第33話 そんなエロ小説作家の婿ですが、何か?

 あの波乱一杯のダリル姐さんとヴィヴィアン氏の婚約発表パーティから二週間後。

 アトリエでは、ささやかな二人の婚約発表会が行われていた。

 ミランダにはきちんとした服装で参加して欲しかったっすけど、どうしても、ゆったりとした服装で行きたいと言われ、今日のミランダはお腹周りを締め付けない、フワリとした服装での参加。



「あの場でしか全員を一網打尽に出来なかったのが悔やまれますわ……折角の婚約パーティを潰してしまって、ごめんなさいね?」

「気にしてませんわ」

「ええ、わたくし達とっても幸せですもの!」



 リコネル王妃から再度謝罪されるダリル姐さんとヴィヴィアン氏。

 最初こそこの二人の出会いは最悪だったけれど、今はお互いを支え合う様に幸せそうにしている姿を見ると、人生とは本当にどうなるか解らないものだなと思った。

 ちなみに、あの婚約パーティ後、ヴィヴィアン氏との結婚も恙なく決まり、結婚式は年明けに行われることが決まった。



「勿論、ミラノもわたくしたちの結婚式に来て下さるでしょう?」

「うーむ」

「あら、どうかしたの?」

「いや、行くのが難しいやもしれんな」

「どうしてですの!?」



 ミランダの思わぬ発言に、俺もそんな事を聞いていなかったので驚いた。

 彼女なら「喜んでいくとも!」と、堂々と言っていただろうに、一体どうしたのだろうか。



「うむ、実はちょっと体調が悪くてな……」

「あら、病気? お医者には行ったの?」

「いや、医者にはコッソリ行ってきた」

「ミランダ、どういう事っす?」



 まさかの発言にミランダに駆け寄ると、彼女は「今言うていいものか」と悩んでいる。

 何か重い病気なのではないだろうか……。

 途端、脳裏に浮かんだのは死んだ両親の姿。

 ――また一人残されるのではないだろうかと言う恐怖感。

 彼女の腕を掴み、震える声で「ミランダ」と呼ぶと、何処か観念したように掴んでいた手を取り、その手を―――彼女のお腹にあてたのだ。



「ご報告しよう。喜べオスカー。双子らしい」

「は?」

「え?」

「えええ!?」



 思わぬ言葉に頭で感情が追い付かない。

 今ミランダはなんて言った? 喜べ? 双子? それってもしかして……。



「妊娠……?」

「そう言っているだろう?」

「双子?」

「二人いるらしい、今後無理は出来んな!」



 そう言ってやっと太陽のような眩しい笑顔を見せたミランダに、俺は気が付けば彼女を強く抱きしめていた。

 途端湧き上がる歓声。そんな声すらもあまり耳に入らないくらい、体が喜びに満ちていた。

 ――俺が半分魔族だからか、妊娠は難しいのではないだろうかと思っていた。

 ――それでも日々頑張って励んで、それでも舞い降りてきてはくれない、長年願った子供。

 それが、二人も俺たちの許にやってきてくれたことに、気が付けば涙が溢れていた。



「やったわね! おめでとう二人とも!」

「はははは! お祝いが二倍になってしまったな!」

「おめでたいことが続くのは良い事よ!!」

「まぁ、そういう訳だから悪阻だなんだと結婚式には行けない可能性が高くてな。祝辞は送るから許してくれたまえ!」

