君の今後の活躍次第だ」

フィールは特段目立った活躍もなく、かといって失点も無い、そんな人間であった。

国民の認知度も高く、リスクを恐れず少々荒立ったことでもするリナとは対照的である。


沈黙の中、フィールを眺めていたウォールはあることに気づく。

ウォールの見覚えがある首飾りをしていた。

ウォールは興味深そうに眺めると、フィールは不思議そうに彼を見つめ返す。

そのうち、ウォールとフィールは目が合ってしまい、沈黙してしまった。


「いや、すまない。昔の想い人がそんな首飾りをしていて、つい。

不快なら謝罪したい」


「いえ、そんな、あたしは全く気にしていません」


「そうか」


「聞いてもよろしいですか?」

フィールがウォールに何を聞くか、おおよそ予想ができていた。


「どうぞ、答えられる範囲なら」


「その女性はどんな人でしたか…?」


ウォールは少し考えたのち、ゆっくりと答えた。


「初恋の人だった。上品で美しく、私にはないものを持っていた」


フォールは嬉しそうに頬を赤らめて、聞いている。

「きっと、ウォール議長が恋なさるなんてとても美しい女性のでしょうね」


「ああ、でも…」

ウォールは少し考え込んでやめた。


「いや、なんでもない」

ウォールは静かに振り払うようにそう切り上げる。

フィールは少し悲しそうにそんなウォールを眺めていたのだった。

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