交錯する思惑

朝方、太陽が昇り始め、明るくなり始めたころ、

眠っているウォールにリナは部屋に無造作に入ってきた。


「おはようございます」


まるで年相応な無邪気な明るい声で、彼女の仕事仲間は決して接する機会がない態度だ。


「おはよう」


眠そうにウォールは起きる、完全に寝ぼけている。

彼が自分の寝室の合鍵を持たせているのは個人的に信用しているリナだけで、

彼らの関係性の深さを物語っていた。

ウォールが目をこすり、少し経つと、大分正気が戻ってくる。


「現実世界にお帰りなさい。お風呂にする?ご飯にする?それとも・・・」


と、言われウォールは低い声で答える。


「仕事だ。昨日やり残した書類作成が残ってる」


それにリナは苦笑いをして


「知ってました。私もそれで少し用事があったんです」


ウォールは少し考え込んで


「で、仕事と言うのは?」


とリナに聞く。


「ええ、興味深い報告を。ネルシイ商業諸国連合がフューザック帝国の国境付近に十個師団近くの大部隊を集中させているそうです」


というと、紙で書かれた十ページ近くの書類を手渡す。

ウォールはそれを受け取ると、目を通す。


「大砲3万6000門。約25万人。これはただ事では無いな…。それに…」


「ええ、大砲の数が明らかにおかしい。異常な数よ」


「流石、商業国だ。これだけのものを用意できるとは・・・もはや、おかしい値だ。本当にあっているんだな?」


「製造番号からの推測、およびネルシイの公式書類を入手した結果だから、私としては信頼できると思っています」


「分かった。部下を信じよう」


ウォールはうなずく、書類を閉じた。


「そろそろ、会議だ。君も来てくれ、この報告書も参考にしたい」


「分かりました」


ウォールは身支度し仕事をすると、部屋を出てリナと会議室へ向かう。

途中、会議室へ向かう途中のウージ財務部長と鉢合わせになった。


「おお、これはこれは、議長。おはようございます。」


「おはよう、ウージ財務部長。例の案検討してくれましたか?」


「ええ、もちろん、お任せください」


ウージは胡散臭い営業的な表情をしているので、ウォールもリナも彼の言っている事と考えている事が違うのだと推測をしていた。

ウージはへりくだった態度をそのままにリナへ視線を向ける。


「とても、お似合いですね、お二人様は。心優しいウォール議長はリナ長官を守って“あげたら”どうですか?政界は荒波ですから」


“彼女に俺の庇護など必要ない”そう苦言を言っておこうかと考えたウォールだが、彼より先に彼女自身が反論したのだった。


「ウージ部長こそご両親にご挨拶されてはいかがですか?家の名誉だけでここまで来たのではないですか。お礼を言うのが筋だと思いますよ」


と言うと、ウージは初めて表情を崩した。

眉間にしわを寄せ、黙っている。


「では、お先に失礼」


リナはそういうと会議室へ入っていった。


「仲間同士で喧嘩しても意味がない」


ウォールはウージに通り過ぎる時にそう伝えると、ウージは何も答えなかった。

会議室にはウォール議長、リナ諜報長官、エマリー軍代理、ウージ財務部長、

さらにエマリー腹心のミュー・フラワー陸軍中将、

ウージのいとこのザワエル・ボーン海軍大将が参加し、この国を動かす面々がそろった。


「今回の議題は来るべき第二次フェーニング大陸大戦についてだ。

このような戦争が起きれば300年前…いや、それよりもっと悲惨なものとなるだろう。

リナ諜報長官、例の報告を」


「はい、ネルシイ商業諸国連合がフューザック帝国の国境付近に十個師団近くの大部隊を集中させており、大砲3万6000門。数、約25万人。

ネルシイ商業諸国連合がフューザック帝国との戦争準備を進めているという情報もあり、今回はそれを裏付けるものだと考えています」


この会議室に居る誰にとっても報告は衝撃的で、事前に知っていたウォールを除き、皆動揺を隠せない様子だった。


「それだけの大部隊をフューザック帝国の国境付近に動かしているのであれば、我が国境付近の部隊は少ないはず。

これは我が国とってネルシイ商業諸国連合を叩く絶好の機会です」


エマリーは勇ましくそう進言する。


「あなたは正気ですか?ネルシイ商業諸国連合は我々のGDPの5倍近くあるのですよ。

あくまで地の利を得られる防衛戦で戦うべきです」


リナは呆れたような声で答えた。


「では、リナ長官はネルシイが侵攻してくるまで待てと、そうおっしゃられるのですか?」


「まだ、大戦は始まってもいない。ここはとりあえず様子見が最善なはずだと思いますよ」


「リナ長官、座して待っては勝機を失ってしまいます」


「慌てた選択は全てを失いますよ、エマリー軍代理」


話し合いが硬直するのを見て、ウォールは口をはさむ


「チャンスがあれば果敢に行動すればいい、まだ焦る時間じゃない」


その言葉を受け、エマリーにとっては含みを持たせたもので妥協点であった。

そのためエマリーは矛を収めようとしたのだったのだが…


「私は納得できません。戦いもせず傍観するなど恥です」


一同が驚いて発言者を見る。発言したのは強硬派の中でも過激な考えを持つ才女、ミュー・フラワー陸軍中将だった。


「ミュー陸軍中将、

君には発言権を認められていない!

あくまでエマリー軍代理の補佐や助言を行うことができるだけだ!」


ウージ財務部長が怒り心頭で言う。

というのも彼は伝統を極度に重んじ、神聖なる会議で彼が“血生臭い集団”と蔑む軍人が許可されていない発言権を勝手に行使したのが許せなかったのだ。

ウージの発言を受けて、納得できない顔をしながらもミューは引き下がった。


ピリピリとした雰囲気の中、ウォール議長が発言する。

「リナ長官は今後とも注視し、2か国の動向を追ってほしい。

そして、エマリー軍代理には、

ネルシイ商業諸国連合がフューザック帝国を侵攻後もしくは侵攻中に、我が国も侵攻し、これを撃退する“シナリオA”、

そして、我が国がネルシイ商業諸国連合を侵攻し降伏させる “シナリオB”

を策定してきてほしい。

私は、大戦に向け議会に戦時体制法の提出の準備をする」


多くの人の思惑が交錯する中、ユマイル国民民族戦線は戦争への準備をまた一歩始めるのだった。




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作者より

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