第42話

 私の願い事は、私が言った通り。


 死にたくない。


 それがどういう意味なのか。

 聞かなくてもわかるよね。


 私の体は、どんな病気にもならないし、どんな怪我も一瞬で治ってしまう。


 願いが叶ってからは、風邪にだってなったことないし、少しの擦り傷も残ることはなかった。


 でも、それに気付いたのはかなり後。


 学校でかけっこをしている時に、私はその場で盛大に転んでしまったことがあってね。


 痛い。と思ったのに、足を見たら、怪我はなかった。


 いや、違うね。


 治っていくのが見えた、というのが正解かな。目に見えてね。


 恐かったよ。

 傷がみるみる塞がって、だけど、流れた血はそのままだったから、白昼夢を見ていたとも思えないし。


 その場はなんとか平静を保っていたけど、家に帰ってすぐ、私は包丁を手に取った。


 血が消えないことはわかっていたから、洗面台の水で流しながら、私は指を少しだけ切った。


 そしたら、もちろん痛みはあったけど、それだけで、傷口はすぐになくなっちゃった。


 それに恐怖を感じたけど、頭の中で、もしかしたらって、思いもあったんだ。


 でも、まさかそんな訳ないって否定して、少し深めに手首を切った。


 流石にすごい血の量で、かなり気持ち悪かったけど、やっぱりそれもすぐに治った。


 そこでもう、否定できなくなっちゃったんだよね。


 私が不死の体になってしまったってことを。


 まだその時は、龍神様のルールについて、私もあまり知らなかったけど。


 でも、もしも、あの願い事が、素直に叶えられていたら。


 死にたくない、というのは、不死になりたいってことだと思われてしまったなら。


 こうなることも不思議ではないんじゃないかって。


 それで私は、龍神様について調べるために、あの神社に向かったんだ。


 そして、色々探ってみて、それで知った。

 龍神様について。


 それですべてを理解したよ。

 私が馬鹿なせいで、取り返しのつかない願いをしてしまったんだってことをね。

 

 だけど、1つだけ気になることがあった。


 私が不死になったのはそれとして、不老にはなっていないような気がしていたんだよね。


 体の成長は止まってなかったし、身長も日々、伸びていたからね。


 でも、そうなると、私は一体どうなるんだろう。


 体は衰えていって、頭も、多分、衰えていくんだろうね。私が願ったのは死なないことだけだから。


 でもそれは、逆を言えば、どんな状態になっても生き続けてしまうということ。


 焦ったよ。

 なんとか、死ねる方法を探さないと、どんな結末が、いや、結末と呼べるものすらないかもしれない。


 あるのは、地獄かもしれない。


 そう思って、私は色んなことを試した。


 心臓にナイフを突き刺してみたり。

 睡眠薬を大量に飲んでみたり。

 川に溺れてみたり。

 山の頂上から転げ落ちたこともあったっけ。


 他にも色々試してみたけど、全然駄目だった。


 痛いし、苦しいけど、絶対に死ななかった。

 死ねなかった。


 もう一度、龍神様に会いたいと思っても、やっぱり無理で、どうしていいのかわからなくて。


 誰にも言えなくて。


 言うことなんてできなくて。


 でも、誰かに助けてほしくて。


 結局、どうしようもできなくて。


 私は今まで生きてきたんだ。


 そして、これからも、生きていかなければならないんだと思った。


 これは、私にとっての罰なんだって。


 運命をねじ曲げて、他にも生きたいと思って命を落としていった人は大勢いるのに、私だけが生き残ってしまった。


 ずるい方法で。


 だから、私は今、罰を受けているんだ。

 そう思った。



 私は馬鹿だった。

 でも、それも運命なのかもしれない。


 これから先、私が不死であることは、必ずばれてしまう。それは避けられない。


 そうなった時、私は、もう人として生きていくことはできないだろうね。


 死ぬことも許されず、生きることも許されない。孤独で、それでも死ねなくて。


 心が死んでも、人は生きているって言えるのかな。


 私は、そうやって、ずっと絶望しながら生きてきた。

 絶望しながら、生きていく。



 そう思ってた。



 でも。


 でもね。


 君に出会えたんだ。


 物語の中のヒーローとは違うけど。

 何でもできる天才じゃないけど。

 誰でも助けられるような救世主じゃないけど。


 でも、私は君に出会えた。


 君との会話は本当に面白い。


 素直な反応が心地良い。


 真っ直ぐに私を見てくれる目が暖かい。


 私を支えてくれる姿が微笑ましい。


 私を救ってくれようと頑張る君が、すごく、愛おしく思えた。


 君といる時だけ、私は、普通の人でいられる気がした。


 だから、思っちゃったんだ。


 分不相応だとわかっていても。

 願ってはいけないことだとわかっていても。


 私は、君と普通の人生を歩んでみたいって。


 私は罰を受けているはずなのに。

 そんなことを思っちゃいけないのに。


 誰かに救いを求めちゃいけないのに。


 私は君に出会ってしまったから。



 こんなの告白みたいだよね。


 あれだけ偉そうなことを言っておいて、結局こんなもんなんだよ。私は。


 君は私が何でもできて、何でもお見通しで、誰からも頼られて、本当にすごい人間だって。そんなことを言うけど。


 本当の私はこんなもんなんだよ。


 コロコロ意見を変えて、優柔不断。


 後先考えない、考えなしで。


 みんなにちやほやされて粋がって。


 馬鹿で、まぬけ。


 期待を裏切っちゃったよね。


 私は本来、君に好きになってもらえるような人間じゃないんだ。


 そんな大層な人間じゃないんだ。


 わかってる。


 わかってるんだよ。



 でも。


 もしも。

 許されるのなら。


 そんな訳ないとわかってるのに。


 期待してしまうんだ。

 私が君と本当の意味で繋がれることを。


 誰かが私を化け物だと罵っても。

 卑怯者と蔑ずんでも。


 君だけは私の味方になってくれる。


 いつまでも、私の隣にいてくれる。

 そんな風に。



 ねえ。


 後輩くん。


 こんな私だけど。


 こんな卑怯で、最低で、不甲斐ない私だけど。


 そんな私でも。


 君と一緒にいたいって、思ってもいいのかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る