エピローグ 淫蕩の魔女

ストレスのない生活

 ロベルトが奇跡の復活を成し遂げた様子は、集まっていた観衆から口コミで、あっという間にエルドナの街全体に広まっていった。

 それは同時に、街の英雄を瀕死の状態にした元部下のおっさんと、それを手助けした女神官の悪評判もセットになって広まっていくことになる。


 本当に俺は、この街と相性が悪い。


 そんなこんなで、俺たちは街から追い出されるように魔女の森へと帰ってきたのだが。


「どうして私たちが犯罪者みたいに逃げなくちゃいけなんですか? 元はといえば、レンさんを魔獣の群れの中に置き去りにしたあの人たちが悪いのに! まったくもうーっ」


 街を出てからずっとこんな調子で、セシルの機嫌がすこぶる悪い。

 愚痴と恨み節のオンパレードだ。

 うだつの上がらぬおっさんのために、こうして怒ってくれるのは有り難いと思わないといけないところなんだろうけど……


「まあ、この程度の理不尽なんざ、長く生きていればいくらでも経験することなんだよ。なぁ、フレーミア!」

 

 ずっと端からそれを聞いていた俺は、もういい加減うんざりしていた。

 フレアは見た目こそ年端もいかない幼女だが、実年齢はずっと上のはず。だが、女に年齢に関わる話題を振ってしまうのは悪手だ。

 少し後悔しながら顔を向けると、隣を歩いていたはずの金髪少女の姿がどこにも見当たらない。


「えっ? フレちゃんなら、さっき鼻をヒクヒクさせて森の茂みに入っていきましたけど……? あ、よく考えたら女の子一人で危ないですよね? あーっ、わたしなんで見過ごしちゃったんでしょう? わたしのバカバカバカバカーッ……」


 杖で自分の頭を叩き始めるセシル。


「いや、フレーミアなら大丈夫だろ」

 

 と、俺は呑気に答えて歩き出す。実際この森はフレアの庭みたいなもんだから何の心配もいらない。

 それに、セシルは勘の鋭い女だ。口には出さないが、もうフレアの正体に薄々勘づいているころだ。

 ボカボカと自分の頭を叩くのはただのパフォーマンスであることは、言葉ほどには取り乱していないその態度から一目瞭然だった。

  

「ああー、レンさんちょっと待ってくださいよぉー! レンさんはもっといろんなことに対して怒って良いと思います! もっとガーって怒らないと、そのうちストレスで死んでしまいますよ?」


「いや、この程度のストレスで死ぬんだったら、俺はとうの昔に死んでいるぞ? それにお前のおかげでロベルトを瀕死の状態になるまで痛めつけられたんだ。あいつらも今頃、反省しているんじゃねーか?」


「もう! ほんとにレンさんは人が良すぎますよ~!」


 ほっぺをぶく~っと脹らませて、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

 何、このカワイイ生き物……。


 まもなく30歳になろうとしている俺から見ると、セシルもまだまだ幼さの残る子どもなんだよな。


 そんな感じで目の保養をしていた、その時――


 茂みからバキバキと枝が折れる音が近づいて来たと思ったら、目の前にドーンと灰色の毛むくじゃらの魔獣が現れた。

 俺とセシルはとっさに短剣と杖を向けて身構えたが、それはもう動かない死体だった。


「レン! 調味料でこれ食べるの!」


 魔獣の横からヒョイとフレアが顔を出してきた。爛々と瞳を輝かせ、口からはヨダレを垂らしながら。


「お、おう。たしかにそういう約束だったもんな……」

 

 そもそも俺達が街へ出かけていったのは、調味料を仕入れて、美味い肉を食わせてやることが目的だった。

 約束はちゃんと守ってやらないとな……


「え、今からこれ食べるんですか? どうやって?」


「焼いて食うんだよ。こういう原始人みたいな生活もたまには良いだろう? きっとストレスもたまらねーぜ!」


「は、はあ……そういうもんですかね?」


 セシルは目をぱちくりとさせている。

 そんなやり取りをしているうちに、炎の柱が魔獣の死体を一瞬にして消し炭に変えた。


「わたしのごはんがァァァ……」


  焼き尽くされて原型を留めなくなった魔獣の灰を前にして、フレアは地面に手をつきうな垂れた。


 あー。

 こいつ、一度学習したぐらいでは知識として定着しないタイプだったわ。


 どんな生活にもストレスはついて回るもの。

 俺はしみじみとそう思った。



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