第38話

「ご、ごめんなさい。私の、力不足です」


 黒内先輩が深々と頭を下げる。


「そんな、頭を上げてください。黒内先輩のせいじゃないですよ」


 そうだ。あれは、誰が悪いという訳ではない。

 それを言うなら、悪いのはむしろ俺の方だ。


 奈那先輩の両親を怒らせたのは、確実に俺の発言なんだから。


 娘がいなくなった原因は俺だ、なんて、怒らせるのは当たり前。


 それに、あんな話、いきなり信じてもらえる方がおかしい。


 俺たちのように、記憶を思い出してでもいない限り、ただの悪ふざけにしか聞こえないだろう。



 ただ、1つだけ不思議に思うことがあった。


「でも、奈那先輩のお母さんやお父さんは、全く記憶を思い出してないんですかね?」


 俺たちは奈那先輩の記憶を思い出し、覚えている。

 奈那先輩が生きていて、一緒に過ごしていたと確信を持って言える。


 そして、他の人が奈那先輩のことを思い出していないのは、単純に関係性が薄いからだと思っていた。


 だが、奈那先輩のお母さんやお父さんは、関係性が薄いなんてことはあり得ない。


 むしろ、俺たちよりも遥かに深い関係性を持っているだろう。


 そんな2人が、奈那先輩について、全く思い出していないというのが、少し不思議だった。


 しかし、そんな俺の疑問に、黒内先輩が答えてくれた。


「それは、た、多分、私たちと、おばさんたちとでは、奈那ちゃんへの、思い入れ、が、違うから、だと思います」

「思い入れ?」


 よくわからず、首をかしげる。


 黒内先輩は、えっと、と呟いて、たどたどしくも詳しく説明してくれた。


「おばさんもおじさんは、多分、誰よりも、奈那ちゃんのことを、愛していました。だからこそ、奈那ちゃんが生きていた、という記憶と、奈那ちゃんはが亡くなったのを見て、今、目の前にいない、という現実。どちらが、強く心に残るのか。と、いうことだと、思います」


