第8話 償い


 皮一枚で生き延びた私を新たな試練が襲う。


 帰国したエレナ様が病に伏せってしまわれた。風邪のような症状が一週間ほど続くが回復の兆しがない。市中でも同じ病が広がっていると聞く。


 アレン様が悲痛な顔で見舞いに来られたが、エレナ様はベッドから起き上がることもできない。


「ああ……、僕の可愛いエレナがどうしてこんな目に」


「お兄様は心配性だなあ。泣かないの。よしよし」


 気丈に振る舞われていたが、アレン様が帰られるとエレナ様は夢現のような状態になった。


 この子ももう潮時か。楽にしてあげよう。私は白い粉を紅茶に混ぜた。前世の知識を使って作った劇薬だ。


「ねえ、エレナ様。よく眠れるお薬があるんです」


「ありがとう、先生。先生はエレナがいなくなったら泣いてくれる?」


 ああ、泣きたいくらいだ。エレナ様が亡くなったら、研究所のデータをもってエーデルフォイルに亡命しなくては。長官とアレン様に殺されそうになったと言えば信じてくれる。


(嘘つき!)


 昔、良かれと思ってやったことが裏目に出た事があった。前世なんて関係ない。私は元々こういう人間で、毒婦のメアリーは性に合っているのだろう。


 どう転んでもエレナ様に何かあれば、長官もアレン様も私を許さない。地獄の底まで追ってくる。


 どうせ死ぬなら試してみたいことがある。


 私は紅茶を置き、部屋を出た。エレナ様の病はただの風邪ではない。


 私はそれを知っている。邸の食堂に答えがある。最近ネズミが増えたとメイドが話していた。


(チュウ?)


 灰色の毛のネズミが首を傾げている。私はそれを踏みつぶし、研究所に運んだ。


 まずはエレナ様の縁故で研究所に入った子弟を極秘裏に集める。


「さあ、名乗り出る者はいないの? エレナ様に恩を売る絶好の機会よ」


 志願者がいないので私が実験体になるしかなかった。無理もない。これから行う実験はかなり無謀なものだ。


 精霊力場の連鎖誘導実験を人間の体を使って行う。エレナ様が冒されているのはネズミを媒介にしたウイルスだ。解毒するにはワクチンを作るしかない。


 培養する時間も技術もないので人間の体を使うというわけだ。干渉力場が存在すれば、抗体を移植するのと同じ効果が期待できる。そのためには私の低い力場は丁度いい。磁石も反対の性質の方が強く牽かれあう。


 今回の事態は私の責任だ。キツネを狩りすぎたばかりにネズミを増やし、隙を与えることになった。このウイルスは本来、エレナ様が罹る病ではない。


 私の体で償う。抗体を作るのにどれくらいかかるだろう。エレナ様が持ち堪えるのを祈るしかない。

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