第36話

「そんな、ことが」

「そ、それは、た、大変、でした、ね」


 次の日。

 俺は司と黒内先輩にも、俺が思い出したことを説明した。


 奈那先輩が消えた理由を知り、2人はこれ以上ない程に驚き、信じられないという様子だった。


「希沙羅さんは、大丈夫なのか?」


 司は世良に問いかける。


 それは、記憶の中で、自分が殺されたことについてだろう。


 司の心配はもっともだ。


 だが、世良はケロッとした様子で答える。


「ええ。大丈夫よ。私にとっては、夢みたいなものだし」


 その表情を見て、司はさっきよりも信じられないという表情になった。


 そりゃあ、驚くよな。

 殺されたってのに、ここまで普通にしてられるなんて。


 しかも、嘘や我慢をしているようには見えないし


 まあ、昨日、あれだけ落ち着いた表情で寝てたし、本当に大丈夫なんだろう。


 本当に強いやつだと思うよ。


 対して俺は、泣いたのを見られた恥ずかしさと、ずっと抱き締められていた緊張で一睡もできていないため、かなりの寝不足だが。


「そんなことより、奈那先輩が消えた理由もわかったことだし、本格的に、奈那先輩を取り戻す方法を考えましょう」

「そ、そうだな」


 司は不思議そうな顔をしていたが、あっさりとしている世良に、それ以上突っ込むことはできなかったようだ。


 あとで、少しだけ説明しておくか。


 ◇◇◇◇◇◇


「とりあえず、最初の問題は、奈那先輩の不死がどうなってるかってことね」


 世良がそう切りだした。


「そ、そうです、ね。奈那ちゃんの、不死が、治っているのか、です、よね」


 黒内先輩もそれに続く。おうむ返しのように。


 奈那先輩の不死。


 それは、最も大きな問題で、俺たちが解決ができなかった問題だった。


 ただ、その問題については、おそらく。


「治ってるはずです」


 みんなが俺に注目する。


「奈那先輩が言ってたみたいに、願いが重なって、矛盾が発生した場合は、後からの願いに上書きされます」


 今回で言う矛盾は、不死である奈那先輩が、病気で死ぬはずがないのに、病気が治らなかったということ。


 しかも、その病気は奈那先輩の命を奪うもので、治らない、というのは、そのまま命を奪われるということにならなければならない。


 どちらの願いも叶えることは不可能。

 つまり矛盾している。ということだ。


「俺の願いを叶えるには、奈那先輩の不死をなくさないといけません」


 言っていて、また吐きそうになってきたが、さりげなく世良が背中を擦ってくれて、俺はなんとか耐えられた。


「だから、奈那先輩の不死はもうなくなってるはずです」


 俺が最も解決したかったことは、俺にとって、いや、誰にとっても、最も最低なやり方で叶えてしまった。



「で、でも、仕方なかったと、思います。こ、後輩くん、さんは、悪くありません。わ、悪いのは、その、な、謎の組織、です」


 また少し落ちそうになる思考を、黒内先輩の声が引き止めてくれた。


 黒内先輩は、励ますように、慣れない強い口調で言ってくれる。


「私が、同じ立場でも、多分、同じことを、しました。だから、奈那ちゃんが、消えたのは、後輩くん、さんのせいでは、ありません、よ」

「……ありがとうございます」


 俺は本当に、色んな人に助けられてるんだな。

 改めてそう思った。


 責められても仕方がないと、嫌われても仕方がないと、そう思っていたのに。


 世良も、黒内先輩も、司も、こんな俺についてきてくれる。


 受け入れてくれる。

 助けてくれる。


 だからこそ、俺は、今度こそ、みんなが幸せになれる方法を探さなくちゃいけないんだ。


 しかし。


「でも、そうなると、次の問題は、どうやって奈那先輩を元に戻すか、ということか」

「そうなのよね」


 司と世良が難しそうな顔をする。


 奈那先輩が不死である、という問題は、とりあえず解決した。


 だが、今度は奈那先輩が死んでしまったという問題を、どう解決するのか、ということになる。


「普通に、奈那先輩を生き返らせてほしいって、龍神様に願うのは?」


 司が言う。


「そ、それだと、また、その謎の組織に、目を、つけられない、でしょうか?」


 黒内先輩が不安そうに答える。


 確かにその通りだ。


 奈那先輩が懸念していたことだが、死んだはずの人間が生き返れば、あの組織はその人間を研究しようと動き出すかもしれない。


 あの組織の大きさはわからないが、平然と人を殺せるような奴らだ。

 たかが一般人の出来事を知ることなんてできないだろう、と楽観視することはできない。


 あらゆる情報網を持っていて、そういう不思議な現象を常に探していると考えるべきだろう。


 しかも、もう不死の体ではない奈那先輩だ。

 今度は、あの組織から逃げられなくなってしまうかもしれない。


「じゃあ、また病気を治してもらうように龍神様にお願いする?」

「それだと、また、最初に戻りそうだけど」


 奈那先輩は、龍神様に病気を治してもらった。

 不死の体という、望まない体にされることで。


 同じ願いをすれば、同じ結果が待っているだろう。

 それでは本末転倒だ。


 奈那先輩に会いたい。

 が、それは、みんなが幸せになれる形で、だ。


 またあれを繰り返すようなことはできない。


 世良も、そうよね、と呟いて、黙ってしまう。



 それから誰も発言がなくなってしまった。


 残ったのは難しい問題だ。

