分別依存症 

モリナガ チヨコ

第1話 正しい分別

ゴミ箱を見ると

ティッシュやメモ紙、爪楊枝、綿棒、に、混じって、お菓子の袋が見えた。

僕はその違和感から目を逸らす事ができない。


ポケットから使い捨てグローブを取り出し、両手にはめると

燃やすゴミの中に混じった黄色いプラスチックゴミをつまんで取り出した。

が、またその下に透明なビニールが光るのを見つけ、引きずり出す。

ゴミ箱の中でガサリと上下がひっくり返る。

髪の毛、消しゴムのカス、コンビニのおにぎりの包材、包材はプラスチックゴミだが、中に海苔の破片が残っている。それを取り出して純粋なプラスチックにしないと気持ちが悪い。

下の方に割り箸が入っていた。

僕はこの割り箸に嫌悪感を懷き、眉をひそめため息をついた。

しかし、見てしまったからには後に戻れない。

もう、これで最後にしようと、そろりと手を伸ばし、割り箸を持ち上げる。

両手で割り箸を持ち、息を止めて、ふっ と割り箸を真ん中から折った。

容易く折れる安いタイプでありがたい。

キョロキョロと素早く机の上に視線を走らせると、ピザ屋のチラシを見つけた。

それをハラリと摘み下に降ろし、今折った割り箸を包む。

完璧。と思ったが、ゴミ箱の一番下に四角く尖った銀色に輝く物を見つけた。

薬の抜け殻だった。人差し指と親指で、それを持ち上げ、確認する。

頭痛薬であった。

レシートが、目に入る。駅ビルのドラッグストアで頭痛薬、水、マスク、目薬を買っている。

風邪をひいているのだろうか。アレルギーの可能性もある。

時計に目をやると、こんな時間だ。

本当にもう止めよう。

だが、あろうことか消しゴムのカスの間に、鋭く鈍く光るホチキスの針を見つけてしまった。これを無視してしまっては、後々まで後悔が残る。

僕は人差し指と親指の先に、神経を集中させ、ホチキスの針のみを摘み上げる事に成功した。それをポケットに無くさないようにしまう。

ズボンのポケットから新しいビニール袋を取出し空気を集めて広げると、先程発掘したプラスチックゴミ達をまとめた。

最後にチラシに包んだ割り箸を戻し、上にティッシュやメモ紙をふわりと乗せて隠す。


プラスチックゴミをまとめた袋を持ち、立ち上がり両手のグローブを裏返しながら外す。

給湯室のゴミ分別コーナーでポケットから出したホチキスの針を不燃ゴミの袋へ。袋にまとめたプラスチックゴミをプラゴミの袋へ。

手を洗い。出口へ向かう。


オフィスのドアを開けくるりと向きを変え鍵をかける。ドアノブを回し引き、施錠を確かめ、僕は足早に、それでも急いでいるようには見えないように装い、駅へ向かう。

途中のカフェに入りコーヒーを注文すると、席についた。

朝早くでもすでに何人かの客がいる。

出勤までの1時間弱をここで過ごす。

ほぼ毎日。

きちんとゴミを分別し、情報を得る。

そしてこの席に座り、パソコンを立ち上げ、情報を打ち込む。

データはすでに2ヶ月分たまった。


このデータをもとに…。

このデータをもとに…。


「あれ?、風邪ひいた? これ飲むといいよ」なんて栄養ドリンクを渡して彼女に近づくきっかけにしてみようか。

と考えるところだが。

実は、それとは別に、

思ったより、だらしない女だな。という事がわかって、この人は僕の運命の人では無かったかと、些かがっかりしている。

まあ、許せない範囲では無いのだが…。

ターゲットを変更しようと思う。


「ん〜、悪く無いなと思ったんだけどな。妥協して質を落としたくないので、今回は見送る事にします」と、誰に言うわけでもないけど、声に出して言って、パソコンを閉じた。





時計を見ると、すでに始業時間30分前。

そろそろ、、と窓の外に目を向けると、部長が会社に向かう姿が見えた。

よし、ちょうど良い。席を立ち、トレーを持ち、下膳。カップ内の残留物は無し。プラスチックのマドラーとミルクの空容器はプラのボックスに。砂糖の紙ゴミはこちらの可燃ボックスに。紙ナフキンをたたみ右手で摘んでトレーの上を拭き、使用後は可燃ボックスに落す。トレーを真っ直ぐに置き、カップの向きが気になり正して。自分の姿勢を正すと、「ごちそうさま」と一礼して店を後にする。

背中から「ありがとうございました。行ってらっしゃいませー」と店員さんの爽やかな声が追いかけて来る。




オフィスのドアを開け、パテーションの向こうを見渡すと、部長が席についてパソコンを立ち上げるところだった。他に2人の社員。

この2人が来ていなければ部長に「いつも早いね」と評価をもらえるのだが、今日は無し。まあ、そのほうが自然と言えば自然だろう。毎日早く来て目立つのも良くない。



真面目に。他人の目を気にしながら、きちんと生きている僕は、今、37歳。

去年、中古だが、マンションを購入し、今、一人暮らしの婚活中である。

お嫁さん候補の条件はゴミの分別がきちんとできる人。

もちろん容姿も伴って整っている人。

うるさく喋らない人。

髪の毛をベタベタ触らない人。

語尾を伸ばさない。

靴の踵がすり減ったままにしていない。

カバンを直に床に置かない。

カーディガンを椅子にかけて引きずらない。

デスクにペットボトルの跡をつけたままにしない。


まだまだあるが、まあ、普通の感覚を持った人という事だ。



さて。

次のターゲットを見つけなければいけない。

今のところ、この職場にはいないようだ。

なので、朝のこのデータ収集は無しになるのだけれど。

困った事に。

僕はこれを止められそうにない。

他の人のゴミ箱が気になって仕方ないのだ。

部長のゴミ箱はほとんどゴミが入っていない。部長の横の席の河相さんがいつも帰りに給湯室に持って行って分別しているからだ。

部長の机の上と自分の机の上を整理して拭き掃除して帰っている。だから部長と河相さんのゴミ箱は帰りには空だ。河相さんは僕の理想に限りなく近いが、10歳近く年上で既婚者で子供もいるので、残念ながら婚活対象者ではない。

逆側の木田くんはひどい。飲みきってないペットボトル、チョコレートや油ベトベトのついたお菓子の袋、ゴミ箱の底にはガムがそのままついていた。机の上は手がつけられないほどいろんなもので溢れている。

僕は、分別したい気持がもくもくと湧き上がるが、ぐっとこらえる。

同じゴミでも男性のゴミには触りたくない。

知りたい情報も無い。何よりいつまでも分別の意識が身につかなければ本人のためにならない。


こうやって僕は、人のゴミに興味をそそられる癖がついてしまったのだ。

可燃の中に、プラ。

見つけてしまうと分別したい欲求と戦う。

そして誰もいないオフィスに忍び込み、見つけたゴミ箱を気づかれないように分別しておく。

可燃の中に、プラ。その違和感を取り除いた時の爽快感。充実感。

僕はきっと明日も2時間前の出社と、密かなゴミ分別を止められない。


僕は真面目で几帳面なA型。環境、資源問題に関心を持ち、正しい事を選びながら生きている。

まさかこの数日後にストーカー行為の容疑がかけられる事も知らずに。


でも絶対に大丈夫。僕は悪いことはしていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

分別依存症  モリナガ チヨコ @furari-b

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