幕間「試練の始まり」

幕間 第一話「思い出の記念写真」

 下山して数日後、私の頬を緩めっぱなしにしてくれたのはたくさんの写真だった。

 天城先生がネットで共有してくれた写真を前にして、私は自宅のモニターに釘付けになる。


 確かに弥山の頂上に立った後、四人そろっての記念写真を撮ってもらった。

 でも、いつの間に撮られてたのかっていうほどに、たくさんの写真があるのだ!


 笑顔のほたか先輩や私と語らう千景さん。

 そして頬を赤らめる剱さんっていうレアなシーンまであるなんて、これは美少女のお宝写真館と言っても差し支えない。

 天城先生って、実は写真の天才なんじゃなかろうか?

 なにせ、こんな私まで可愛く撮れてるのが信じられない。



 ひとまず全部をダウンロードして、印刷して、机に並べてうっとりと眺める。


「う~ん、やっぱりこの写真が一番だなぁ……」


 それは山頂のご神木を前に四人そろって撮った記念写真。

 私の左右に千景さんと剱さん。そして三人を包み込むように後ろからほたか先輩が抱きしめている構図。

 ……どう見ても、私を中心に集まってるようにしか見えない。


 みんなの頬が赤らんでるのは気のせいだろうか。

 いや、これはみんなが私を意識して……。

 そんな想像をしていると、ムラムラとした気持ちがこみあげてくる。



 私はさっそく自分の部屋の扉の鍵を閉めて、カーテンを閉じる。

 ……そして、ペンを握りしめた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 密室はいつも通りに私の吐息だけで満たされ始める。


「うへへ……そのふくらはぎ、最高ですよ……」


 滑らかに膨らむラインは最高にそそられる。ペンを持つ手は止められない。


 衣装はどうしようか。

 リリィさんに見せるなら登山部のユニフォームは秘密だし、オリジナルにするしかない。


 その時、千景さんのお店のメイドさん風の制服を思い出した。

 さすがにそのままだとマズいので、ちゃんとオリジナルのメイド服を描いていく。 私の煩悩を、性癖を、興奮そのままにペンに込めていくのだ。


「千景さんのお胸はもっと大きかったかな……。

 ほたか先輩と剱さんは……うん。いい感じ」


 いくら漫画的にデフォルメするとはいえ、モデルの特徴は正確に描かなければ意味がない。

 私は記念写真を片手に、印象があっているのかを入念にチェックした。

 ついでにみんなの好きそうなものを背景に描き、一見して面白そうな世界観を彩ってみる。



「ふへへ……最高のできばえ……」


 ……ついに私の煩悩全開のイラストが完成した。

 四人のメイドさんのいちゃいちゃイラスト。

 私を含めた四人がイチャつく絵で、全員が頬を赤らめている。

 ……そう言えば私をモデルにするのは初めてだ。


 完成させるとリリィさんに見せたくてたまらなくなり、『新作ですっ!』という短いメッセージと共にダイレクトメッセージで画像を送った。

 ネットで公開するのはまだ怖いけど、リリィさんには見てもらいたい。

 喜んでくれるだろうか?



 ……ドキドキしながら返信を待っていると、スマホが振動して着信を教えてくれる。


『待って待って待ってーーーーーっっっっ!

 なにこれなにこれ! 最高なんですが!?!?』


 思った以上の反応。

 その後も通知でスマホがしばらく震え続け、文章になってないリリィさんの叫びが届き続けたのだった……。



 ……そしてしばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したメッセージが届きだす。


『だ……大丈夫? 落ち着いた?』


『ごめんなさい……。とりみだしちゃいましたっ。

 とにかく最高オブ最高! お宝にしますね!』


 ……なんというか、想像以上にものすごく喜んでもらえた。

 まるで新連載漫画の表紙みたいとか、今までの作品で最高だとか、本当にこんな女子高生がいそうだとか、漫画本編が見たいですとか、前のめりの反応がありがたくなる。


 自分でもいい出来栄えだと思うし、ここまで描けたのは登山部の活動があったからこそ。

 ……そう考えると、自分の作品のためにも登山部を続ける意味はあるかもしれない。

 県大会の開催日に印をつけたカレンダーを見て、ちょっとだけ前向きな気持ちになれた。



『……ところでね、リリィさん。

 今週の中ごろから三日ほどは部活の大会があって、連絡できなくなっちゃうの。

 準備も大変だから、絵も描く暇がなくなりそう……。ごめんね!』


 ……そんなメッセージを送る。

 そう、県大会は本当に目の前に迫っていた。

 体力づくりは完ぺきとはいえないまでも、できることはやったつもり。

 本当はリリィさんのリクエスト通りに漫画を描いてみたいけど、残りの期間はテスト勉強に集中しないとヤバかった。


 こんなメッセージを送ったらリリィさんはガッカリするだろうか。

 そんな不安を抱いていると、しばらくしてスマホが振動した。


『部活の大会なんだね! それは大変……。応援してるよ~!

 それに、作品作りは自分のペースでやってくださいね!

 新作は楽しみだけど、それと同じぐらいにスノウさんのプライベートを大切にして欲しいのっ!』


 ……もらえた言葉は、やっぱりリリィさんらしい温かな言葉だった。

 その温かさに、私はついつい甘えたくなってしまう。


『そう言ってくれて、本当に嬉しいな。

 ……創作を少しお休みするのは忙しさのせいだけど、実は初めての大会で緊張して、創作に集中できないってのも原因なの。

 大会が不安だよぉ……』


『そっかぁ~。

 何の大会か分からないけど、それも作品作りと同じでマイペースが大事だよ!』


『マイペース……でいいのかな?』


 登山大会で結果を出さないといけないのに、運動嫌いの私がマイペースになったりすれば、それこそ負けにつながってしまう。

 ほたか先輩や千景さんの想いに報いるためには、私は無理しないといけないって思っていた。



 でも、リリィさんは緩やかな空気で不安をぬぐい去ってくれた。


『うん! どんなことでも、一番力が発揮できるのは平常心のときだと思うよっ。

 大変な時こそマイペース!』


 この前向きさにはいつも救われる。


『やっぱりリリィさんはいいことを言ってくれるよぉ。

 大会中でも連絡できればいいのになぁ』


『いくらマイペースって言っても、集中も必要だよっ!

 私も今週の半ばから用事があってネットができないし、スノウさんもあきらめて集中するんだよ~』


 さすがはリリィさん、厳しさも持ってるお人だ。

 用事っていうのも、私の甘えを断ち切り「大会に集中してね」というリリィさんなりのメッセージに違いない。



「ありがとう……。がんばるよ!」


 私は独り言をつぶやき、机の上の写真を見つめる。


 ひとまず部活に集中しよう。

 素敵な仲間のためにも、そして応援してくれるリリィさんのためにも、大会をがんばろうと拳を握りしめた。

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