 奈那先輩の不死が治ったのも、結局、奈那先輩の意見だった。


 俺たちで解決できた訳じゃない。


 何でも願いを叶えてもらえるはずなのに、どうしてこうも、難しい問題が付きまとうのだろうか。


 俺たちは、誰からともなく溜息を漏らした。



「ふと、思ったんだけどさ」


 そんな中、司がおもむろに口を開いた。


「奈那先輩は、何を願って、不死になったんだろうな?」

「え? どういうこと?」


 質問の意図がわからず、世良が尋ねる。


「いや、俺たちは、漠然と奈那先輩が病気を治してほしいって願ったんだと思ってたけど、考えたら、本当にそれで不死になるのかなって」

「それは、龍神様のルールとして、言葉にしてない叶えられ方をしたってことだろ?」


 龍神様は、願いに込められた裏の意図を察してくれない。


 だからこそ、自分の願いを、自分の願わないやり方で叶えられてしまう。という話だった。


 が、司が言いたいのは、そういうことではないらしい。


「確かに、龍神様に願いを叶えてもらう時、どんな風に叶えられるかは、龍神様次第なのかもしれないけど、それならむしろ、ただ病気を治してもらうだけな気がするんだよな」


 病気を治してほしい。

 その願いには、それ以外の意味は感じられない。


 その言葉をどう解釈すれば、不死になるのか。


 そう言われてみれば、確かにその通りだ。


 裏の意図を察してくれないというのなら、むしろ、病気を治してくれるだけ。のような気もする。


 なのに、奈那先輩が不死になったということは、もしかしたら。


「つ、まり、ど、どういうことでしょうか?」


 黒内先輩が頭にはてなマークを浮かべている。


「つまり、奈那先輩が、願ったのは、病気を治してほしい。じゃないかもしれないってことです」

「はー、な、なるほど?」


 よくわかっていない黒内先輩。

 それは重要なことなのか。というような顔だ。


 だが、俺も司も、そして、世良も、それが最重要事項だということを理解していた。


 俺は黒内先輩に、この可能性が、今後の話にどう繋がるのかを説明する。


「つまり、もし、奈那先輩が病気を治してほしい、と言って、願いを叶えてもらって、それで、不死になったんだとしたら、どうしようもないですけど、それ以外のことを言って不死になったのなら、今度は、ただ病気を治してほしいって願うだけで、奈那先輩を助けられるかもって話です」


「ほ、本当ですか!」


 黒内先輩がガタンと机に手を乗せて前のめりになる。

 やっと事の重要さを理解できたらしい。


 溢れんばかりの笑顔は、また奈那先輩に会えるかもしれないということに喜んでいるのだろう。


 だが、喜んでばかりもいられない。


「本当です。が、そのためには、奈那先輩が龍神様に何を願ったのか、それを知る必要があります」


 もし、本当に奈那先輩が龍神様に病気を治してほしい、以外の願いを叶えてもらったのなら、まだ可能性はある。


 ただし、奈那先輩が、龍神様に、病気を治してほしい、と願ったのなら、話は振り出しに戻ってしまう。


 そう話すと、黒内先輩は、目に見えて、肩を落とした。



 黒内先輩も、なんとなくわかっているのだ。


 では、果たして、奈那先輩は、病気を治してほしい以外に願うことがあるのだろうか、と。


「黒内先輩の予想では、一樹も黒内先輩も、奈那先輩が龍神様に何をお願いしたか、聞いたことあるかもって話してましたけど、今も思い出せませんか?」


 そういえば、そんな話もあったな。


 奈那先輩のことを自分で思い出すか、人に言われて思い出すかの差は、それだと。


 だが、まったく覚えていない。

 奈那先輩が消えてしまった理由を思い出してもなお、俺はそれを思い出せていなかった。


 黒内先輩を見ると、同じ様に思い出してはいないみたいだ。


「俺は、まだ」

「私も、です。すみません」


 少しだけ重い空気が流れる。


 奈那先輩が何を願ったのか、そればっかりは奈那先輩に聞かないことにはわからない。


 そして、聞いていたであろう俺たちが覚えていないということは、それを知る手段はないということでもある。



「で、でも、知ってる、かもしれない人、は、知ってるかも、しれない、です」


 誰もが口を閉ざしている中、黒内先輩がそう言った。


「え? 本当ですか!」


 そんな人がいるのか。


 俺たちも知らないことを、他に知っている人がいるなんて、ちょっと信じられないが、黒内先輩の声音から、それなりに確信を持っているように思える。


「はい。えと、その人は、私たちとは違って、龍神様のことを、知っている、訳ではないんですけど、でも、た、多分、重要な話を知っている、と思うんです」

「そんな人が?」

「はい」


 本当にそんな人がいるのか。


 龍神様のことを知らないのに、奈那先輩が何を願ったのか知ってるかもしれない人なんて、全く思い付かない。


 いや、俺の知らない人なのかもしれないけど。


「こ、後輩くんさんも、知ってる人ですよ」

「え? 俺も?」


 ますますわからない。

 俺の知り合いで、奈那先輩と親しい人なんて、俺たち以外にはいないはずだが。


 奈那先輩の知り合いで、俺たち4人以外に、奈那先輩の秘密を知っていそうな、俺が知っている人物。


 しかも、奈那先輩が、何を龍神様に願ったのかを知っているかもしれないくらい、奈那先輩と近い存在。


 そんなの。


「あ、もしかして」

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