第3話 毒婦のメアリー(後編)


 あ、これグリードエンプレスだ。


 私の中で、領主の娘メアリーと、睡眠薬を飲んで目覚めなかった"私"の意識が溶け合う。


 前世の記憶というのがあるとしたら、"私"はこの先に何が待つのかを知っていなければならない。


 グリードエンプレスは、所謂乙女ゲーというジャンルに該当する。運命の王子様と結ばれるための剣と魔法の恋愛シミュレーションと銘打たれているが謀略あり、裏切りありというダークな世界観が特徴。


 元貴族の女海賊が恋人に裏切られ火あぶりにされたり、人類に絶望した聖女が世界を凍土に変えたりと、壮絶な最期に事欠かない。


 やっと結ばれた王子様が疫病でコロリと亡くなり、権力を手中に収めた三日後には反乱軍に捕まって、ギロチンの露と消えることもある。


 なんという諸行無常。


 "私"はこの世界観に魅せられ、ひたすらやりこんだ。どの国と同盟を結ぶか、どのタイミングで相場をいじるか、縁談を運ぶのか。さじ加減一つで人の運命が大きく変わるのだ。楽しくて仕方なかった。


 メアリーというキャラは、第三王女エレナの家庭教師という設定だった。眼鏡に黒い服、地味で冴えない見た目でいつも王女の陰に隠れている。


 その反面、裏では過激な魔法結社の手先となって川に毒を流したり、王太子を誘拐、殺害したりもする。ついたあだ名が毒婦のメアリー。


 当然、至る末路は処刑やそれに準ずるものが大半。よりにもよってこんな地雷女に私がなるなんて。


 きっとあれだ。本を読みすぎて頭がおかしくなったんだ。前世なんてありはしない。そう信じたい。


 とはいえ、都に行ける機会は今後あるかどうか。ここで逃げたら、前世を認めたみたいで癪だ。


 結局、私は父さんの申し出を受け、運命に挑むように都へと向かった。


 山を越え谷を越え、馬を乗り継ぎたどり着いた都は思ったより雑然としていた。良く言えば活気がある。悪くいえば埃っぽくて息が詰まりそう。


 旅の疲れを癒す間もなく、人ごみに揉まれ、壮麗な城のゴシック風建築に圧倒された。


 城に初めて出仕し、陛下に挨拶を済ませた帰り道、敷地内のよく手入れされた芝生の上で下着姿の女の子がボールで遊んでいるのを見かけた。女が衆目で肌を晒すのは良くないこととされている。淑女でなくとも、考えられない振る舞いだ。唖然としていると、声をかけられた。


「ねえ、髪を結んで」


 渡り廊下にいた私と目が合うと、女の子は警戒心もなく近づいてくる。まだ脂肪の少ない体つきで、12、3歳だろうか。背中に垂らした亜麻色の髪が邪魔らしい。私がまごついていると、何も言わずにまたボールを蹴り始めた。サッカーのリフティングのような動きをくりかえしている。


「一人で退屈じゃない?」


 私が訊ねると、女の子は不貞腐れたように顔を背けた。


「一緒にやりましょうか」


 なんとなく寂しい様が気になり、話しかけたのが運の尽き。日が暮れるまで付き合わされた。


 これが私の教え子、エレナとの最初の出会いだった。

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