第5章 血塗られた祭壇

…もう朝か。


?!


 俺の真横にクレアが寝ている…なぜだ?


 俺のベッドはクレアに貸して、俺は床で寝ていた筈だが…

 顔が近い…何故だか無性にキスしたくなるのを必死に堪えた。


 俺が寝るまでは化粧してたのに、素っぴんなんだ…化粧してなくても印象はほとんど変わらないんだな。

 「ん、んー…」


 起きたようだ。


 キ、キスしなくて良かった…

 

 「あ、黒衣さん。おはようございますぅ。」


 「お…おはよう。」


 「今から朝ご飯作りますねー。」


 寝起きでボーッとしてる感じなのかな?

 見ててかわいい。


 「うん、ありがと。コーヒー淹れるけどクレアも飲む?」


「ありがとうございます。アメリカンで♪」


…!!


 多少このウィンクにも免疫がついてきたと思ってはいたが、不意にされると呼吸が止まりそうになる。


 …心臓に悪い。


 「…了解。」


 「どうかしました?」


 「いや、何でもないよ。」


 「…そう?」


 クレアはご機嫌で朝食を作ってくれている。


 …たぶん俺はこの子が好きなんだろう。

 そして彼女も俺に好意を寄せてくれていると思いたい。


 だが、そうだとしてどうなる?

 今付き合えば社内恋愛になってしまう… 

 あ、いや、そうじゃなくて!


 …俺がこの力を使い続ければ、恐らく長生きは出来ないだろう。

 しかし、俺にも使命感くらいはある。

 俺が戦うのをやめれば助けられた筈の人達が命を落とす可能性だってある。


 …ついでに稼ぎもなくなる。


 俺が生きている限り、この仕事は辞めるわけにはいかないし、彼女にも危険が降りかかる可能性だって大いにある。


 ここで働かせること自体が彼女に危険をもたらしているのと一緒だ。

 …この事件が片付いたらクレアとは離れた方が良いに決まっている。

 それがクレアのためなんだ。


 大丈夫、一人には慣れてるじゃないか。 

 また元に戻るだけだ…

 今は自分の気持ちを優先させている場合じゃない。

 …そうだ、それが一番正しいっ。


 「黒衣さーん、ご飯ですよー!」


 「ありがとう!今いくよっ」


 でも、もう少しだけこの"夢"を見ていたい。

 …もう少しだけ…


 俺は席に着くと、眩し過ぎるクレアの笑顔を見て、旨すぎる朝食に食らいついた。


 俺とクレアは朝食あと着替えなどを済ませ事務所に向かった。


 プルプルプル…


 事務所が入っているビルの前に着くと、ケータイが鳴った。


 徹か。


 俺は電話に出た。


 「わりぃ、今柳田が通ってた大学の近くにいる。」


 「は?どうして?」


 「家を出る前にsnsで接触したやつから連絡が来てさ。柳田と高橋のことで話があるって言われたから篤を連れて直行したんだよ。」


 「そういうことね。俺も行こうか?」


 「いや、もうすぐ戻るから事務所で待っててくれ。…クレアちゃんとおかしなことするなよ。」


 「お、おかしな事ってなんだよ?!」


 「じゃあな!」


 …電話切られた。相変わらず自分の事ばかりだな。


 「クレア、徹達、遅れるから先入ってよっか。」


 「はぁい。」


 事務所についてエアコンをつけた。


 「まだ暑いですね。」


 「建物の中は特にね。」


 「…暇ですね。」


 「とりあえず、テレビでもつけようか。」


 俺はテレビのリモコンで電源を入れた。


 『次のニュースです。先日学芸大学前で放火をしたと見られる男が警察に逮捕されました。』


 …なんだって?俺はテレビに釘付けになった。


 『逮捕された容疑者は静岡県在住無職の男で、警察によると、黙秘をしている模様です。』


 連行される男の姿が写し出されたが、キャップを深く被り、マスクもつけているため顔はよくわからないが体型を見ると、中年の男だろうか?


