雪女さんに現代社会で活躍してもらおう

モモん

雪乃編

「私こういう者でございます」


「トコウニ・・・さん?」


「はい、実際はトゥコゥニーですが、中々正確に発音頂けないものですから省略してございます。

私ども異世界コーディネート株式会社は、人材派遣を生業なりわいとしておりまして、お客様のように特殊な能力をお持ちの方に、ご活躍できる世界を提供させていただいております」


「特殊な・・・能力?」


「はい、左様でございます。

お客様、失礼してお雪さまと呼ばせていただきますね。

お雪さまは、この雪と氷に覆われた世界では本当の力を発揮できずにいますよね」


「まあ、雪なんて年中降ってるし、すべてのものが凍っていますから無駄っちゃあ無駄なんですけどね」


「お雪さまは、常温でも生活できますよね」


「まあ、普通の人間と夫婦になったこともありますからね」


「では、局所的に冷たい環境を望んでいる世界や個人オーナーがいたら、存分に力を発揮できますよね。

当然、謝礼もあります」


「ですから、この世界にはそんな事を望む人なんていませんって」


「ええ、この世界では。

ですから、もっと熱い世界へご案内するのが当社の業務になります」


「熱い世界?」


「灼熱の砂漠や熱帯雨林。雪不足のスキー場や冷房の故障したビル。

製氷機が故障して困っているお客様もおられますし、カーリングを楽しみたいのに氷のない地域の子供たち。

お雪さまの活躍できる場所はいくらでも存在します」


「まあ、ビルくらいなら冷やせると思うけど」


「ですよね。

現に今注文いただいているのは、地上52階、地下3階のビルで、期間は一か月。

送風機の前で冷気を作るだけの簡単なお仕事です。

報酬は手取りで20万円」


「暑いところで氷売った方が儲かりそうですけど」


「それって、体力使いますよね。

もちろん、オフの時はご自由ですが・・・

とりあえず、お試しでやってみませんか、ビルの空調」


「ヒマだからいいけど・・・食事とかは摂れるのかしら?トイレは?」


「食事は当社社員がお届けいたしますし、ビルの中にレストランやカフェがあります。

氷を作っておけば、多少持ち場から離れても大丈夫ですよ」




「こちら、設備運転員の中沢さんです。

細かい温度設定などは中沢さんの指示に従ってください。

壊れた冷凍機の修理が完了するまでですから、多少前後するかもしれません」


「はい、了解です」


「それから、私への連絡用に耐冷仕様のスマホをお渡ししておきます。

では、私はこれで失礼いたします」


「じゃあ早速だけど、送風機前で5度にしてくれるかな。

送風機を覆うようにビニールシートを張ったから、その中を5度にしてくれればいい」


「もっと下げられますけど」


「いやあ、一気に下げらんねえからさ、全体に行きわたるまでは5度にしといてよ」


「はーい」


「ところでさ、雪女さんって白装束のイメージだったけど、そんなノースリーブに短パンなんだ」


「ええ、白装束って常温だと汚れやすいんですよ。こっちの楽な恰好の方がすきなんですよね」



時間外はどう過ごそうって思っていたら、7時から23時までの16時間勤務だった。

トコウニさんに労働基準法違反だと文句を言ったのだが、時間外手当つけるからと押し切られてしまった。

3食は会社で負担する約束だけはとりつけたのだが、中沢さんは定時で帰ってしまう。

お風呂にも入れないし、ストレスだけが溜まっていく。


「えっ、お休みもないんですか!」


「申し訳ないね。土日も営業している会社があるから」


再度トコウニさんに文句を言ったが、休日手当つけるからとごまかされてしまう。

そして土曜日を迎えた。


