決闘のサイン
ギルドマスターのジンバに一度ならず二度までも、あらぬ疑いをかけられた俺は、気付かないうちに自暴自棄になろうとしていた。だが、フレアの一言で俺は目を覚ますことができたんだ。
「すまんフレア……悪いがさっきの俺の言葉は撤回させてくれ。お前には……まだ暴れないでいてほしい……」
するとフレアは、ニコッと満足そうな顔で、コクリとうなづいた。
そんなキラキラと輝く笑顔に、もうすぐ30になろうとしているおっさんは、思わず見惚れてしまう。
これは、魔女が子孫を残すための戦略だ。人間の男を確実に堕とすために、魔女はビジュアルに特化した容姿をもっている。
だが、ここに居合わせた者たちは誰一人そのことに気付いていない。
鈍感そうな戦士はともかく、ギルド内には何人もの魔道士が居合わせているというのに……フレアの身体からあふれるほどの
いや、実際に察知されては困る訳だが……
そんなことを考えながら、ジンバの前に歩み寄よろうとすると、強面ないかにも用心棒という男が二人、俺の前に立ち塞がった。
「おっと、勘違いしないでくれ。俺はただそこのギルドマスターと話がしたいだけだ」
「ほぅ……わたしに何の用でしょうか。よもや罪を認めて許しを請う、というわけではあるまい?」
ジンバはいかにも憎々しい、皮肉を込めた冷笑をうかべた。
「罪を認めるも何も、俺は何も悪いことはしてねーんだが……まあ、質問に答えてくれれば俺はこの場から引いてやるよ」
「ほぅ……貴様は自分の立場がまだ分かっていないようだが……まあいいでしょう。変に逆恨みをされても後々がめんどうですからね」
「懸命な判断だな。質問は一つ。あんたらは『森の魔女』が死んだという証拠を掴んでいるのか? それともそれは根拠のない予測に過ぎないのか?」
「証拠? そんなものはなくとも、森の惨状を見れば、魔女が跡形もなく消滅したことは明らかなのです」
「ほぅ……」
口癖を真似てやると、ギルドマスターはムッとした表情を見せた。
「いいですか! 森の中心から半径2千メイルが、魔獣はおろか草木の一本も残らずに消滅してしまったのです! そこから導き出される答えはただ一つ。勇者様には敵わぬと察した魔女が自爆したに違いないのです!」
こんな短絡的な思考回路でよくキルドマスターまで上り詰めたな、このオヤジ。
リズが知ったら幻滅するだろうな。
「な、なんだその目は? わたしの判断が間違っているとでもいうのか!」
「いや、まあ……何というか……」
たまらずフレアに視線を送ると、にこっと笑みを返されてそのまぶしさに目がくらむ。
まあ、本人がそれで良いというなら、俺はもう何も言うことはない。
だが、そんな俺とフレアとのやり取りが、ジンバは気にくわなかったらしい。
「――くっ、ギルドマスターのわたしに向かってその横柄な態度は何だ! おい! この男を警備隊へ連行しろ!」
「「へい!」」
用心棒の男が二人がかりで、俺の両脇に腕を回してきた。
すかさず俺は体をひねって男たちを躱す。
荷物持ちのおっさんとはいえ、冒険者の俺を武器も使わずに拘束できる訳がねーだろ!
「くっ、こいつ抵抗する気か!」
「当たりめーだ! 黙ってあらぬ罪を着せられ、牢屋暮らしなんてまっぴらごめんだからな!」
「ならば、勇者ロベルト様! この男の拘束に協力願いますかな? 抵抗するようなら、街中での武器の使用を許可します!」
ジンバのその言葉を待っていたかのように、ロベルトはゆっくりとイスから立ち上がる。
「しかし、……勇者のわたしが生身の人間の相手をするとなると、うっかり加減を間違えて殺してしまうこともあるが?」
「この男は勇者様とギルドを陥れようと企んだ悪人でございます。よって、ギルドマスターの権限により、男の生死は不問と致します!」
「フフフフフ……」
頭に手を当てて、ロベルトは笑い始める。まるで心の中に積もり積もった恨みが、ようやく解消されるとでも言わんばかりに。
……俺、こいつに何かしたか?
「ここでは皆を巻き添えにしてしまうだろう。レン! 外に出よう!」
長剣の鞘を水平に突き出し、騎士流の決闘のサインを送ってきた。
……俺、短剣しか持ってねーぞ?
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