 「黙秘って卑怯ですよね!」


 「確かに気持ちいいものじゃないけど、与えられた権利だからね。どっちにしても近いうちに認めるでしょ。警察もそんなに甘くはないだろうし。」


 「…本当にこの人が火をつけたのかな?」


 「ん?なんで?」


 「うーん、何となくですけど…」


 『しかし火事の際、避難した家族3人は未だ行方不明であり、引き続き警察が行方を探しています。』


 まだ見付かってないのか。


 これも瀬戸さんの依頼に含まれていたよな。


 「ただいま!」


 徹と篤だ。

 俺が「お帰り」を言おうと思ったら、


 「頑張って大学まで行って聞き込みしてきたのにお前等は二人で仲良く肩を並べてテレビかよ!」


 「晃!お前いつの間にクレアちゃんとそんなに仲良く…」


 「相良さん、渡辺さんおかえりなさい!!」


『た、ただいま!』


 見事に黙らせたな。思わず笑ってしまった。


 「それで、収穫は?」


 「あぁ、意外な事がわかったぞ。」


 徹は仕入れた情報を一つひとつ説明を始めた。


 徹によるとこうだ。


 まず、柳田には付き合っている男がいて、二人を知る人間は高橋と浮気するなんてまずあり得ないと。

 それと、最近高橋の様子が明らかにおかしかったとも。

 ある日を境に突然感情の起伏が激しくなり、友人数人と殴り合いになることもしばしばだったようだ。

 飲み会当日、引き籠っている高橋を心配した友人達が無理矢理ヤツを連れ出したんだそうだ。


 「ここからが驚くぞ。覚悟しとけ。」


 どや顔で徹は続けた。


 「飲み会中、柳田が高橋に最近どこに行ったのか、そこへ何をしに行ったのかと詰め寄ってたそうだ。」


 「…おい、柳田は瀬戸さんの姪だったよな?もしかして…」


 俺の言葉に、クレアが反応した。


 「え、それって…」


 「あぁ、柳田には霊感があるって大学でも有名だったそうだ。」


 待てよ。

 ってことは、高橋と柳田は浮気なんてしてなかったってことか?

