第4話 運命共同体


 その日のうちに本採用の通知が下宿先に届いて驚いた。


 明くる日、エレナ様にお目通りが許される。あのサッカー少女がエレナ様だとわかって肝を冷やした。


「よろしくねー、センセ」


 はしばみ色の瞳を細めて、一段高いところから挨拶を受けた。特注のプリセスドレスに身を包み、扇を片手に椅子にふんぞり返る姿は子供ながらに貫禄十分。家庭教師が次々辞めたというから、さぞ底意地が悪いのだろうと邪推する。


 住み込みではなく、週四で彼女の私邸に足を運ぶことになった。私が受け持つのは歴史と農耕の授業。これは最初の頃、ほとんど身を結ばなかった。まず、彼女の素行を改めさせるのに時間がかかった。じっとしていられず、とにかく落ち着きがない。服を着ずに出歩くこともあり、目が離せない。


 この子は何を望んでいるのだろう。放任主義の失敗とも、末っ子特有の甘えとも違う気がした。


 それを知りたくて、頼りたくない前世の記憶を紐解く。


 エレナの評価は後世でも二分されていた。


 曰く、国の太陽。はたまた国を凋落に導いた魔女。


 天真爛漫でおおらかではあるが、人の意見に流されやすく、不用意な発言が大きな分断を招く。


 家庭教師のメアリーや叔父にそそのかされ玉座につくこともあるが、所詮は傀儡。長くは権力を維持できない。当然彼女が失脚すればメアリーもただではすまない。


 つまりエレナ様と私は運命共同体なのだ。上手く事を運ばないと命にかかわる。


 かといって、死亡フラグを恐れ過ぎてもいけない。


 私が都に来たのはエレナ様を淑女にするためでも、婿を探すためでもない。魔法学術院で研究をするためだ。そこは譲れない。


 運が良いことに、彼女の叔父は魔法学術院を管轄する魔法庁の長官だ。エレナ様の評価は私の評価に直結する。そのため教育にも熱が入った。


「でも先生って精霊視えないよね」


 エレナ様は人の弱点を心得た上で、痛い所をついてくる。そもそも私の採用理由って、そこなんだよね。エレナ様の精霊の力が強すぎて、周りに限られた人間しか置けないため、私に白羽の矢が立ったのだ。私は魔法の才が全くないので、精霊が障ることもない。これで家庭教師が次々辞めた理由も、遠方からわざわざ私を連れてきた理由もはっきりした。


 本来のメアリーはこのやり取りがトラウマとなり、魔法コンプレックスを悪化させるけど、私は諦めない。


「エレナ様と同じです。誰かと分かり合いたいのですよ」


 エレナ様が他人との接触に飢えていた初めの出会いを引き合いに出し、私の研究に対する熱意を事あるごとに吹き込んだ。誇張し、嘘を織り交ぜて自己を売り込むうち、四年の歳月が経過した。





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