第6章 思わぬ味方

 「…晃、起きて。朝だよ♡」


 クレアはそう言うと俺にキスをした。


 …夢か?

 ……違う!夢じゃない!現実だ!


 俺は跳ね起きると、そこには天使のように微笑むクレアがいた。


 な、なんて素晴らしい朝なんだ。

 ここは天国か?


 「冷めないうちに食べてね♡」

 「おはよう!ありがとっ」


 そう、俺とクレアは昨日カップルになったのだ!

 念願だった?シャワーも一緒に浴びたし、何度も愛し合った!


 幸せすぎる…


 だ、だめだ!

 まだ解決しなきゃいけない問題が山積みなのに!


 「はい、あーん♡」

 「あーん♡」


 …この子は俺を腑抜けにするつもりか?


 俺とクレアはイチャイチャしながら食事を終えると、


 「まだ、出掛けるには早いよね?」


 そう言いながらクレアはいたずらっぽい表情で服をずらすと細い肩が露出する。


 「だ、だめだって!早めに行って、徹の報告待たなきゃっ」


 くそ、俺もしたいのに…


 「ざんねーん…じゃあ帰ったらね♡」


 …もう死にそうです。


 俺とクレアが事務所につくと、徹がもう出勤していて、何かをプリントアウトしていた。


 「おはよう!徹、何してんの?」

 「あぁ、昨日聞き込みに行った後、瀬戸さんに電話して柳田一家の写真をメールで送ってもらったんだよ。それを印刷してんの。」

 「なるほど、ありがとな。いつも助かる。」

 「ほんとだよ、全く…って、おぃ!」


 徹は俺とクレアが手を繋いでいるのに気付いたようだ。


 「おま、お前等!そういうことなのか!」

 「あぁ、多分そういうことだ。」

 「そういうことです。」

 「い、いつから?!」

 「昨日だな。」

 「マジか!つうか、なんで俺じゃなくて晃なんだ…」

 「どう見たって晃さんでしょ♪」


 徹は髪をワシャワシャとかきむしり、


 「どうでもいいけど、社内では慎めよ!」


 …確かに、ちょっとはしゃぎ過ぎたな。

 俺が少し反省していると、


 「日本のそういうとこが固いんですよ!アメリカじゃオフィスでもイチャラブですよ!」

 「ここは日本なんだから、固くていいんの!」

 「ケチ…」


 クレアが拗ねながら、コーヒーを淹れに行ってくれた。


 「写真見せてくれるか?」

 「あ、ああ。」


 写真を見ると、母親だろうか?柔らかい笑顔を浮かべている。

 柳田もいて、弟かな?

 まだ高校生くらいだろうか。

 父親はガタイが良いな。


 「これで聞き込み開始できるな。」

 「ああ。それよりさ」

 「ん?」

 「…お前等もうアレは終わったのか?」


 何を聞くんだこいつは。


 「言うかよ。」

 「なんだよ、親友だろ?隠し事なんてなしだぞ。」


 「アレなら終わりましたよ。」


 そう言いながらクレアは三人分のコーヒーを並べた。


 …クレア、今なんて?


 「…おぃ!」


 「言っちゃだめなの?男と女が付き合えばしないほうが不自然じゃない?」

 「そうかもしれんけど…」

 「あー!もういいもういい!聞いた俺がバカだった!」

 「すまん…」

 「それで!この後はどうする?」

 「そうだな、柳田一家の情報集めるか。」

 「了解」

 「あ、お前等先行っててくれ。ちょっと放火魔のことで調べたいことがあるから。」

 「あぁいいけど、容疑者は捕まった筈だろ。」

 「ああ。でもな、アイツ多分シロだぞ。」

 「ほら!やっぱり!」


 と、クレア。


 徹が少し驚いてクレアに目をやった後、


 「知り合いの記者から聞いたんだけど、あいつ黙秘してるんじゃなくて、まともに言葉がしゃべれないヤツなんだってよ。」

 「言葉が上手くしゃべれないから犯人じゃないとは言いきれなくね?」

 「ああ。聞いた話だと、柳田の家が火事になる少し前からあの辺をウロウロしてたらしい。近所の人の話だと、柳田のストーカーじゃないかって。」

 「そうなると、ますますそいつが怪しくね?」

 「俺もそう思ったんだけどさ、その日ビッグサイトでコミケがあって。火事があった日のその時間はソイツがビッグサイト近辺で目撃されてたんだよ。しかも防犯カメラにも写ってるってよ。」

 「なるほど、アリバイ有りか。」

 「あぁ、あのおっさんが犯人じゃないなら真犯人がどこかにいるはずだからな。何か無いかもう少し調べてみる。」

 「あぁ、頼む。」


 俺はクレアと一緒に駅前へと聞き込みに出かけた。


 俺達は駅に着き、すぐ柳田邸に向かって歩いていると、軽い耳鳴りを感じた。


 「クレア、俺から離れるな。」

 「え?どうしたの?」


 俺は周囲にアンテナを張り巡らす。


 「多分、近くに何かいる。」


 …方角は火事のあった家の方からだな。


 「晃…なにか聞こえる。」

 「え?」


 俺は耳を澄ますも何も聞こえない。


 「なにも聞こえないぞ。」

 「苦しそうな声…」


 そういうとクレアはふらふらと歩き出す。


 「おい、危ないから一人で行くな!」


 俺は慌ててクレアを追う。


 クレアが向かってる先も柳田家の方角だ。

 俺には聞こえないものが聞こえているってことか。


 自分の心の声を発信するだけじゃなく、受信も出来るようになった…?


