初めての夜

「くそっ、ドアの鍵が勝手にかかりやがったぞ。これ、客が部屋を荒らしたまま逃げねーように、内側からは開けられない仕組みになってやがる!」


 これはつまり、ハゲおやじが朝上がって来るまで、俺たちはこの狭い部屋に閉じ込められたということだ。


 まあいいか。

 どのみち店が開く朝までは身動きがとれないんだ。


 俺が何とか心を静めようと深呼吸を繰り返している間にも、フレアはキラキラと目を輝かせて部屋の中をチョコマカと動き回っていた。

 ベッドサイドには引き出し付きのキャビネットと、何か怪しげなふた付きの大きな箱が置いてある。

 小さな窓には、内側から目隠しの板がはめ込まれていて、ここに入ったらもうやることは一つしかないという雰囲気を醸し出している。


 まあ大丈夫だ。

 俺はガキには興味ねえ。


 しかし、部屋にはシャワーはおろか、洗い場もない。

 これで200ギルとは……また怒りの感情が湧いてくる。


「レン、何かいっぱい入っているの!」


 ふと我に返ると、箱をあけて中をのぞき込むフレアの小さな尻が目に飛び込んで来た。


「これ、何なの?」


「ば、ばか! そんなもの広げるなーッ!」


「だから何なの?」


「うっ……」


 そんな変態アイテムを見せられると、想像をしちまうだろーが!

 くっそー、あのハゲおやじィィィーッ!

   

 箱の蓋をバタンと閉じた。


「レン見て見てー、耳がついたのー」


「はうッ――」


 フレアがふっさふさの獣耳をつけてベッドにちょこんと座っている。

 獣人プレイとか、俺は勇者レベルの変態かよ!


「ガキはねんねの時間だーッ!」


「ううーッ」


 ちょっと惜しい気もしたが、フレアから獣耳パットをひったくって箱にぶち込んだ。

 すると拗ねてしまったのか、フレアは背中を向けてごろんとベッドに横たわる。


「オイ待て! まさかお前、その格好のまま寝るつもりか?」

「んー?」

「上着ぐらいフツー脱ぐだろ?」

「脱がないの!」

「いや、頼むから脱いでくれ。その色々と染みついたローブのまま寝るとベッドが汚れちまうだろ? そしたら200ギルの返金がパーになっちまうからよ」 

「うう~ッ!」

「なんで唸ってんだよ? あー、お前まさか、俺が変なことしようとしていると勘違いしてねーか? 心配すんな、俺はガキには手を出さねえからよ」


 いつでもどこでもハードボイルドなオヤジと呼ばれたい。

 それが俺の信条だ。

 

 唸るのを止めたフレアは、背中を向けてローブを脱ぎ始める。

 チラッと振り返って俺を見たのは、警戒心の表れか。

 黒いローブの下からは、肩がぽっかりと空いている紫色のシャツと、膝までの長さの黒いスカート姿のフレアが出てきた。


 うむ。大丈夫だ。

 フレアの中身は俺の見立て通りにぺったんこ。

 まったく何も問題ない。


 ローブを箱にかけ、壁に立てかけていた杖を、ベッド脇のキャビネットに置いて、ジト目でこちらを振り返った。

 

 こいつ、怒ってんのか? それともまだ警戒しているのだろうか? 頬が紅潮しているのはなぜだ?

 見た目は10代前半のガキとはいえ、魔女の年齢は不詳だ。

 女としていろいろ考えることもあるのだろう。


 俺はベッドの上に足を組んで座り、


「ほら、手を出せ」


 伏し目がちに差し出された小さな手を、俺はギュッと掴むと、フレアはのそりとベッドに上がってくる。 


 密着した手のひらから魔力マナが入ってくる。

 一度に吸い取ってやれる魔力量は限られているが、一定の時間が経過すると霧散してしまう。それを繰り返せば、魔力の暴走は防げるという仕組みだ。この体質がこうも役に立つ日が来るとは夢にも思わなかったな。 

 

 それにしても――


 なんだこの良い匂いは!?

 ローブを脱いだ瞬間から、フレアの身体からすっげー良い匂いがしているぞ?

 頭がくらくらする。

 

「な、なあ……もう一つの手も……いいか?」


 な、なに言ってんだ、俺ッ!


「んー?」


 上目遣いにチラッと俺を見て、すぐ目を逸らされてしまったが、なぜかフレアも満更ではない様子。

 

 なんだこれ。

 ベッドの上で向かい合って、両手を握り合うおっさんと女の子?

 ダメだろ!


 ハードボイルドな俺、カムバァ――ック!!

 




 何とか理性を保てた俺は現在、天井の染みを数えているところだ。

 フレアは背中を向けて丸くなり、ようやく寝息を立て始めた。


 ああ。今日はとんでもない一日だったな。


 パーティを追放され、フレアに出会って、ペットになった。

 そして今、こうしてベッドを共にしている……


「う~ん、むにゃむにゃ……」


 フレアがごろんと寝返りをうって、こちらを向いた。

 寝顔も吸い込まれそうになるぐらいの美少女だ。


「くっ――」 


 俺は窓側を向いて、頭から布団を被った。




 ――ベッドサイドの杖がぼんやりと光を放ち始めていることに、そのときの俺は気付かなかったんだ。  

 

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