開戦

この日、ウォール議長兼議員とリナ諜報長官兼議員、そして参考人としてエマリー軍代理は議会に出席し、最大野党、ユマイル国民民族労働党からの質問を受けていた。


「ウォール議長を中心とする与党は戦時体制法を提出しました。

大戦も始まってもいないのに、戦時体制をしき、議会と選挙を停止させようとしているのです!

これは民主主義に対する冒涜ではありませんか?!」


質問者の名前はオードリー・ブラウンユ党首。ジャーナリストあがりの彼はきれのある質問で国民の支持を集めている。


ウォールは議長でもあり議員でもある。円滑に議会を進めなければならないが、議員として質問に答える義務がある。

極端な話、議長として質問をすべて打ち切り、議会を停止させることだってできてしまう。

緊急事態には有効だが、不用意に使えば、必ず選挙で落とされる。


「お答えします。

皆さんご存知のように、300年前の大戦は地獄を極めました。

このままでは再び悲劇がこの大陸を襲ってしまいます!

我々は祖国の尊厳と安全を守るべく、今取るべきは銃なのです!」


ウォールの演説に与党議員らは拍手を送る。

オードリー党首はこちらには余裕があると言わんばかりのほほえみで再び質問台に立つ。


「なぜ、始まってもいないのに大戦がはじまると言えるのですか?

ウォール議員らは軍と結託し、議会を排除しようと考えているのではないですか?

エマリー軍代理!お答えください」


エマリーは一喜一憂し感情的になる議員とは対照的に官僚的である。

「お答えします。

私たち軍は法に基づき、議長の適切なシビリアンコントロールのもと運用、統制されております。

違法に議会を排除するといった事実はないと、そう考えております」

エマリーが礼をする、野党議員からは不満の声が聞こえる。

議会は踊るされど進まず。






「酷い災難だった。野党議員は安全保障というものを知らないのか」

あれから野党からの質問が続いたのち、今日の議会は閉会し、帰りにウォール議長はリナ長官に不満をはいていた。

「でも、最後は戦時体制法が通ってよかった。

そもそも、ユマイル労働党は既存の政治に不満を持つ層が支持層ですし、彼は良い戦略を取っていると思いますよ」


「彼は政治家としては一流だが、指導者としては三流だ。

支持率至上主義は評価できない」


「元ジャーナリストですし、何を聞けばうけるかよく分かっているのでしょう」


と歩いていると、エマリー軍代理が壁に寄り掛かり、2人を待ち構えていた。


「ウォール議長。陸軍の師団増加と海軍の船団の増設、感謝いたします」


と、エマリーがウォールに話しかける。


「エマリー軍代理。君にお礼を言われるとは…明日の天気は雪なのかもしれないな」


「何をご謙遜を。あなたは国の安全を強化した英雄ですよ」


「先ほど、議会で軍国主義を推し進めた悪人と呼ばれたばかりなのだがな…」


「そう言えば、せっかくリナ長官もいらっしゃることですし、軍の見学にいらしてはいかがですか?歓迎させていただきますよ」


エマリーがそういうと、リナにも視線を向ける。

「あら、私も呼んでいただけるのかしら?」


「ええ、是非ご一緒に。ウォール議長と仲つつましくデートだと思っていただければ」


リナは動揺し顔を赤くしていたが、ウォールはエマリーの方を見ていて、それに気が付くことはなかった。

「時間外労働をデートと呼んではいけない」


ウォールが言うとエマリーは苦笑いをする。

「政局は読めても、女心は読めないようですね」


と、ぼそりとエマリーは呟いた後

「では、ご案内いたします。ついてきてください」

リナとウォールに何かを言わせる前に重ねて言った。


広大な行政、議会、司法、軍。国の中枢施設が一つになったこの広大な施設の廊下を通り抜け、広場のあたりに兵舎がある。

大量に建てられた兵舎の一つに近づくと


「ここが第一師団。我が首都防衛の要、精鋭部隊で大半、士官学校成績上位卒業生や在校生。武装は大砲や銃を中心としています。

更に少し遠くにあるあちらが、第二師団、ここから見えなくなりますが、さらにあちらには第三第四と続きます」


とエマリーが2人に説明する。


「何度見ても広大な土地だ。ここに大量の兵士を集中させている訳か」

ウォールがそう呟く。


「元々代々、我が軍の思想は強大なフューザック帝国とネルシイ商業諸国連合が侵攻してきた際、これを短期間で全兵力を持って殲滅する思想ですから。

しかし近年、攻撃型の師団も増やしてきており、つい先日ウォール議長に増やしていただいた師団は攻撃型になる予定です」


「魔法師団もあるのでしょう、エマリー軍代理」

リナがそう聞くとエマリーが頷く。


「ええ、二個師団ほど。

ただ、今後これらを解散し、魔法科兵として各師団に組み込む予定です」


「もし我が軍が解散すれば、魔法師団を持たない唯一の軍になるだろう」


「ええ、これからは科学の時代です。

なぜなら、3000年かけて積み上げてきた魔術を、1日で作った大砲を使って誰でも数人で再現することができます。

さらに爆弾を使うと、魔法を使わずに爆発を引き起こすこともできるわけです」

エマリーがそう力説すると、ウォールは頷いた。


と、話していると3人のところへ猛然と、まるで地球最後の日を迎えたのかと思うほどの顔をした職員が走ってくる。バッチは諜報部所属だ。

彼はリナ長官に近づくと耳打ちをする。リナは顔をしかめた。

「何かありましたか?」


エマリーはそう聞く。

「ええ、ネルシイ商業諸国連合がフューザック帝国に宣戦布告をし、侵攻を始めたそうよ」



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作者より

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