第6話 しくじり先生


 バルコニー付きの白い迎賓館には、多くの馬車がひしめいていた。どの家紋も名だたる貴族のものばかり。


 国の象徴でもある光の精霊がシャンデリアを彩り、その下を華やかな貴族たちが舞う。


 場違いな所に来てしまった私は、紫の薔薇のコサージュをつけて柱の陰の壁際に立っていた。元々参加できる身分ではないし、今夜の主役は私ではない。


 エレナ様が背の高い男性と談笑している。男性は、隣国リームルマサラの王子ハミル。褐色の肌に白っぽい短髪、爽やかな笑顔で周囲を魅了していた。


 そして、彼はエレナ様の婚約者だ。公式発表はまだだが、今回の晩餐会はそのお披露目の意味もあった。


 政略結婚に至ったのは私のせいでもある。エレナ様の評価が上がるにつれ、玉座を狙う動きと受け取られることが増えた。これまでノーマークだった無能な王女が急浮上したことで、他の王族を擁立する派閥が警戒するようになったのだ。


 兄弟仲は良好だし、このままいけば第一王子アレン様が王位を継ぐことは確実だろうが、波風が立つ前に国外に出した方が良かろうというのが、長官と私の意見だ。魔法庁の長官は、現陛下の実弟でエレナ様の叔父に当たる。


 が、実はエレナ様は長官と王妃の間に生まれた不義の子ということを私は前世の記憶から知っている。この秘密が露見すれば、関係者全員の首が飛ぶ。


 長官の弱みを知ったことで、私は国政に暗に影響を与えることができるようになった。それも今夜で終わると思うと肩の荷が降りる。元々私は静かに研究がしたいだけで、権力争いに興味はない。その点、エレナ様も同じ考えをお持ちだったので、結婚に不満はなさそうに見えた。


 騒がしい会場が、一瞬静まり返る。何事かと柱から顔をのぞかせると、第一王子のアレン様が入場したのが見えた。関係者一人一人に笑顔で挨拶をしている。遠目からでもわかる長身の美男子で、エレナ様とは違い静かで儚げな雰囲気が特徴だ。そうこうするうち、アレン様が近づいてきたので、柱に身を隠す。


「やあ、メアリー嬢」


 背後から肩を掴まれた時は、心臓が飛び出そうになった。すみれ色の瞳に、長い金髪を編んで肩に垂らしている。女性的な容姿だが、手の圧力はまさに男性のそれで、私を逃さない。


「も、申し訳ありません、アレン様。すぐに退場いたします」


「いや、いいんだ。エレナに連れて来られたんだろう。我々はもはや家族同然じゃないか。もっとくつろぐといい」


 高貴な方の言葉を真に受けるとひどい目に遭うと経験で知っているので、私の頭は脱出することで一杯だった。


 アレン様は半ば強引に私を引きずり出すと、エレナ様のいる方へ歩いた。アレン様とハミル様は友人同士で、くだけた挨拶を交わしていた。挨拶が終わるや、エレナ様がアレン様に抱きつく。


「ねー、お兄様、聞いてよ! ハミルったらジャガイモ掘りをバカにするの」


「ジャガイモ? 手が汚れるじゃないか。そんなことをしたのかい」


 アレン様はやや棘のある声で応じた。


 私の授業は課外活動も含まれる。町に花を植えたり、野菜の収穫もその一つだ。アレン様はこうした活動を快く思っていないらしいと噂で聞いた。


「でも楽しそうだ。今度みんなで行きたいね。ねえ、メアリー嬢」


 ……、王子の笑顔が冷たく冴える。やっぱりエレナ様を擁立する動きに見えるのだろうか。情操教育の一環なのだが。


 エレナ様はアレン様と喋り続け、気づけばハミル様の姿が消えている。


 バルコニーで一人、グラスを傾けているのを見つけたが、声をかけるのはためらわれた。ためらっているうち、ハミル王子が振り返った。


「メアリー嬢……、だっけ。エレナから聞いてるよ。クロイツェル長官はお元気か。小さい頃、ギーク(チェスの一種)でこてんぱんにやられた。あの方は子供にも容赦がない」


「今でもお変わりないですよ。私もよく叱られます」


 アレン様よりずっと喋りやすい。ついつい自分の身分を忘れそうになる。


「先ほどはエレナ様が失礼しました。主に代わってお詫び致します」


「あいつはアレンのこと大好きだから気にしてないさ。それとは無関係なんだが」


 嫌な流れだと頭を下げながら思った。


「今回の結婚が、同盟に必要なことはわかってる。でもエレナのことを愛してはいても、妹のようにしか見れない。不安なんだ」


「エレナ様だって不安ですよ」


 私は顔を上げ、激しい口調でまくし立てる。


「元々繊細な方なんです。ご家族に遠慮されていますけど、本当はもっと甘えたいんです。そんな方が国を離れようとしてるのに、どうして貴方は応えてくれないんですか!」


 ハミル王子は口を開けて、ぽかんとしていた。


 あ、しくじった。自分が嫁に行くわけでもないのに感情が押さえきれなかった。何故だろう。

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