曖昧星座なあたしの愛舞い話

イカナ

第1話

「あーもー最悪! なんで雨降るのさー!!」


 あたし里見 梨花(さとみ りか)は、最近調子の悪い天気アプリの曇り予報を鵜呑みにしたせいで、学校帰りに大雨に振られて走っている。


「最悪最悪さいあくー! もーこうなったら、絶対別のアプリに切り替えてやるんだから!」


 そう悪態付きつつも屋根のあるバス停まで行く……ものの、残念ながら小さな屋根は既に定員オーバー。入る余地など一切無かった。


(うー……ドコか屋根ある所ー)


 あたしは辺りをキョロキョロ見回して、少し先にある飯屋の軒先を借りる事にした。


 それでホッと一息ついてから手鏡を見ると、目がパンダになっている自分の顔。


(うあー……コレはアレだ。今日のあたしは乙女座だったって事だ)


 苛立ちから、メイク落としのシートで若干乱暴に拭きつつ、あたしは今日のニュース最後の星座占いを思い出す。


 今日の1位は獅子座、最下位は乙女座だった。


 そして8月23日のあたしは、占いの場所によって獅子座だったり乙女座だったりする様な、そんな境界線に居る人間。


 だから殆ど信じていないんだけれど……ついついどちらかが1位に入っていると嬉しくなって、1位のラッキーカラーとかラッキーアイテムとか身につけてしまう。


 だからなのか、獅子座のラッキーカラーも入ったアイテム・赤いヘアピンは意味をなさず、というかちっちゃい時に付けてたヤツだから皆にからかわれるわ、授業で指されて間違えるわ、トイレのドアで小指挟むわ、雨に降られるわ、金欠で買った安物マスカラのせいでパンダになるわと……より犯罪的な気がするアイテムと化してしまっていた。


「そういや思わずメイク落としちゃったけど……バスどうしよ? 誰か知ってる人とか居なけりゃ良いけど……でもまた濡れてパンダになるよりはなー…………あうー………」


 そう悩みながら、憂鬱にバス停を見る。


 そこには学生が多くバスを待っていて、しかも…………


「あ…………小宮(こみや)先輩だ」


 最後尾には、まさかの吹奏楽部部長の小宮先輩。


 ドキンと音を立てる心。


 だけど遠い距離に泣きたくなる。


 それは今だけじゃ無い。花形トランペット担当の小宮先輩と、割と裏方な役割のトロンボーンのあたし。ハキハキと皆を指示する先輩と、よく間違えて輪を乱すあたし。頭が良い先輩と、万年テスト順位の中間を漂ってるあたし。


(……ここ、少し遠くて良かった。こんなスッピン顔見られなくて済むし。だけどバス……どうしよ)


 すぐにバスに乗りたいけれど、そうすると小宮先輩に顔を見られてしまうかも知れない。けれど一緒のバスに乗りたい。少しでも良いから顔が見たい。しかしスッピン。


「はぁー…………」


 今ファンデしても崩れるんだけどなー……と愚痴りつつも、小宮先輩とバスに乗る為に化粧ポーチを探す。


 だから気が付かなかった。


「何探してんだ、サト?」

「へ?」


 目の前に小宮先輩が居た。


「え!? あ、その! あの……」


 あまりにも唐突な状況に言葉が出てこないでいると、笑う先輩。


「なんだなんだ? なんかヤバいモンでも探してんの?」

「ち、違います! 先輩こそ、何でこっち来たんですか?」


(って、違うーっ!! なんであたし喧嘩腰になってんのよ!)


 そう自分の対応に泣きそうになるけれど、先輩はどこ吹く風で答えてくれた。


「ん? だってバス来ないか見てたら、ここでサトがずぶ濡れで立ってたから。だから取り敢えず俺の傘に入っとけば、バスを乗り過ごすとか無くて良いと思ってさ……」


(それってまさか………相合傘ーっ!? マジ? マジなの? てか忘れてた! あたしスッピン!!)


「え……えーっと……その…………」


(どうしよスッピンだよ。こんな幸運な状況なのに。スッピンだよあたしっ!!)


 そう内心狂喜乱舞な悲鳴をあげていると、何を勘違いしたのか、先輩が慌ててフォローしてきた。


「あ! いや、違うから! 別に下心とか無いから安心しろって!」


(そこは下心入れてよーっ!!)


 今の雨以上に心の中で泣くあたしは、だけれどただの後輩枠として先輩の傘に入った。


「ん、じゃあ……行こうか」

「は……はひ」


 先輩が近い。近過ぎる。ヤバい。ドキドキがキドキドで泣きそう。相合傘。けどスッピン。顔上げられない。……てか知り合いとか居ないよね? 噂されたら先輩困るだろうし。下心無いらしいし。……したごころー……


「あれ? サトって、いつもこんなヘアピンしてたっけ?」

「へ?」


 心の中で盛大に泣いてたせいで、つい『何言ってんの?』状態になったけれど、髪にラッキーアイテム付けてたのを思い出して恥ずかしくなった。


「あー……いえコレは、今日、テレビの占いでラッキーアイテムだったからで……普段は付けてません」

「へー」

「すみません。恥ずかしいですよね、こんな幼稚なヘアピン……いくらラッキーアイテムとはいえ付けちゃって……」

「んー……可愛いから良いんじゃね?」


(可愛い!? って違う! 先輩の『可愛い』はヘアピンに対して! 期待するなあたし!)