 あ…いや、まだホテルの話が残ってる。


 「で、でも…」


 クレアが何か言いかけると


 「わかってる、ホテルのことだろ?」


 徹の言葉にクレアは小さく頷いた。


 「聞いた話だと、柳田は高橋に悪霊が取り憑ついてて、ヤツ救うために急遽その場で祈祷をすることになったらしい。

 だが周りのヤツ等から気味が悪いからと無理矢理やめさせた事に相当怒ったらしくてな。

 それで出来るだけ静かなところで、なおかつ大きい鏡があるところを探してラブホを選んだそうだ。」


 「…それが本当なら、浩一は浮気してなかったってことになりますよね。」


 何でだろう…胸が苦しい。


 「あと、実は写真もあるんだ。」


 徹は数枚の写真をデスクに置いた。


 「この写真は外で柳田と高橋が言い争っているとこだそうだ。面白半分で撮った写真だろうな。」


 徹は2枚目の写真を指差した。


 「高橋が写ってる写真だけど、わかるか?」


 高橋の身体から出てきたような半透明の女の顔が写ってる。


 「心霊写真か。」


 「多分ね。この写真から何かわかるか?」


 「いや、わからん。」


 「次、この写真を見てくれ。」


 その写真には床に木製の台を置こうとする柳田の姿が捉えられていた。


 「…祈祷用の祭壇か?」


 「だろうな。」


 「何ですかそれ?」


 「除霊や浄霊等に神道が使う祈祷用の供物などを並べる台だよ。」


 「あぁ、テレビで見たことがあるかも。」


 「うん、携帯用の祭壇もあるからね。」


 何故か柳田は地面に祭壇を置こうとしている写真だが、その祭壇にベットリと赤い血のようなものがついているように見える。


 「…これは血か?」


 「俺もこの写真をくれたやつに聞いたけど、その時は誰も怪我なんてしてなかったし、祭壇にも血なんてついてなかったんだとよ。」


 これも心霊写真ってことか…


 「これが祈祷を始めようとしたところだろうな。」


 なるほど、それで話の筋が通るな。


 徹は写真から俺に視線を移して、


 「晃、柳田は浮気なんかじゃなくて高橋を助けようとしただけなんじゃないか?」


 「…確かにな。」


 「ですよね…」


 「でも彼、教授に暴力を振るったり相当やばかったみたいだよ。」


 「それは取り憑かれてたから?」


 「一概には言えないけど…」


 徹は俺を見た。

 説明しろって合図だな。


 「悪霊は取り憑く人間の奥底にある負の感情や暴力的な部分を刺激することがあって、彼みたいにガッツリ取り憑かれちゃうと人格そのものが変わってしまうなんてこともあり得るんだ。」


 「…じゃあなんで彼は"成り行き"だとか私に謝ったりしたの?」


 「混乱したんじゃないかな?ラブホにいたくらいだし。それに頭がおかしくなってたなら混乱してても不自然じゃないかもよ?」


 「…それが本当なら、私何も知らずに彼が浮気したと決めつけて、死ねなんて言っちゃったんだ…それが最後の言葉なん…て…」


 …クレアが泣き崩れた。


 言葉は何も見付からなかったが、自然と身体が動いてクレアを抱き締めていた。


 「晃、俺と篤は霊のラブホの近くで情報を集めてくるから、ここ頼めるか?」


 徹なりに気を回してくれたんだろう。


 「あぁ、ありがとな…」


 俺はクレアを抱き締めながら徹達を見送った。


 クレアはひとしきり泣いた後、高橋の事を語り始めた。


「彼の事…本当の事がわかって良かったです。」


「そうだね。誤解したままじゃ彼も浮かばれないから。」


 …これは俺の本心なんだろうか?


 「実は私、根拠はなかったけど、彼が裏切ったんじゃないってどこかでわかってました。それが証明されて良かったってことです。」


 …ん?


 「うまく行ってなかったのは本当だし、私も別れようと思ってました。

 もちろん彼の性格が変わる前から。」


 「そうなんだ、なんで?」


 「彼が私の事アクセサリーみたいなもんだって友達に話してたのを聞いてしまって。」


 …なんだと?


 高橋の霊がまだいるなら話なんぞもう聞いてもやらないからな、即消してやる。


 「だから、もう良いんです。あんな人だったけど、浮気もしてなかったし許してあげます。」


 「…大丈夫か?」


「はい!私には黒衣さん、晃さんがいてくれるから…」


…え?危ない、倒れるかと思った。


 だが、俺には…


 「ねぇ、晃さん。迷ってるでしょ?」


 ?!


 「な、なにが?!」


 「わかってますよ。」


 「わかってるって何を?」


 「好きな人でもいるんでしょ?」


 何も…わかってねぇじゃん。


 「そういうことじゃなくてさ…」


 クソ!まだ言うつもりなかったのに!


 …仕方ない、覚悟を決めるか。


 俺はクレアに思ってることを全部打ち明けた。


 「…バカじゃないの?!」


 そうそう、俺はバカなんだよ…って!

 なに?!


 「バ、バカって!」


 「バカでしょ!何カッコつけてんの?!」


 「俺はクレアを守りたくて…!」


 「じゃあ聞くけど、離れた後どうやって私の事守るの?」


 う…確かに離れた後の事を考えてなかった。


 俺はやっぱりバカかも知れん。


 「それに私がいなきゃ晃が死ぬかもしれないでしょ!」


 「向こう見ずな使命感に駆られて力を使い続けてたらどうなるの?それでなくても危険な仕事なのにっ…」


 危険…か。

 

 もうずっとこんな世界にいるんだ。

 もう何年もそう思ったことなんてなかったかもな。


 「こんなに好きになったのに、同じ気持ちでいてくれるって思ってたのに…」


 クレアがまた泣き出してしまった。


 俺は…俺は何をやっているんだ!


 「クレア…」


 クレアから逃げたんじゃない、俺は理由をつけて自分から逃げてたんだ。

 もう二度と大切なものを失いたくなくて。


 クソ!俺はなんてバカだっ!


