第三話 彼らへの小さな救い

 このシミュレーションはやけに危険な造りをしていた。


 衝撃は安全性が考えられておらず、火花が散ることさえあった。


 モニターに映る映像はリアリティがあり、正体もよくわからない敵が、より怖く見えていた。


 



「……あれ?」


 シュウは目をゆっくりと開けた。


 来るはずの振動も衝撃はなく、目の前の敵がとどめをさすこともなかった。


 敵は寄りかかるように、その場で拳を握ったまま止まっていた。



「止まって……シールドで殴って!」


「わ、わかった」


 考えるより反射的にメイの声に従い、レバーを突き出す。機体の左腕にあるシールドで、敵の右わき腹へ何度か殴りつけた。


「動くわ! 注意して!」


 敵が体勢を崩すのと、再び双眸を向けてくるのは同時だった。


「顔を殴ったらシールドで押さえつけて!」


 シュウは言われるがままに左腕を振るわせた。シールドを鈍器のように持って敵機の顔をぶつけ、怯んだ隙にシールドを構える。


「今よ!」


 ブーストの限り勢いをつけ、岩へと叩きつけた。シールド越しに爆発が聞こえ、振動が確かな手応えになった。


「これから、どうするの!?」


「とにかくそのまま! もうすぐだから!」


 それでもなお、敵全身から火を噴きながらも押し返さんと抵抗し始めた。



「お願い、おねがい、おねがい……!」


 押さえつけながらシュウは祈った。


 ほんの数十秒が長く感じた。





 荒野の中、シミュレーションが終わろうとしていた。


「勝ったんだよね……」


「ええ、シュウの勝ちよ」


 空腹を心配しなくてもいい、初めての勝利。


「なのにどうして、嬉しくないんだろう」


 だというのに、もう残骸となって足下に転がっている敵機が、あの迫ってきた敵の姿が脳裏にこべりついていた。



 シュウは自分の胸に手を当て、どうして目の前の敵が必死だったのか考えないようにした。


 答えを知るよりもまず、シュウは自分の心臓の音を聞いていたかった。




◇◇◇◇◇◇




「ただいま……あれ」


 シュウがシミュレーションから帰ってくると、机に体を預けてメイが眠っていた。どうやら緊張が解け、疲れて眠ってしまったらしい。


「風邪引くよ、メイ」


 シュウは部屋にある薄い毛布をかけた。



 シャワーに入って着替えたシュウは、なんとなく机の上を見た。


 机の上にはパソコンと流動食。そして先の戦闘で中破したプラモデルが置かれていた。プラモデルは頭部と胴体はひび割れ、灰色の表面は傷だらけになっていた。


 初めて勝ったが、プラモデルは次の戦闘に出せるような状態ではなかった。


「直せないね、もう」


 直す方法も素材も、シュウは知らなかった。




 数分後、白い箱に詰められた支給品が届けられた。


 開けると中には、食料や衣服などの消耗品が入っていた。


「ご飯だ!」


 生まれて初めて固形の食糧を見て、シュウは感動を覚えていた。


「メイが起きたら、一緒に食べよう! ……早く、目覚めないかな」


 どうやってこの部屋に支給がくるのかは知らないが、空腹の前には些細なことだった。



 メイが起きるまでのあいだ、シュウは他の支給品を見ていた。


「これって……あ、プラモデル」


 破損したプラモデルに代わる、新しいプラモデルの入った箱だった。

 

 プラモデルの支給は勝敗関係なく続けられていた。『勝ちたければ次の戦闘までに作り上げるように』と、冷たい文字で書かれた指令書とともに。


「……ここの外に、誰かがいるんだよね」


 シュウは部屋を見渡した。命令はいつも紙かメールで、メイ以外の人間を見たことは無いが、メイもそうなのか知らなかった。


 いつか、二人で外へ出る事はあるのか、そして自分の記憶は戻るのか。


「気にしても仕方ない、かな」


 そう考えて、首を振る。今は気にする時ではないと思うことにした。


「早く作らないと、戦闘に間に合わないかもしれないよね」


 メイを起こさないように部屋の明かりを落とし、シュウは椅子に座って自分の机の上の電気スタンドを点けた。


「さあ、作ろう」


 小物入れから工具を片手に、送られてきた箱を開けた。腹は減っていたが、メイと食べることを考えれば苦でもなかった。





「うわあぁぁぁぁ!」


 シュウは悲鳴を上げた。


 ひっくり返って椅子から落ち、背中を床へ打ちつけた。




「え……なに」


 突然聞こえた悲鳴にメイは目が覚めた。


「あ、おかえり、シュウ……」


「おいおいそんなに驚くな……いや、驚くか」


 そして知らない知らない声が聞こえた。


「!?」


 寝ぼけていたメイの頭が一気に冴えた。



「ちょっと誰かいるの!?」


 シュウは声を出すこともできず、机の上を指差した。



 

「すまん。もうちょっと猶予があればよかったんだが、まさか腰まで抜かすなんて思わなかった。大丈夫か?」


 メイは立ち上がり薄暗い部屋を見渡したが、声の主は見つからなかった。




「シュウと……もう一人いたか。お前はこんなに驚くなよ?」


 この半分笑いを含んだ若い男の声の主は、シュウのいた机の上から聞こえていた。


「ここだ、ここ」


 メイが部屋の電気を点け、声のする方へ目を向けた。


「よ、初めましてだな」


 それは机の上で手を振っていた。


 ロボットの骨のような見た目をした、高さ15センチの黒いプラモデルが、机の上に立っていた。



「俺の名前はボーン。お前たちを助けにきたプラモデルだ」


 青いバイザー状のセンサーをメイへ向け、自分の意思でそこに立っていた。

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