第十章 「インフルエンス」

 投げ槍とナイフがぶつかり合う甲高い音。互いの武具が擦れ、軋む。つばぜり合い。

 リンはルナをにらみつけた。ルナが口角を上げて薄笑いを浮かべる。

 自分のすべてを馬鹿にされたようで許せなかった。槍に渾身の力を込める。

 ルナが器用にナイフをあやつる。力のベクトルをずらされた。

 前に倒れないように、ぐっと足を踏ん張って耐える。

 地面からの反動を利用して、槍を後方に引き、からだをひねる。

 両手の投げ槍による連続突き。

 ルナは、そのすべてをナイフで受け止める。激しく閃く火花。

 トライアングルのような澄んだ高い音が小刻みに響く。

 すべてをさばききったルナ。ふっと息を吐き、ナイフで、突く。斬る。払う。

 風を切って迫るナイフ。投げ槍で受け止める。

 見た目と違う重い攻撃。リンは、歯を食いしばって攻撃に耐える。ナイフを押し返した!

 もう一度投げ槍を後方に引く。橙色の光を帯びる投げ槍。

 ルナも、ナイフを後方に引く。灰色の光を帯びるナイフ。

 再び激突! 二つのアドミレーションがはげしくぶつかり合う。

 リンが、そしてルナも相手の力で弾き飛ばされ、地面に倒れる。

 仕切り直し。立ち上がろうとした。そのとき、ルナは一瞬早く体勢を整えていた。

 追い打ちをかけられないように、ルナに向かって投げ槍を突き出す。

 さらに、三本目の投げ槍を宙に生成し、射出!

 突然現れた槍を、ルナは落ち着いてはじく。その間に、リンは立ち上がる。

 しかし、体勢が乱れた。ルナの嘲笑めいた表情。くやしさをかみ砕いて、衝撃に備える。

 振り下ろされるルナの右手のナイフ。からだのひねりが加った、灰色に輝く渾身の斬撃!

 槍を交差させて防御。勢いを受け止めきれない。両腕をはじかれる。

 ルナが左手のナイフを突き入れる!

(避けきれない!)

 リンは、後ろに倒れながら、ドライブを発動。

 ステップを踏むと、両脚に、火の粉のようなアドミレーションの粒子が集束。

 右足で思い切り地面を蹴った。爆発的な力を後ろ向きのベクトルに変えて、緊急離脱。

 バランスを必死に保ちながら、バック走。

 五メートルほど離れたところでコンクエストスキルを解除した。

 派手な音を立てながら、グリーブで地面を削る。土ぼこりが舞い上がる。

 ルナが、リンを追ってきた。

 それを見たリン。右手の槍を投擲する。橙色の軌跡が真っ直ぐ描かれる。

 ルナは造作もなく、ナイフではじく。両手ともに逆手に持ち替え、リンの目前に迫った。

 接近戦を嫌って、ルナの側面へ回り込み、左手の槍を放つ。

 ルナは、逆手に持った右のナイフを斬り上げて、槍をはじく。

 さらに、その体勢からそのまま突き下ろしてきた。

 予測できない動きに焦るリン。バックステップ。ナイフの突きをかろうじてかわす。

 しかし、ルナの攻撃は途切れない。右足を軸にして、左半身ごと回転。

 左手のナイフが安全だと思った間合いを飛び越えてきた!

 再びステップ。ドライブ発動。左方向へ高速移動。ルナのナイフを置き去りにした。

 すぐさま解除。勢いを殺すため、ざりざりざりっと地面を使って減速する。

 安心したのも束の間、ふっと後ろに気配を感じた。

 振り向くと、すぐそばにルナが! 驚きとともに、投げ槍を生成。両手。

 残っていた前進の勢いを利用して足を踏み出す。

 ルナが走りながら、ナイフで攻撃する。突き、払い、そして、斬る。

 リンも並走を続け、投げ槍で応戦する。斬り、払い、そして、突く。

 衝突! 二度目のつばぜり合い。互いの視線も交差する。

「お前のスキル。使えないね。短距離移動に全っ然向いてないよ」

「うるさい」

「あははっ! 焦ってる! 表情、余裕ないよ! やっぱり、アタシの方が強いのね。そんなことでキャメロットになれるの? なったところで足手まといだよ!」

「うるさい!」

 宙に投げ槍一本を生成し、射出する。ルナが飛びのく。つばぜり合いから離脱。

 ドライブ発動。ルナから距離を取る。

 姿勢を低くして、スライディングする体勢。からだをひねって、槍を地面に突き刺す。

 足と槍でブレーキかける。その姿勢のまま、前を向く。。

 新たに投げ槍三本を生成。ルナを狙い、同時に放つ!