「あー……ありがとうゴザイマス」


 変にボディブローかまされた辛さで礼が棒読みになってしまったけれど、バス待ちの列に着いて気が付かなかったのか、そのまま会話を続ける小宮先輩。


「ん。……てかさ、サトの星座って何?」

「んーっと……乙女座?」

「なんで疑問系?」

「いえ、あたしって獅子座と乙女座の境界線に誕生日あるんですよ。んで、そうすると物によっては獅子座になったり乙女座になったりしちゃって……だから自分でもよく分からないんです」

「へー……初耳。星座の誕生日の所なんて、全部同じだと思ってた」

「そうですよね。あたしだって、自分がこんな変な場所に誕生日が無ければ知りませんでしたよ」


 思い出しては憎らしくなる、自分の誕生日。


 大体が夏休み最終付近だから、友人達は宿題に追い込まれ、親でさえも『それより宿題は?』的な雰囲気で……だからあまり嬉しくないのだ。


 けれど先輩は能天気に言う。


「でも2つの星座に跨(また)がる女だと思うと、サトってカッケーな」

「跨がるって……別にどっち付かずなだけですよ?」

「どっちでも成れるって意味だろ? 何だっけ? 獅子座と……………乙女座?」

「はい、そうですけど……」

「つまりはサトはメスライオンって事だ!」

「……………」


 たぶん獅子と乙女をくっつけたのだろうけど……意味分からんし寒いっての!


 そう漫才みたいなツッコミしたくなったけど先輩相手に出来る筈もなく、あたしは衝動をグッと堪えた。


 なのに…………


「サト?」


 突然先輩が、あたしの顔を覗き込んできた。


「むきゃあああっ!」


 思わず叫んで先輩の顔を押してしまうあたし。


 そして周囲から受ける、この雨の中で煩ぇんだよ的な冷たい視線。


(ヤバいヤバい恥ず過ぎるっ! これじゃ次のバス乗れないって!)


「いてー……。サト、お前実は結構力あるのな」

「先輩が突然覗き込んでくるからでしょ!」


(って! しまった! また喧嘩腰! 馬鹿馬鹿バカ!)


「えー? だって今日のサト、なんかずっと下向いてて元気なさそうだからさ。……何か悩みとかあったんじゃないかって心配なんだよ」


(心配!? ヤバい。嬉しい。けど……スッピンなんて言える訳がない)


「な、悩みなんて……全然……」

「そうか? でも最近、昼休みも一人で練習してんじゃん」

「知ってたんですかっ!?」


 驚いたあたしは、思わず顔をあげる。


 目が合った。少し驚いた小宮先輩の顔が見えた。


(スッピンーッ!!!)


 マッハで下を向いた。


「え、えっと……それ、もしかして顧問(スミ先生)から聞いたんですか?」


(どうしよう。スッピン見られた。それに昼休みの事まで知られてた! あれほど内緒でってお願いしたのに! 最低スミ先生!)


 内心、泣きと怒りの嵐の私。けれど小宮先輩は「違う」と言ってきた。


「近く通り掛かった時に聞こえただけだよ。ま、スミセンに理由は聞きに行ったけどな! ……って! そっか。そういや内緒だったんだっけ? わりぃ!」


 笑いながら謝る先輩を見て、私は頭の中だけで『デリカシー無し男』と命名する。……いや、こういう人だって知ってたし、だからといって嫌いにはなれないんだけど……。


「でも俺、それ聞いて感動したんだぜ? ウチの部って、割と遊び半分じゃん? 真剣味があんま無いっていうかさ……楽しけりゃ良し、みたいな? だからそこまで真剣に練習する姿勢ってカッケーなって」


 先輩のフォローに、だけどあたしは首を横に振る。


「全然格好良く無いですよ。だって皆、全然音間違えないし……」

「でも強弱とかは適当。ハーモニーがハーモニーになってない。でもその中で、サトは音の意味とかすっげー考えて出してる感じ。だから尊敬する」

「いやいやいやいや、そんな……」

「でも緊張するとスベる癖も直そうな!」

「……………………はい」


 もう駄目。小躍りしたり泣き叫んだり黄色い声あげたり地団駄踏んだりしたせいで、あたしの心は瀕死状態。


 今日はやはり乙女座だったんだろう。


 そう心の中で荒波に向かって叫んでいると、バスが来た。けれどバスに乗る気になれないあたし。一本遅らせる適当な理由を考え始める。そんな時……


「あ、それでさ……」


 小宮先輩が、動き出した列に倣って、歩きながら言った。


「もし良ければ、俺も昼休みの練習に参加させてくんね?」

「はへ?」

「いやだからさ、俺も自己陶酔的な吹き方してるってスミセンから言われてたし、練習したいなって。駄目か?」


 意味が分からなかった。いや言葉の意味は分かる。意味は分かるんだけど理解出来無いっていうか、疲れ過ぎてて空耳に聞こえるっていうか…………


「……ト! サト! そこで止まるな!」

「……へ?」


 意識を現実に戻されたあたしが振り返ると、バス待ちする人の『早く乗れよ馬鹿野郎』という冷たい視線。


 慌てて乗るあたし。当然先輩も乗るし、後の人も乗る。


 混雑してるバスの中、さらに近くなる小宮先輩。


 無情なバスの扉が閉まる。


(むきゃああああっ!!)

 

 内心悲鳴をあげるあたしと小宮先輩を乗せて、バスは静かに走り出す。


「で……良いのか?」


 少しだけざわついた車内で、先輩が小さく聞いてくる。


 だから私は、あたしは必死で小さく答えた。


「よ…………宜しくお願いします」

「おう、宜しく」


 今日は獅子座が1位で乙女座が最下位の、訳の分からない日。ラッキーアイテムだって効果あったのか分からない。


 けれど覚悟を決めた。


 だって小宮先輩曰く『メスライオン』だから。


 だから乙女な肉食獣を、あたしは目指してみようと思う。……前途多難だけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

曖昧星座なあたしの愛舞い話 イカナ @ikana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る