「……そうですね。黒内先輩の言う通りです」


 奈那先輩が生きていて、元気に過ごしている。


 奈那先輩のお母さんは、そんな夢を毎晩のように見ると言っていた。


 口には出していなかったが、黒内先輩のお父さんも多分同じだろう。


 それが夢ではなくて、本当にあった記憶なんだ。そう思うのは簡単だ。


 だが、実際には奈那先輩はその場にいなくて、今日までずっといなくて。


 それがいきなり、それは夢ではなく、本当にあったことなんです。

 なんて、赤の他人に言われた所で受け入れられる訳がない。


 元々、不謹慎な話をしているという自覚はあった。だが、それでも、まだ、俺は配慮が足りなかったのかもしれない。


 2人が怒るのも当たり前だ。


「それでも、正直に話さないと」


 不謹慎だからこそ、嘘偽りなく、正直に話さないといけない。そう思う。


 変な言い訳を口にしたくはないし、そんなのは不誠実だ。


 俺にできるのは、やっぱり、真剣に話をすることだけなんだ。


「わ、私も、協力します。話せば、絶対、伝わる、はず、ですから」

「ありがとうございます」


 ふんす、と黒内先輩が意気込む。

 それを見ると、少しだけ和んだ気持ちになれた。


 俺も、諦める訳にはいかない。

 奈那先輩を取り戻すために。



 その日から俺たちは、何度か奈那先輩の家に足を運んだ。


 だが、中に入れてくれないのはもちろんだし、チャイムにも出てくれないことがほとんどだった。


 俺たちが来たとわかれば、鍵を閉め、カーテンも閉める。


 端から見れば、迷惑極まりない行動の数々。


 警察を呼ばれれば、只では済まないだろう。

 呼ばれないだけ、まだマシ、か。


 ◇◇◇◇◇◇


「あんた、奈那先輩の家に行ってるんだって?」


 下校中、後ろから駆け寄ってきた世良は、唐突にそう聞いてきた。


「ああ」


 正直、ストーカーよりも質の悪いことをしている自覚はある。

 でも、正直に話すしか、俺には方法がわからなかった。


 真摯に、誠実に、話をすれば、話を聞いてもらえる。

 そう思っていた。


 しかし、そんなに簡単な話ではなかった。

 それは当たり前の話なのかもしれないが。


「あんたは、馬鹿だからね。それしか思い付かなかったんでしょ」

「うっ。まあ、その通りだよ」


 真剣に話をすれば聞いてもらえる。

 安直だが、そんな風に思っていた。


 そして、それしか思い付かなかった。


 そんな俺に、世良は呆れたように溜息を吐く。


「少しは作戦を考えなさいよ」

「作戦って、正直に話さないと駄目だろ?」

「それはそうだけど、話を聞いてもらえなかったら意味がないでしょ?」


 ぐうの音もでない。


「黒内先輩から、事情は聞いたわ。奈那先輩のお母さんの言うことは正しい。あんたは、気持ちをまるで理解してないわ」


 世良は責めるように、腰に手を当てて威圧する。小さな体とは思えない迫力だ。


「正直に話すのは良いけど、それだけじゃ口だけでしょ。まずは信じてもらえるだけの根拠を出さなきゃ」

「根拠、ねぇ」


 確かに、世良が言うことはもっともだ。


 言葉だけでなく、奈那先輩が存在していたという根拠を示すことができれば、信じてもらえる可能性は上がる。


 そうすれば、詳しく話を聞いてくれるようになるかもしれない。


「だけど、その根拠がな」


 誰もが信じるような根拠なんて、俺たちは持っていない。

 そもそも、今までも、奈那先輩との記憶を思い出す以外、奈那先輩にまつわるものは何もなかったんだ。


 だからこそ、奈那先輩との記憶を思い出すのに、こんなに時間がかかってしまったのだから。


「それについては、私に考えがあるわ」

「え?」

「一度は話を聞いてもらえてるんだし、まだ望みはあるはずよ」


「何か、良い作戦があるのか?」

「一応、あるわ」


 世良は自信なさげに言う。


「多分、奈那先輩のお母さんたちも、心の何処かでは、思ってるはずよ。奈那先輩が生きてきた、あの記憶は、本当なんじゃないかって」

「そう、かもな」


 奈那先輩の夢を見る。


 それを信じたいが、信じた所で、奈那先輩はいない。


 それは絶望としか言えないもので、生きていたという話を信じることができない、最大の枷だ。


 それは、俺たちなんかとは比べ物にならないくらい、重く、硬い枷で、それを取り払うのは、並大抵のことではない。


 それを俺たちは、今やろうとしているってことだ。


「絶対大丈夫なんて、言えないし、結果はあんたと同じになるかもしれない。それでも、試してみる価値はあると思う」


 そう言って、少し前を歩く世良。

 その小さな背中に、俺はいつも助けられてきたんだな。


 奈那先輩もそうだが、俺の周りにいる女の子は、みんな強い子ばかりだな。


 それは腕っぷしがどうとかという話ではなく、心根の話。


 俺も見習わないといけない。


「なら、試してみよう。どの道、諦めるなんて選択肢はないんだ。やれることは、全部、やるしかない」


 迷っていても始まらない。


 世良も言ってくれていた。


「あんたは、それくらい真っ直ぐで良いのよ」


 その言葉の真意を聞くことはなかったけど、でも、世良が期待してくれているということ。

 それぐらいは俺にだってわかる。


 だから俺は、真っ直ぐ前を見て進んでいかなければならない。


 世良を追い抜いて、前を歩く。


 後ろに世良や司、黒内先輩、そして、奈那先輩がいるんだって思えるから。


「ふふ。あんたはそれでいいのよ。あんたが前を見ていると、私も一緒に前を見れるから」


 世良は満足そうに笑っている。


「じゃあ、黒内先輩と御子柴くんにも声をかけて、奈那先輩の家に行くわよ」

「ああ」


 俺は勢い勇んで歩いた。


 まあ、結局、今回も、世良の、言ってしまえば、人からもらった作戦に乗っかるだけなんだけど、な。

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