Monte Carlo -2-



まるでエモーショナルロックを流したような感覚に襲われる。


迫り来る揚々としたエンジン音が音階を奏で、ドクドクと脈打つ彼の鼓動がビートを刻んでゆく。


ロータス・エキシージ。


ブライトグリーンに染められた車体は恐ろしく軽いらしく、アップダウンの多いモンテカルロの海岸線を、まるでイルカのように跳ねながら走行している。


しかも、速い。


あのジャジャ馬をその速度で駆って、なぜ安定していられる。



「おいランディー! こっちももっとスピード出せ!」


「そう焦るなよリズ。僕がついてる」


「チッ……安心できたもんじゃねぇ」



ポルシェのスピードメーターは時速150キロを超えた。


しかしそれでも迫られているとなれば、向こうが出しているのは200キロ近く。



 


リズはマシンガンを構えた。



  ダダダダダダダダダダダダダダッ!!!!



弾丸を放つ。


しかし、当たらない。


エキシージはその速度を保ったまま、しかもイルカのように跳ねながら、右へ左へと弾丸をかわしていく。


無機質に続く銃声。


弾丸が地を叩いて跳ね返る音。


それはヤツの奏でた音階に重なるハイハットシンバルに過ぎなかった。


ヤツの走りに華を添えたに過ぎなかった。


ヤツの走りに、呑まれていた。


完全に。



 


ルームミラーに映るエキシージが大きくなってくる。


ドライバーの顔が見えてきた。


男。


頭には黒いバンダナを巻いている。


鼻筋の通った濃い顔立ちだ。


フランス系の顔ではない。


あの顔は恐らく……イタリア人。



「リズ、ドライバーを狙うんだ!」


「無理だ!! あの車、防弾ガラスを張ってやがる!」



後ろに付かれた。


プレッシャーをかけるわけでもなく、すぐにパスの体制に入るらしい。


右後ろからジワリジワリと、まるでポルシェを舐めるようにして這い上がるエキシージ。


二台が並んだ。


ポルシェの助手席の窓から身を乗り出すリズとエキシージの運転席が近接する。


向こうの表情を確認する余裕などない。


しかし微かに耳に入ったのは、エキシージのパワーウィンドウが開く電気音だ。



「テメェ……!」


  パァンッ!!!!



エンジン音に掻き消されながら銃声が轟く。



 


リズがドリガーを引いた……わけではない。


リズのサブマシンガンはフルタイムフルオート、セミオートで一発のみ放てる銃ではない。


先に銃を放ったのは、エキシージのドライバー。


銃弾はリズのマシンガンのバレルに吸い込まれたらしい。


穴の空いたマシンガンを投げ捨てるリズ。





「観念して車を停めろ。モナコボーイズ」





エキシージのドライバーが低い声でそう言いながら、車窓からリズへと銃を向ける。


スコーピオン……このモナコではまず見られないサブマシンガンだ。


ふんっ、貴様のようなバカな男によく似合う銃だ。


そう、このバンダナ男は、バカ。



 


「誰だテメェ。アゲラトスの新入りか?」



リズは口でそう言葉を吐きながら、運転席のランディーへと目を配す。


運転席の下から取り出す、予備の拳銃。



「俺が名乗る前にお前らが車を停めやがれ。運転しながら話すのはマナー違反だ」


「ほぅ……だったら、テメェが名乗ることはなさそうだな」



銃をリズへ。


受け取りながら安全装置を外し、撃鉄を下げる。


構え、同時に発砲。


いや、少々遅かった。


「のわっ!?」という間抜けな声を残し、エキシージはブレーキをかけ後方へ。


降伏は受け入れない。


あのエキシージに乗るイタリア人への発砲が意味するのは要するに、そんなところだ。















そのメッセージを受け取り、レオは舌打ちした。


レオナルド・クレンツェ。


ミラノのストリートレースで、最速を誇る男。


いや、最速を誇る男だった。


彼は今、さらなる大金を手にするために。


このモンテカルロの地にて、ブライトグリーンのエキシージのハンドルを握っている。


……はずだったが。



「頭きやがった……! 報酬なんかぶん投げて、あのガキどもをぶちのめしてやるぜ!!!!」



 

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