まあ、気楽に過ごせるからいいか。鍋焼きうどん美味しいし。


「すみません。今日、設備運転員さんは?」


「土曜日ですからお休みですよ」


「困ったな・・・、サーバー室のエアコンが故障しちゃって、サーバーが熱を持ってるんです。

32階の温度を少し下げてほしいんですけど」


「ビルの管理会社に連絡してください」


「さっきから電話してるんですけど、出ないんですよ。何とかしてくれませんか」


「私じゃ何もできませんから諦めてくださいよ。

エアコンの会社は?」


「エンジニアが休みなので、週明けでないと対応できないって言われて・・・

サーバーが落ちたりしたら、数億円の損失が出ちゃうんです。

何とかしてくださいよぉ」


「私はここを動けませんし、何もできませんから」


「もう!お前、管理会社の人間だろう。誰かの指示をあおいで対応しろよ!」


「残念でした。私は派遣なので管理会社の指示以外は対応できません」


プルル。男の人は電話に出ると顔を青ざめた。


「サーバーから温度上昇の警告音が出てる。本気でヤバいんだよ。

頼む、何とかしてください」


「しょうがないなぁ。20分くらいなら離れても平気だから、直接行って一時的に冷やしてあげる。

でも、これっきりだからね」


ビニールシート内に氷を用意して32階に出向く。サーバー室は室温40度に上がっていた。

サーバーのカバーを外してもらい、CPUに直接息を吹きかける。

これでCPUは大丈夫だけど、温度センサーがどこか分からない。とりあえず、サーバー内部を5度まで下げる。

次に、5分くらいかけて部屋の温度を同じ温度に下げる。


「これで少しはもつわね。その間に保冷剤を買えるだけ買ってきなさい。

サーバーを濡らさないようにして周りを保冷剤で囲むの。

保冷剤を冷やすのは下でサービスしてあげるし、23時になったらここに来て面倒見てあげるから」


「すみません。ありがとうございます」


担当の人から何度も感謝され、こうして月曜までサーバーを維持することができた。

多少なりともPCに詳しかったことが役に立ったようだ。

32階の社長さんからは、感謝状と金一封。それと不要になった保冷剤をもらった。


送風機前に保冷剤を置くことで、多少自由にできる時間が増えた。



ある日のこと。私は屋上で電子タバコを楽しんでいた。

突然の揺れ・・・地震!

ピシっと鋭い音がして高架水槽の配管に亀裂が走る。

咄嗟に氷結させて亀裂を塞ぐが、それほど長時間はもたない。


「中沢さん、雪乃ですけど、屋上の高架水槽の配管に亀裂が入ってます。

えっ、今の地震で停電・・・、どちらにしても揚水ポンプが止まって断水するんですね。そっちの対応が先・・・、じゃあ、バルブを閉めてすぐに戻ります」


「割れた配管は高架水槽の二次側。高架水槽側のバルブを閉めればこれ以上水は漏れないわね。

じゃあ下へって…、停電じゃあエレベーター使えないのよね。どうする私、考えるのよ!」


・・・


「そうだ、前からやってみたかったあれを試すチャンスじゃない!」


屋上のフェンスを乗り越え、両手を広げて翼をイメージする。

パキパキッと音がして三角翼が完成し、そのまま屋上から飛び出した。ハングライダーである。


ビル風に煽られながらビルの周りを旋回。様子を見ながら降りていくと32階の人たちが気付いて手を振ってくれる。

こういうのって、仲間みたいで嬉しいな。

20階付近で窓の割れているところを発見したので写メに撮っておく。


こうして、無事に一階に降り立った私は設備機械室に駆けていく。


「中沢さん、ビル本体に亀裂などは見られません。20階付近のフロアで南側の窓ガラス破損を確認。一部欠けた形跡がありましたが、保護シールで抑えられ落下した様子はありません」


