怪しい宿屋

 ユニドナは王都から遠く離れた辺境にありながら、かつては鉄鉱石の採掘で栄えた労働者の街である。今は鉄工場が幾つか残っている他に当時の面影はない。

 近年、採掘場跡地のある森に魔女が現れ、それに伴って魔物が棲むようになってからは、それを目当てに冒険者が集まるようになった。

 今では冒険者ギルドによる利益が街の主な収入源となっている。


 王国直属のギルドからの依頼を受けたロベルトのパーティが、魔女討伐の拠点に選んだのも、ユニドナに冒険者ギルドがあるからだ。


 街を出てから、パーティは三日をかけて森の中央部まで到達した。そこで俺はパーティを追放され、現在に至るわけだが――


 その距離をフレアはわずか半日で踏破した。

 それも魔法を使わずに……だ。

 つまり、フレアは強靱な脚力を誇る野生児だったのである。


 まあ、森の中で原始人のような生活をしていると、脚力もつくよな。

 そもそも何でそんな生活をする羽目になったのだとか、魔女の生い立ちなんぞ怖くて訊く気もないが、いろいろあったんだろうな。


 とは言っても、ユニドナに着いたときにはすっかり夜も更けていた。

 そこで街外れにあるぽつんと一軒家のちょっと怪しい雰囲気の宿屋に入ることにした。

 フレアが魔女であることがバレたら大変なことになるが、フードを深く被らせておけば何とかなるだろう。尋常ではない魔力マナの光も、俺以外の人間には見えないのだから。


 宿屋にしては小さな扉を開けるとすぐのところにカウンターがあり、無愛想なハゲたオヤジが立っていた。


「一泊いくらだ?」


「一人500ギルだ」


「おい、それはいくらなんでも高過ぎだ。足もとを見てふっかけてるだろ!」


「……お客さん、ずいぶん若い娘を連れているけど、うちはそういう宿屋じゃねぇんで、気に入らねぇなら他を当たってくれ」


「えっ」


「部屋を汚されちまうと後始末が大変なんだ」


 フレアのことか。

 確かにこいつのローブは魔獣の血液やら肉汁でベトベトなんだか、そういう汚れのことを言っている訳ではないよな……


「いやいやいやいや、俺たちはそういうやつじゃねーぞ? えーと、そう! 俺たち二人は冒険者パーティだぜ? 俺は剣士であいつは魔道士。森でバッタバッタと魔獣を倒してきた帰り道なんだ!」


「ふふーん、その小っせー剣でかい? まぁいいや。部屋を汚さねぇと約束すんなら二人で前金400ギル。部屋を見て汚れてなければ200ギルをバック。それ以上は負けられねぇ。うちだって商売なんだ」


「よし、その話に乗った! あ、でも持ち合わせの金がねーから、取り敢えずこれでいいか?」 


 俺はポケットから魔石を取り出し、カウンターに置いた。

 フレアが狩りをして、焼いて食った牛型の魔獣から取り出した魔石だ。


 魔石とは魔力の素となるエーテルを含む植物を魔獣が食べ、体内で石のように固まった物の総称であり、人間はそれを精製して魔道具の燃料として使うのだ。

 駆け出し冒険者にとっては貴重な収入源でもある。


「うーん、これはせいぜい100ギルというところだな……」


「あんた、また足もとを見ていないか?」


「はんっ、気に入らねぇーなら道具屋にでも売りつけてみるんだな! ただし、うちは前金でしか受付ねぇーがな!」


「くそっ、こんな時間に店が開いているわけねーだろ!」


「レン……それと似たような物なら持っているの……」


「うおっ、マジか!」


「これ……」


 フレアが懐から出したのは、宝石のようにキラキラと光る赤い石。

 光る魔石は高レベルな魔獣からしか採れないレアものだ。


「ありがとな!」


 それを受け取り、カウンターに置くと、宿屋の主の目の色が変わった。


「こ、これは珍しい物をお持ちで……」


「で、それはいくらになるんだ?」


「そ、そうですねぇ……よ、よんひゃくギルちょうど……というところでしょうか?」


「嘘つけ! ……まあいいや。部屋が綺麗なままだったら200ギルを返金してくれるんだもんな。ついでにここを立つとき手土産として塩を一袋もらいたいんだけど、いいか?」


「へ、へえー、お安いご用で!」


 もみ手でへこへこ頭を下げるはげ頭のオヤジ。

 調子のいい奴だ。


「ではごゆっくり。お楽しみくださいませ」

 

 渡された鍵で2階の部屋に入ると、そこは外観と同じく小汚い壁板の小さな部屋だった。

 普通よりも少し大きめのベッドが部屋の真ん中に置かれていて、照明だけはムードたっぷりにゆらゆらと揺らめいている。


「あの野郎~、ここはそういう宿じゃねぇとか言っていたけど、どう見てもそういう宿じゃねーか! これで200ギルとか完全にはめられた~!」


 文句の一つでも言ってやろうと引き返そうとすると、ドアがバタンと閉じる音がした。 

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