第2話決意

 彼と出会ってから一週間が経過した。あの時から気分がいい。真っ暗だった私の人生を、彼が照らしてくれたから。また会いたい。できるなら付き合って、その先の関係まで築きたい。でもそれは多分無理だ。彼は自分の情報を頑なに教えようとしなかった。きっと私ではダメなのだろう。こんなに人を好きになったのは初めてだ。

 清々しい朝を迎えた私は、またいつか彼と出会えることを信じて会社に向かおうとした。その時だった。ピロロロと携帯の着信音がなる。そこには姉の名前が記されていた。


「どうしたのおねぇちゃん?」


「あ、香澄? 実は先週も話したんだけど、私の婚約者になるはずだった人が……」


 そのことであの時の話を思い出す。あれはちょうど、祐介と船を待っている時のことだった。その時ちょうど姉から電話が来て、病気の婚約者が病院から逃げたという話を聞いた。もう死にかけなのにどこにいるのだろうってものすごく心配してて、そんな不安なおねぇちゃんの声を聞いたらこっちまで気分が落ち込んで……。

 でもその時祐介が私の頬を抑えて勇気付けてくれて……。

 えへへっとにやけた顔をする。まだまだ乙女か! 


「ん? 香澄どうしたの?」


 は!? いけない、いけない。思わず幸せが声に漏れてしまったらしい。


「あのそれで、結局なんの用なの?」

 

 私は姉に肝心の要件を聞く。


「あぁそうね。それで実は、あの後病院で彼の姿が見つかったんだけど、もう亡くなった後で。それでその人の葬式に香澄も来て欲しいのよ。一応私の旦那になる予定の人だったし……」


「あーそういうこと」

 

 一瞬だけ、なぜ私が見ず知らずの人の葬式に行かなければ……っと思ったが、姉のことを思うと断ることはできない。


「うんわかった。じゃあいつ開かれるの?」


「それが……急で悪いんだけど、実は今日なの」


 本当に急だ。まあ別に有給はあるし、いけなくはない。


「わかった。じゃあ今からおねぇちゃんところ向かうから」


 そういうと会社に電話して、姉の元へ向かう。バッチリと正装をして、その婚約者の葬式会場に向かう。割と多くの参列者がいて驚いた。結構人脈の広い人なのか?

 まあそんなことはどうでもよく、私の頭の中は祐介のことでいっぱいだった。祐介のあの最後に見せてくれた笑顔。かっこよかったなーとか、最後に渡してくれた箱の中身はなんなんだろうとか、そんなことばっかり考えていた。祐介は絶望してしまったら開けてくれって言ってたけど、別にそんなの私のさじ加減なんだから、もう家に帰ったら開けちゃおうかな。もしかして携帯の番号が入ってたりして。

 「辛くなったら僕に電話してください」的な! そんな脳内お花畑のことを考えているが、そんな私がまた絶望するまでに時間はかからなかった。


「えー今日は私の息子。柴祐介のために集まっていただき本当にありがとうございます。祐介もさぞ喜んでいることでしょう」


「え……嘘……」


 あまりのことに膝から崩れ落ちる。


「え……だってあんなに元気そうにしてたのに……」


 涙目になり、現実を受け止めきれなかった。なんで? おねぇちゃんの婚約者が祐介? どうして? 色々なことがありすぎて、脳内がパンクしそうになる。


「どうしたの香澄?」


 姉に心配され、私は目をこする。いや、もしかして同姓同名の別人なんじゃないか。私は往生際が悪く、まだ祐介が死んだという事実を否定しようとしていた。しかし棺桶の中で眠る男の顔を見た瞬間、「あぁ、この人は私を救ってくれたあの人だ」と認めずにはいられなかった。だって死んでいるのに、こんなに良い笑顔なんだから……。私は泣いた。棺桶の上に倒れるようにして泣いた。母親が死んでしまった時だってこんなに泣かなかった私が今、ものすごい大声で号泣している。なんで死んだの? なんで私に希望を持たせたの? こんなことなら出会わなければよかった。

 そんな憤りを感じつつ、葬儀は終了した。今、私の中の感情は虚無だ。何も考えたくない。現実を受け止めたくない。そんな憂鬱な気分で自宅に帰ると、私は大切に飾っていた箱を手に取る。

 何が入っているのか、彼は財布も持っていなかったし、どうせ大したものなんか入ってない。でも何が入っているのか、絶望してしまった時に開けろと言わたこの箱の中身。私はゆっくりと箱を開ける。するとそこには一切れの紙が入っていた。


「なんか書かれてる……」


 畳まれた紙を広げてみると、そこには。


「頑張れ!」


 の文字が大きく書かれていた。


「何よこれ……。なんなのよこれ……」


 意味がわからない。私を励ましたいなら、もっと高級なものでも用意しなさいよ……。こんな言葉一つじゃ……。


「う……」


 また泣きそうになる。この「頑張れ」には、果たしてどんな意味が込められているのか。そんなの彼にしかわからない。でも元気は出た。また立ち止まったりしたら、それこそ天国にいる祐介に顔向けできない。あなたが生かしてくれたこの人生。あなたの分まで楽しんでやる。 

 そう心に固く決意し、私はそのメッセージを箱の中に戻すと、そっと机の中に箱を閉まった。





























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最後の一日を君に ラリックマ @nabemu

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