「おお、雪乃ちゃん助かるぜ。契約外なんだが、悪いけど手をかしてくれないか」


「大丈夫ですよ。非常時には臨機に対応するよう言われてますから」


「非常用発電機にトラブルがあって、自動的に起動しなかったんだ。

今何とか動かしたところ。非常放送が使えるから、トラブルがあったらここに連絡するようアナウンスを頼む。

それと、断水の件も一緒に頼む」


「はい」


非常放送を起動する。こういうのは、いざというときに誰でも操作できるよう、簡単に動かせるようになっている。

手順書にしたがって全館放送をオンにする。


ピンポンパンポン♪

「こちらは設備機械室です。

ただいまの地震で、広範囲の停電が起こっています。

当館では非常用発電機を起動いたしましたが、容量が限られていますので、不要な機器類の電源はお切りください。

それから、水道の配管に異常があり、断水となっております。トイレの使用は可能ですが、場合によっては水をご用意ください。

なお、設備系統のトラブルがありましたら、設備機械室まで連絡いただきますようお願いいたします。繰り返し・・・」


「おいおい、完璧じゃねえか・・・」


「ヒマな時間に、非常時のマニュアルには目を通しておきましたから」


「かぁ、庶務課の奴等に聞かせてやりたいね」


「ありがとうございます。

それから、水道なんですけど、高架水槽の二次側って二系統ありましたよね。

配管の損傷はB系統ですから、フロアのバルブを操作すれば使えるんじゃないでしょうか?」


「ああ、緊急遮断弁が下りているだろうから、復旧してやれば可能だ。

だが、フロアの配管が損傷していたら水浸しになっちまうから、全フロアの水漏れをチェックしてからだな」


「水回りは、全フロア共通ですよね。私なら、水の気配で配管に断裂とかあれば分かりますからやれますよ」


「優先度から考えると、建物継続使用可否の確認、電源の復旧、通信手段の確保、その次が水の確保だな。

建物の亀裂と破損は雪乃ちゃんが確認してくれた。発電機は起動した。災害時優先電話からの発信は確認した。

俺は非常用物品庫の非常食を確認するから、水道を任せてもいいか?」


「もちろんです!」


「ついでにフロアで異常があったら連絡してくれると助かる。だが、エレベーターは止まっているから階段だぞ」


「ゆっくり行きますから大丈夫」


「頼む」



各フロアに声をかけながら階段を上っていく。

本来の仕事である空調系は、送風を最低限だけ生かしてもらって保冷剤をキンキンに冷やしてきた。

フロアの要望があれば室温を下げていく。特にサーバーを持っているフロアではUPSやCVCF等の非常用電源を持っているか確認する。

バッテリーが心許ないところは、ギリギリまで室温を下げてあげる。


「ふう、二時間以上かかっちゃったな」


中沢さんに電話して一次側の緊急遮断弁を開放すると告げる。

停電エリアは半分くらいになっている。信号機の点滅個所やビルの照明を見れば一発で分かる。


これで終わりではない、偶数階フロアのバルブ操作があるから、今度は下りだ。


往復で5時間、一階に着いた時には電力会社の送電も復活しており、一段落だ。

私は本来の執務スペースである送風機の前に寝転がり通常業務に戻った。



翌日からである、すれ違う人たちが挨拶をしてくれるようになった。

今までは、こちらから会釈して返してくれる程度だったのに、おはようと声をかけてくれる。

スイーツとかお菓子を差し入れしてくれたり、食事にさそってくれるようになった。

さすがに、お酒の誘いは断らざるを得ない。



一か月後、空調系統の修理が終わり、お役御免となった私だが・・・ビルを出たところで花束をいただいた。

大勢の人に見送られ去り行く私の顔は、涙でグシャグシャだった。




「雪乃さん、評判いいですよ。

特に、システム系の会社から、常勤の設備運転員として迎えたいって」


「いえ、一か月だから務まったんです。常勤なんて無理ですって」


「それから、極寒の地で撮影した水着の写真集を出さないかって話も来てますけど」


「それ、ニーズあるの?」


「ジャングルの探検隊から、冷房係として同行してほしいって」


「私、虫って苦手なのよね」


「あと、結婚の申し込みやラブレターが多数」


「一度で凝りてます」


「これなんかどうですか、ゲレンデの女帝って異名の歌手から、ステージでの雪降らせ係」


「ちょっと惹かれるけど、出番少ないでしょ・・・」


「軍隊から、雪原歩行訓練の指導員」


「男くさいから嫌。

ともかく、一か月の充電期間をもらいます。

ビルに拘束されてお酒も飲めなかったのよ。

当然の権利!」


「一か月も休んで何するんですか」


「えーっと、飛行訓練!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪女さんに現代社会で活躍してもらおう モモん @momongakorokoro3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