第16話 仲良く食事会






 何だこれ、どういう状況だろう。

 カオスすぎる。


「黒咲。もう少し、野菜をバランスよくとりなさい」


「先生。こういうのは、美味しいのだけ食べた方が良いと思いません?」


「鍋なのだから、まだ食べやすいだろう。ほら、この白菜も美味しいから」


「うえー」


 恭弥の取り皿に、彼が小言を言いながら白菜を入れている。

 それに対して、恭弥が嫌そうな声を上げた。


 どうして俺達は、鍋を囲んで仲良く食べているのだろう。

 まさかこんなことになるとは思わず、俺は遠い目をしながらも食材を口に運ぶ。




 恭弥が昼食を希望し、なんとなく流れで先生も招待してしまった。

 勢いに押されてしまったのか、先生も断ることなくこんなことになってしまい、鍋を作りながら冷静になる。


「え? 何で?」


 思わず出てしまった言葉は、誰にも届くことなく消えた。


「ゆーうーきー! はーらーへったー!」


「はいはい。今作っているから。あと少し煮込めば終わりだから、これでも食べて待っていて」


「おっ! これ、新作? 何々?」


「マカダミアナッツとホワイトチョコを入れてみた。もうすぐ出来るから、あんまり食べ過ぎるなよ」


「はーい! やったー!」


 作っている最中あまりにもうるさいから、出来るまでのつなぎとして、作っておいたクッキーを出した。

 可愛らしくラッピングなんてしていない、タッパーいっぱいに詰め込んだクッキー。

 恭弥にだからこそ、出せるクオリティだ。


 今、彼もこの場にいるのだけど、どうせ食べないだろうし構わないだろう。


 もぐもぐという音がかすかに聞こえてきて、全部食べ切らないか心配になったが、わざわざ注意しにはいかなかった。



 早く鍋を作って食べてもらって、さっさと帰ってもらおう。

 蓋を開けていい具合になったのを確認すると、鍋掴みを使って2人の元に運んだ。


 俺が来た途端、何か話をしていたようだったのに止めてしまう。


「何の話をしていたの?」


「うん? 今度のテストに何の問題を出すのかとか?」


 嘘だ。

 直感的にそう感じたけど、追及はしなかった。


「はい、取り皿。こっちの箸で自分の分は取り分けて。好みが分からないから、水炊きにした。好きなたれで食べてね」


 恭弥の好みは知っている。

 でも彼の好みを知らなかった。


 だから当たり障りのない鍋にしたが、問題は無かったようだ。


 最初は戸惑っていた彼も、恭弥が遠慮せずに食べ始めたら恐る恐る箸を手に持った。

 俺は2人が食べ始めたのを確認すると、自分も食べる。



 こうして、おかしなメンバーでの食事会が始まった。





 彼に食事をふるまうのは初めてだけど、まさかこんな形でだとは思わなかった。

 別れてからは一生その機会は無いはずだったのに。

 人生というのは、何が起こるのか分からない。


「……美味しかった」


 しめの雑炊まで平らげて、彼は俺から視線をそらして感想を口にした。


 もしこの言葉を、別れる前に聞いていたのなら、俺はどんなに嬉しかっただろう。

 でも今は他人だし、きっとお世辞に過ぎない。


「お粗末さまです。ああ、片付けはやっておくので、また恭弥の相手でもしてください」


 敬語を使った話し方も、今は全く違和感がない。

 そうやって、どんどん彼との距離は開いていって、卒業する時には無関係になる。


 その前に、恋人の1人や2人は作りたい。

 出来れば可愛くて尽くしてくれるような、守ってあげたい系女子がいい。


 俺は食器を洗いながら、これから先の人生設計をしていく。



「なーなー、有希」



 庭付きペット付き一軒家まで進んでいたところに、後ろから突然恭弥が話しかけてきた。


「どうした?」


 俺は想像の中の家を消し去って、洗い物を続けながら答える。

 どうせ手伝ってくれるわけじゃないから、全く顔を向けなかった。


「これ、全部食べちゃった」


「ん? ああ、別に大丈夫だよ。でも、よく入ったね」


 鍋も食べ終えたのに、あんなに量があったクッキーまで食べきるなんて。

 胃袋がブラックホールなんじゃないか。

 呆れつつも、感心もしてしまった。


「いや。ほとんど東海林先生に食べられた」


「え? 嘘」


「有希が作ったのは甘さ控えめだから、食べられたんじゃないの?」


 俺が驚いているのはそこじゃない。

 彼が意外に甘党なのは知っていた。

 でもだからといって、俺の作ったお菓子を食べてくれるとは思わなかったのだ。


「変な顔。嬉しいの?」


「そんなんじゃない」


 顔を覗き込んできた恭弥の表情で、俺が説得力のない顔をしているのが分かってしまう。


 本当に何をしたいのだろう。

 ストーカーをしてきたり、野菜を渡してきたり、俺の作ったご飯とお菓子を食べたり、下手をすれば前よりも初めてのことだらけだ。


「愛されているんじゃない?」


「そんなわけないでしょ……だって、向こうから捨ててきたんだから」


 それでも心から喜べないのは、捨てたという事実があるせいで。


 逆に何を考えているのか理解出来ず、罠なんじゃないかと疑ってしまう。


「……水、出しすぎじゃない? ……あれなら、俺から帰ってもらうように言おうか?」


 恭弥がそんなことを言ってくるなんて、俺はどれだけ酷い顔をしているのだろう。


「ううん。俺から話をしようと思う」


 洗い物が終わり、勢いよく出していた水を止めると、後回しにしていた話をする覚悟を決めた。





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