 「ごめん、俺は臆病だったよ。クレアにもしもの事があったらって考えたら怖くて…そんな自分から逃げてた…」


 クレアをもう一度抱き締めた。


 「もう、二度と自分の気持ちから逃げないって約束する。俺はクレアが好きだ。」


 「晃さん…」


 ドカッ


 「っんぐっ!」


 クレアの肘が俺の腹にめり込んでた。


 「男が女をただ守る時代は終わったの。女だって男を守れるんだからね!」


 「い…今のでよくわかりましたっ…」


 クレアは胸を張って満足そうに頷いた。


 「よろしい!」


 うぅ、おもいっきり入ったぞ…


 「ありがと、晃さん♡」


 「…ゴホッ…こっちこそ、ありがと。」


 この笑顔を失わずに済んで本当によかった。


 「でも、これから危険も増していくのは間違いないから無理だけはしないでくれよ。」


 「はい!晃さんもね!」


 「じゃあ帰ろっか?」


 「今日は私のおうちね♡」


 ヤバイ、ドキドキしてきた。


 「何が食べたい?」


 「今日はあっさり系で」


 「おじいちゃんみたい」


 「ヒドイな…」


 俺達は他愛のない、でもかけがえのない会話をしながら事務所を後にした。


 クレアの部屋に着くなりどちらからともなく、熱いキスを交わした。


 俺はクレアに会った時から惹かれてたのかもしれない。


 仕事と割り切ろうとはしていたが、外見の美しさだけじゃない、彼女の人柄や意思の強さ優しさ全てを好きになってた。

 クレアは俺の胸元に顔を頬を押し当てながら呟いた。


 「ねぇ、晃って呼んでもいい?」


 「あぁ、もちろん。それにさっきも呼び捨てしてたよ。」


 「…意地悪。」


 「ごめん。」


 クレアは俺に背を向けると、クルっと振り向いて、今までにないくらい最高のウィンクをみせてくれた。


 「すぐご飯にするから待ってて♡」


 …私、鼻血出てませんか?


 「あっさり系だよね?」


 「あ、うん。」


 ダ、ダメだ、食後の事を考えると緊張してしまう。

 一人の女性をここまで好きになったのは初めてだ。


 確かに俺は無愛想な方だと、自覚してるがそれなりに経験は重ねてきたつもりだったがクレアは別格すぎる…。


 俺はテーブルの前に座って、気持ちを落ち着けようとする。


 「お待たせー!」


 「あぁ、いい匂いだ。」


 二人で食事を運んで席に着くとクレアが俺の顔をニコニコしながら眺めていた。


 「ん?どうしたの?」


 「大好き♡」


 「俺も大好きだよ。」


 …ん?


 クレアは俺に自分の絡めてくる。

海外ドラマでこんなシーンを見たことがあるかも。


 日本人の男には刺激が強すぎるコミュニケーションだ…


 クレアは日本語も完璧だし、和食も上手だけど、やはり海外の女性特有の妖艶さがあるんだと思う。


 …そのギャップがまた良いのだが。


 「晃、食べないの?」


 「あ、いや。うまそうだと思って眺めてた!」


 クレアはそんな俺を見てクスッと笑う。


 多分、ドギマギしてる俺に気付いてるんだろうな。


 情けない…


 「あっさりがいいって言ってたから、サラダと、こっちはお餅をさっと素揚げして、味付けしたカツオの出し汁に浸してみたの。上に乗ってるのは大根おろしね♪」


 おー、これは餅だったのか!


 「めっちゃいい匂い!いただきまーす!」

…旨い!油で揚げたって言ってたけど、すごくあっさりしてるし、食感も楽しい!和食の才能もあるよな、絶対に。


 俺はあっという間に平らげてしまった。


 「ごちそうさまでした!クレアの料理はいつ食べても本当に旨い!」


 「ありがと♡本当に美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるよ。」


 「今度は俺が料理を振る舞うからね!」


 「楽しみにしてる♡」


 明日にでも料理本買いに行くぞ!


 「ねぇ晃。」


 「うん?」


 「一緒にお風呂入ろ♡」


 来た!ついに来たぞ!


 「うん、一緒に入ろう!」


 こうして、二人の夜は過ぎていった。

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