「勿論ですわ!!」

「それと、暫く執筆作業は中止だ! まずは宿った命を優先に、無事産み育てて見せようではないか! そして、リコネル王妃に次ぐママさん作家の誕生だ!」



 そう言って俺の両頬を掴んだミランダは、涙でグシャグシャの俺の顔を見つめ、いきなり大勢の前でキスをしてきた。

 さらに上がる歓声。呆然とする俺。

 唇が離れと同時に言われた言葉は――。



「互いに頑張ろうじゃないか、パパ殿」



 その返事に俺は――。



「身体大事に……ママ殿」



 そう告げてやっと笑うことが出来た。







 ――それからの日々は、いろんな意味で周囲も環境が変わった。

 淡々と語ることになるが、どう変わったのかをお伝えしたいと思う。



 まず、黒薔薇の会に所属していた女性たちは、精神鑑定も含めやらねばならないだろうと言う判断を医師が行い、彼女たちは病院に入院した。

 人を故意に傷つけることに快感を覚える彼女たちが、今後どういう治療を受けるのか、そしてどうなっていくのかは分からない。

 そして、その首謀者であったアリィミアは、ダライアス伯爵と離縁され、庶民に落とされた彼女は庶民用の重罪者が入る地下牢に入ることになった。

 時折奇声を発しているそうだが、そう長くはないだろうとダリル姐さんが呟いていたのを思い出す……。



 そして、ダリル姐さんはヴィヴィアン氏と無事結婚することが出来た。

 結婚後、暴走の限りを尽くしたヴィヴィアン氏の御父上は屋敷を追い出されることになり、今はアンダーソン家の持つ田舎の小さい屋敷に監視されながら生きているらしい。

 そんな大変な事もあったりしつつも、ダリル姐さんとヴィヴィアン氏は新婚ラブラブで、近いうちに妊娠するのでないだろうかと思っている。

 そうすればダリル姐さんはパパ友だ。

 いや、ママ友なのか?

 ちょっとその辺り確認を取りたいところだ。



 そして、ミランダとヴィヴィアン氏の手掛けた合作小説の歌劇は、それはもう大ヒットした。

 熱狂的なファンも互いに付き、ダリル姐さんは気が休まらない日々を送っているようだけれど、それはこちらも同じこと。

 しかし、ミランダが妊娠中と言う事もあり、刺激をしてはいけないとファン心理もあるのだろう、ミランダに届く手紙は出産を応援する手紙だったり、子供用品でこんなものがあると便利であるなどと、妊娠期間や出産後に良いものをお勧めとして書いてくれている手紙も多くみられた。



 そうそう、誹謗中傷は、あれからどの作家にも一気に減った。

 やはり、一部には誹謗中傷はあるものの、ミランダは「それは仕方ない事だぞ」と笑い飛ばしていたのだ。



「人の感情に答えがあるのだとしたら、答えが一つである必要性はあるのかね?」

「無いっすけど、一々誹謗中傷書くくらいなら、チラシの裏にでも書いてろって思うっす」

「はははははは!! それでは満足しないからこその誹謗中傷だろう? だが、言葉とは時に、鋭利な刃物になる。文字とは声では伝わらないこそ、意思疎通が難しい事もある。相手の感情次第で、同じ文面であっても、良いようにも悪いようにもとられてしまう。それが、文字と言う物だよ」