 この前言われた瀬戸さんの言葉が気になる。

 クレアの力を制御できるようにならないと、最悪サトラレになってしまう。


 「晃、この家からだよ。」

 「柳田家か。」


 明るいとこの辺はまばらだが人通りもあるし、俺達は徹に報告をして夜まで時間を潰すことに。


 俺とクレアはコンビニで時間を潰した後、近くの店で少し早い夕飯を食べに来た。


 「クレア、霊の声が聞こえたのははじめて?」

 「うん、初めてだと思う。これって私の能力なの?」


 「断言はできないけど、そうだと思う。」

 「私の心の声はよく聞こえるの?」

 「聞こえたらその都度教えてるからね。最近はないよ。」

 「そっかぁ。私大丈夫だよね?」

 「あぁ、この事件が片付いたら一緒に瀬戸さんに会いに行こう。」

 「うん♡」


 テーブル越しに俺の両手を撫でてくれる。


 クレアの事は俺が絶対に守ってやる。

 そう心に固く誓った。


 そろそろ時間だな。


 「暗くなってきたし、行こうか!」

 「はーい。」


 俺達は店を出た。


 柳田家の近くに到着した。


 さすがにこの時間になると人通りも減るな。


 「クレア、聞こえる?」

 「まだ聞こえない。」

 「霊の気配も感じない…」

 『?!』


 俺達は同時にお互いの顔を見た。


 「晃!」

 「あぁ、俺も感じる。むせ返るほどの殺意だ。…家の中だな。」

 「男の人の声で絶対に許さないって言ってる…」

 「家の中に入るからクレアはそこで待ってて。」

 「ダメ!私がいないと声が聞こえないでしょ!」


 確かに、今はクレアの能力も欲しいところだ。


 「わかった、俺から離れるなよ。」


 俺達は塀を乗り越え、がたついた玄関から中に入った。


 木材が焼けた後、水に濡れた特有の臭いが鼻を突く。

 天井が崩れないよう慎重に進んで行き、階段の前まで来た。


 「?!」


 上を見ると大人の男女二人と、子供が手すりから顔を出してこちらを見ているではないか。

 三人とも顔は火傷でただれて見える。


 「晃、この人達…もう死んでるよね?」

 「あぁ、やっぱり見えるんだな。」

 「うん…でもこれは見たくなかった。」


 でも、彼らはなぜ俺達に敵意を向けるんだ?


 「晃、この人達私たちを殺す気かも!!」


 刹那、父親の霊が手を掲げると焦げた角材が浮かび、こちらに向かって手を振りかざす。


 ブンッ!!


 「危ない!」


 俺は間一髪クレアを抱え床に伏せて角材をやり過ごした。


 なんてこった!

 完全に悪霊化してやがる!


 「クレア、俺が階段を昇るから何か聞こえたら教えてくれ!」


 「わかった!」


 俺は階段を駆け上がると、宙に浮く母親の霊が右手を一閃させた。


 ビュンッ!


 俺はそれをしゃがんで避け、立ち上がりざまに右手に力を込め母親の霊の顎にアッパーカットを叩き込む。


ガゴッ!!


 母親の霊は吹っ飛びながら掻き消えた。


 「晃!上!」


 反射的に飛び退くと、俺がいた場所に角

 材が飛んできた。また父親の霊だ。


 「助かった!」


 俺は落ちていた手頃な瓦礫を拾うと、それに力を込めて、父親の霊に思い切り投げつけた。


 {アギャァァァ…!}


 悲鳴と共に消えた。

 残ったのは子供の霊か…


「晃…逃げなきゃ」


 クレアが指差す方を見ると、倒したはずの母親の霊が無数の霊を引き連れて戻ってきていた。


 おいおい、嘘だろ!


