第15話 考えていることが分かりません






 空き巣は警察にドナドナされていった。

 それを見送りながら、俺は全ての処理をしてくれた彼の様子を窺う。


 俺が気づいたことに気づいたはずなのに、弁解も逃亡もしない。

 警察には、俺の様子がおかしかったので尋ねたら、たまたま空き巣が家の鍵を開けようとしていたのを目撃したと説明していた。

 俺は俺で、誰かが来たと思って開けたら、たまたま扉に顔がぶつかってしまったと説明しておいた。


 大体その通りなので、警察も疑うことなく話を聞いたら帰っていった。



 去り行くパトカーを見送り、そして近所の目から隠れるために、俺は彼の腕を掴んで家の中に引き入れた。

 全く身構えていなかったようで、簡単に中に入れることが出来て、拒絶されることも無かった。


「それで、どうしてここに来たの? それと、その野菜。何?」


 警察に説明している間、彼は野菜が入った袋を持ったままだった。

 今までストーカー行為をしていた人が、空き巣の犯人を捕まえて説明している。

 そのシュールな光景に、俺は警察に突き出すべきか少しだけ迷ってしまった。


 もしそれをやったら、警察は捕まえてくれるのか。

 試したいという好奇心はあったけど、証拠もそろっていないし話を聞くのが先だと、あえて黙っていた。



「えっと、それは」


「野菜はありがとうございます。美味しかったですし助かりました。でも、どうしてこんなことしたんですか」


「……俺は」


「俺はこんなことをされる理由がありません。あなたと俺は、ただの担任と生徒じゃないですか。もう止めてください」


 言った。

 言ってやった。


 彼に意見することなんて今まで無かったけど、もう関係の無い人間なのだ。


 まさか俺が強い言葉で拒否するとは想像していなかったのか、彼はショックを受けたような表情で見つめてくる。

 その顔に、罪悪感が湧き出そうになったけど、必死に非道な人間になった。


「もう俺に関わらないでください。俺も、あなたとは関わらないようにするので。その方があなたもいいでしょう。これで話は終わりです。助けてくれて、ありがとうございました。さようなら」


 このまま彼の顔を見ていたら、すがりついてしまいたくなってしまう。

 だから視線をそらして、別れの言葉を告げた。


 後は、このまま彼が帰ってくれれば終わる。

 恭弥か蓮君にでも話をすれば、きっと呆れながらも聞いてくれるだろう。



 彼から突然告げられたせいで中途半端だった別れを、俺が完全なものにするのだ。

 そっと目を閉じて、彼が立ち去る音を待った。



 でも、彼は帰ってはくれなかった。


「……はなせっ!」


 優しく抱きしめられ、俺は反射的に拒否するようにもがいた。

 それでも腕の力は弱まらず、むしろ逆にさらに抱き寄せられてしまう。


「何で! 俺達は別れたんだから! こんなことをするな!」


 こんなことをされたら、まだ愛されているんじゃないかと錯覚しそうになる。

 そんなわけがないのに。

 単純な俺の脳みそは、また彼に対する恋心を覗かせようとしていた。


「ユキ……!」


 どうして、そんなに懇願する声で、付き合っていた頃のように俺を呼ぶのか。

 先に捨てたのは、そちらなのに。

 どうして、俺よりも辛そうなのだ。


「今更何なんだよ! はなせ! はなしてくれ! ……もう俺に構わないでくれ……」


 放してくれないと分かったから、俺は暴れるのを止めて力なくうなだれた。


「……ユキ。話を聞いてくれ。俺は」


「大丈夫か有希? とうとう捕まったって聞いたけど!」



「……恭弥」


 彼が何かを話すのを遮るように、恭弥が勢いよく玄関から入ってきた。

 扉の鍵は閉めていなかったし、いまだに玄関で話していた俺達が悪かったのだ。


「あれ? 修羅場だった? あれなら、俺のことは気にせず続けて」


「……見なかったことにして帰るという選択肢はなかったのか?」


 俺と彼が抱き合っている場面を目撃して、その第一声がこれである。

 何というか、本当にそれでいいのかと逆に尋ねたい。


「まあ、冗談はさておいて。何しているんですか? 東海林先生?」


 そういえば何となく察していそうだったけど、ここまで完全にバレてしまうと、どう取り繕ったらいいか分からなくなる。

 ごまかしなんて効かないだろう。

 でも、さすがに先生の立場が悪くなってしまう。


 捨てられたことに怒りを感じていたけど、それでも破滅してほしいとまで憎んではいない。


「大体のことは分かっているけどね。なあなあ、有希。今日母ちゃんと喧嘩して、昼飯抜きにされたんだよね。ちょうどいいところに白菜があるから、何か作ってよ」


 でも、恭弥に関して心配する必要は無かった。

 いくら察していたとはいえ、普通に受け入れて、そして何事もなかったかのように昼食のリクエストをしてくる。


「あ、えっと。うん。分かった。……先生も食べていきますか?」


「あ、ああ」


「よし、それじゃあ決まったところで、おじゃましまーす」


「……おじゃまします」


「えーっと、どうぞ」


 さすがにそれで毒気を抜かれてしまい、俺も彼も恭弥の勢いにつられるように、顔を見合わせて玄関から家の中へと入った。





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