 哲学的な事を言っていたが、結局言葉とは難しいと言いたいのだろう。

 自分の、そして受け取り側の感情次第で、全ての文面とは色んな顔を見せるのだ。

 それが、相手を受け入れる言葉に変わったり。

 それが、相手を傷つける言葉に変わったり。

 けれど、意図的な悪意は何処にでも潜んでいて。

 ――だからこそ、人間と言う生き物の感情とは難しい。



「まぁ、俺としては、こんな言葉の難しい世界に生まれる我が子が心配ではあるっすね」

「そう過保護になってやるな。この世界も悪いものではないぞ? 何せ、オスカーと出会えた事こそが、私達にとっては奇跡なのだからな!」



 いい笑顔で臆面もせず言われると、何とも気恥ずかしいものがある。

 大きくなったミランダのお腹に手を当てると、二つの胎動を強く感じる……。ミランダはその身一つで、二つの命を守りながら生活している。

 それは、とても大変な事で。

 それは、とても気を遣う事で。



「この子たちが、言葉で傷つかない世界なら、どれ程いいかなって思うっすよ」



 そうつぶやいた言葉に、ミランダは苦笑いをしながらお腹に置く手に自分の手を重ねた。



「なぁに、私に似て口達者かもしれんぞ?」

「俺に似て冷めてるかも知れないっすよ?」

「二つ揃えば最強ではないか」

「親が親っすからね……」

「なぁに、心配はいらんさ」



 優しい声色に俺も小さく頷き、トクントクンと動く心音を感じながら目を閉じた。






 それから数カ月後。

 ミランダは出産した。

 子供は、男の子と女の子の双子だった。

 出産が壮絶だったこともあり、ミランダは暫く動くことが出来なくなってしまったが、それでも我が子に母乳を与え、他の事は出来る限り俺や義父様がやった。

 日々、痛み止めを飲みながらミランダは子育てにも頑張って参加したが、産後の肥立ちが悪く、安静を医者に言い渡された。

 それでも。

 それでも。



「実に可愛らしい子供達じゃないか! 目の前に萌えがいるというのは、たまらないな!」

「良いから休んでてくださいっす!」

「私だって我が子を抱っこする権利はあるんだぞ!」

「声を落としてくださいっす! 起きちゃうっすよ」



 ミランダの声にも動じることなくスヤスヤ眠る双子の我が子たちは、本当に可愛くて愛しくて。

 ミランダがカラ元気でも、俺を心配させまいと、そして我が子と過ごす時間を多く取ろうとしてくれることが嬉しくて。



「いつか、この子たちが成長したら私とヴィヴィアン氏が合作した小説を読ませたいね。いや、歌劇をみるべきだ、そっちが先だな」

「随分先っすね」

「随分先の楽しみが出来ただろう? 私も早く体を治して子育てしながら執筆したいものだよ。書きたいネタが溢れ出て大変で脳内が大変だ」

「色々大変だと言う事は理解したっす」



 ――なんだかんだと、出産しても根本は変わらないもので。



「ああ、今度はどんなエロ小説を書こうか……濃厚な、そう、濃厚なものが良い」

「子供たちは大変っすね。ママ殿がエロ小説作家で」

「誇りに思うだろうね!」

「……そうっすね」

「ははは!」



 ――ミランダは、やっぱり、ミランダで。



「なぁに、エロ小説以外に書く小説が出来た。子育て奮闘記の小説だ。ママ視点とパパ視点は欲しい所だね!」

「はいはい、協力するっすよ」



 ――彼女はやっぱり、小説を書くのが大好きだ。



 どんなに誹謗中傷が来ようと、やはり好きな事をしていたいタイプの、楽しい事が大好きな女性だ。

 子育てとの両立は、中々に難しいとリコネル王妃は呟いていたが、彼女は身体がある程度治ったら、また筆をとるのだろう。

 それを支えるのも、小説家の夫の役目であって……大変な事でもあって。



「子育てと執筆、両立させるのは難しいっすよ? ま、支えるっす」

「無論、支えてもらうとも! それに、前のように無茶はもうしないさ」

「約束っすよ?」

「なぁに、子供が一番、小説は二番さ!」

「え? 俺、もしかして三番っすか?」





 そんなエロ小説作家の婿ですが――何か?







========

【★祝★完結!!】


妻シリーズ第三弾「エロ小説作家の婿ですが、何か?」が完結しました。

今回の作品は毎日更新出来て、ラストまで止まらずアップ出来ました!

いやぁ……調整がすごく大変だった。

それでも、無事に完結させることが出来たのでホッとしてます。


此処まで頑張られたのも、読者様のお陰です。

本当にお付き合い有難うございます!!


小説を書く事って、結構大変で、とっても楽しい事なんですよ!

まぁ、色々あるけどね!


と言う事も踏まえて書けてたらいいなぁ……(震え)

個人的には、三部作書く予定は最初はありませんでした。

それが――。


「妻は悪役令嬢(?)で押しかけ女房です!」

から始まり

「バーサーカーの妻になりまして!」

に続き

「エロ小説作家の婿ですが、何か?」


の三部作になりました。

読者様、本当に応援ありがとうございます!


そこに、ダリルさんスピンオフが加わりますが、それはそれで……!

ダリルさんファンがいてくれることが嬉しい!

――と、次回作は何気にダリルさんスピンオフです。

短い小説になるかも知れませんが、ダリルさんファンがいらっしゃったら

是非お付き合い願えたらと思います。

ミランダ夫婦は必ず出てくるかと思います(笑)


スピンオフに関しては、暫くネタを絞りつつ他の小説を書きながら

一週間くらいは休みを取ってから書き始めたいな~と思っています。

うん、エロ婿は本当に休みなしで更新していきましたが

凄い大変だった!

子育ての合間に執筆、その間に家事もシッカリと!!

正に怒涛の時間スケジュール(笑)

毎日更新が出来たのがまさに奇跡でした。


次回はゆっくり書いていきたいなと思います。

出来るだけ毎日更新はしたいところですが。


ともあれ、此処までお付き合いして頂き、本当にありがとうございました!

次回作、そして現在更新中の

「異世界転生審査課」及び「転生魔王は寺に生まれる」両作品の応援も

出来れば応援よろしくお願いします!

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【妻シリーズ第三弾】エロ小説作家の婿ですが、何か? udonlevel2 @taninakamituki

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