 「クレア!一旦出るぞ!」

 「わかった!」


 俺達は家から飛び出したが、逃げたところでアイツらは追ってくるだろう。


 「くそっどうしたらっ」

 「二人とも、離れなさい!」


 俺の目の前に和服姿の女性が立ちはだかり両手で印のようなものを結ぶと、


 「ハッ!!」


 掛け声と共に両手を前に突き出した。

そうすると、家を囲むように光が広がっていった。


 「ふぅ、これで暫くはあの子達、いえ、悪霊達を留めておけるでしょう。」

 「瀬戸さん?!まだこちらに見えたんですか?」

 「当然です。自分の身内の調査を依頼しておきしながら、自分だけ帰るわけありませんでしょう。」


 ごもっともだ。

 しかし、相変わらず凛とした人だ。


 「でも、どうしてここに?」


 と、クレア。


 「先日そちらの事務所を出た後、少し物悲しくなってここへ寄ったのです。そうしたら、禍々しい魂の存在を感じましたので何回か足を運んでおりましたの。」

 「お陰で助かりました。こんな力があるなら僕等なんて必要なかったんじゃ?」

 「私の力は霊を一ヶ所に閉じ込めるだけです。それも一時的に。」

 「…一時的?」

 「そうです。あの数ならば持っても3日でしょうね。」


 そ、そうなのか…


 「…晃、どうするの?」

 「うーん、どうすると言ってもあの数じゃな。俺一人じゃ持たないかも知れん。」


 正直に言うと、絶望的だ。


 「よろしい。今から黒衣さんの事務所までいきますよ。」


 「事務所、ですか?」


 「はい。では行きましょう。」


 瀬戸さんはそう言うと、目の前にタクシーが止まった。

 …このタクシーいつ呼んだんだ?


 俺達はタクシーに乗り込み事務所へと戻った。


 事務所に着くと、徹に事情を全部話した。


 「ダメだ、お前一人じゃ死にに行くもんだろ!」

 「そうだよ!どうしても行くって言うなら私も行くから!」


 「落ち着きなさい、いい大人がみっともない!」


 うっ、、、


 「いいですか?私がここへ来たのは戦い方を教えるためです。」


 あんな奴らに戦い方なんてあるのか?


 「黒衣さんは手にしたものに[力]を込められるでしょう?」

 「はい。」

 「ではこれを。」


 俺は瀬戸さんから袋に入った何かを受け取った。


 中身を取り出すと、


 カチャッ…


 これはモデルガンとBB6mm弾だ。


 「HK45 ガスブローか。」

 「よくご存じね。」


 俺は大学のとき、徹達とサバゲーにはまっていた過去があって、今でもモデルガンは大好きだ。


 「でもこんなものが何の役に…あ!」

 「そう。この弾にあなたの力を込めるのです。」


 そんな使い方があったとは考えたこともなかった。


 「これはクレアさんが持っていなさい。」


 確かにこれは小型のハンドガン(モデルガン)な為、女性向きではあるな。


 カチャッ


 「私に?ワォ!超クールね♪」

 クレアはそのハンドガンを受け取って、嬉しそうにに触っていた。


「あの、俺には?アサルトライフルとか?」


 徹が聞くと、瀬戸さんは細長い何かが入った風呂敷をデスクにおいて、中身を取り出した。


 ん?これは、竹刀だ。


 「え?ちょっと冗談ですよねぇ?」

 「あなたのお顔以外、どこにも冗談なんてございませんよ。」

 「お、俺の顔?!」

 「いい男が、女子(おなご)に隠れて戦うなど言語道断です!」

 「は、はい!俺は竹刀で頑張ります!」


 「よろしい。それで黒衣さん、貴方は素手でも戦えますし、その場にある物を武器に変えられるのですから、それでよろしいですね?」


 「はい、十分です。」

 「皆さん、あの悪霊達はもう身内でも何でもありません。そのままにしておけば必ず無関係な者が命を落とすことになります。遠慮は無用です。楽にしてあげてください。後生でございます。」


 そういうと、瀬戸さんは深々と頭を下げた。


 「それと黒衣さん、この一件が片付いたら必ず彼女もつれて私の神社へいらっしゃいね。」


 「わかりました。」

 「瀬戸さん、お気をつけて!」


 クレアは元気よく手を振って瀬戸さんを見送っていた。

 

 俺はその後、クレアを連れて事務所の一角にある小さい倉庫に的を置いて、試し撃ちをさせてみたのだが、心配することなど何もなかった。


 クレアは昔家族でアメリカに帰省した際、何度も本物の銃を使った射撃練習をさせてもらったことがあるらしく、腕も確かなものだった。


バシンッ


 ほら、また的のど真ん中を撃ち抜いたし。


 「すごいな、クレア。」

 

 「でも、これで本当に悪霊を倒せるのかな?」

 「瀬戸さんお墨付きだからな、大丈夫だよ。」


 俺達はその後、明日の決戦に向け英気を養うことになり、篤も入れた4人で居酒屋で飲み会も兼ねた食事会を開いた。


 「それで学園祭の時晃がさぁ…」


 「えー!晃、かわいい♡」


 「くぅぅ!畜生!なんで晃がクレアちゃんとぉ!」


 俺は加熱式タバコを吹かしながら、残った酒を煽った。


 楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。

 飲み会が終わると、それぞれが帰途につき、クレアは俺の自宅に来てくれた。


 その夜、俺とクレアはバスルームやベッドで幾度となく愛し合い、祈りにも近い長い夜を過ごした。


 「晃、絶対死なないで…。」

 「大丈夫だ。クレアこそ無理するんじゃないぞ。」

 「うん…少し怖い。」

 「俺もだよ。でも、絶対行き残るぞ。」


 俺はクレアを抱き締めながら眠りについた。

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