 ルナが、タクティカルベルトに左手のナイフを納める。空いた左手を前に突き出した。

 左手のアドミレーションが次第に光を失い、灰色の膜に変わる。その膜がどんどん厚くなり、あっという間に、ルナの手の三倍以上、大きく膨らんだ。

 それは、灰色のゲル状の物体だった。表面を波打たせながら、膨張と収縮を繰り返している。

 まるで生きているイドラを手にまとわせているようだった。

 ルナが手を開くと、その物体が、左手のかたちにぶわぁっ、と広がる。

 橙色の光の尾を引く、三本の投げ槍が、灰色の物体に絡めとられた。

 ルナが左手をにぎると、橙色の槍がくすんで、灰色になり、溶けるように消えてしまった。

 次の瞬間、ルナのアドミレーションの光が強くなる。ルナがこちらを見て、にやりと笑った。

「ごちそうさま」

「……何をしたの」

「お前の投げ槍を、自分のアドミレーションに変えた。変えたあとは、溶かして吸収。おかげで、消費したアドミレーションを回復できたよ」

「それが、ルナのコンクエストスキル……」

「そう、名前は『インフルエンス』。相手のアドミレーションを、自分のものに変えるスキルよ。

 触れた部分から相手のアドミレーションを浸食し、灰色のアドミレーションに変えていくの。アタシの意志とは無関係に広がるから、注意した方がいいよ。

 ふふっ、リンのスキルよりも応用がきいて、優秀でしょ?」

 リンはくやしさを覚え、むきになる。一度に五本の投げ槍を生成。投擲。すべて別の軌道。

 ルナに向かって殺到する投げ槍。ルナが果敢にも前へ詰めてきた。

 最初の二本。後ろにそれる。次の一本。右手のナイフではじく。最後の二本。インフルエンスで吸収。そのままルナが向かってきた。

 あのスキルには近づけない。それなら、とドライブを発動。

 実技審査と同じ。ルナから一定距離をたもって走る。

 周囲を走りながら、ルナに自由な行動をさせないように、投げ槍を放ち、けん制する。すべての槍はインフルエンスで吸収されたが、ルナが中央でくぎ付けになる。

 今! リンの方向転換。横滑りしながら制動。右足で地面をしっかり踏みしめる。

 ルナを正面に据える。ドライブ発動!

 遠距離攻撃では、埒が明かない。ならば、接触を最小限にしたヒット&アウェイだ。

 ルナの右手側を駆け抜ける。すれ違いざまに槍を払う。

 ルナが右手のナイフで応じた。

 激突! 雷が落ちたような閃光と轟音。

 リンの勢いが勝った。ルナがはじかれて体勢を崩す。

 姿勢を低くしてスライディング。左手の槍を地面に突き刺した。

 直進のベクトルを、投げ槍を中心にした円運動に変え、方向転換。

 もう一度ルナが正面に。ルナは体勢を崩したままだ。

 ドライブ発動。再び突撃。ナイフを構えて防御するルナ。それを押し切って、弾き飛ばした。

 手応えあり。投げ槍二本を突き刺して止まる。

 ルナの状態を確認した。まだ倒れたままだった。ようやくひと息つける。

 四肢の筋肉が悲鳴を上げていた。立っているだけ、動かすだけで、痛みとだるさを覚える。

 聖杯を確認した。アドミレーション総量が半分になっていた。

 そのとき、ぞわぞわと虫が這うような小さな不快感を覚えた。脇腹だった。

 確認すると、輝化防具が灰色に変化している。

「早く対処したら? すべてのアドミレーションがアタシのものになっちゃうよ?」

 いつの間にかルナが立ち上がっていた。痛みをこらえるように顔を歪ませながら、右腕をさすって、ぐるりと回す。

 ルナの灰色が、生き物のように、橙色のアドミレーションを蝕んでいく。

 しかし、何とかなると確信していた。

 深呼吸。そこにある灰色を「小さく丸めて、からだから離す」ことを思い浮かべる。

 すると、インフルエンスで蝕まれた部分がリンから分離した。それを槍のかたちにして、排出する。それは、ルナに向かって飛んでいった。

「器用なことを……ますます気に食わない!」

 ルナが、リンに突撃する。両手のナイフにはインフルエンスの刃ができあがっていた。

 リンが排出したインフルエンスの投げ槍をナイフで受け止める。

 吸収されて、混ぜ合わさり、インフルエンスの刃が大きくなった。

 ルナは、勢いを落とさず突進。ナイフを振り上げる。

 リンは、両手の槍を交差させ、防御体勢。

 ナイフとは思えない、重く鋭い斬撃。勢いを殺しきれず、弾き飛ばされた。

 砂利まじりの地面にたたきつけられる。からだの芯に響くような痛み。

 ルナの追撃が来る。うめきを噛み殺して立ち上がる。

 今受けた斬撃の軌跡に沿って、槍と両手、胸当と腰当が灰色に変色している。

 再びアドミレーションを操作して、インフルエンスを切り離す。

 離れた瞬間の脱力感にめまいがした。分離したかたまりは、同じように灰色の投げ槍となって、ルナの方に飛んでいく。

 ルナがナイフをベルトに納め、インフルエンスをまとった左手で槍をつかみ、吸収した。

「もう、終わり? ほら、早くアタシを排除しないとキャメロットになれないよ?」

「くっ、うう……」

 リンは立っていられず、その場にくずれ落ちた。

「あっはははっ! 本当に、もう終わりなんだ!」

(こんなスキルがあるなんて……)

 リンの自信が少しずつなくなっていく。

 ルナのスキルは、他人を貶めて、自分を高める。現実を見誤る危険な力だ。

「どうしたのよ? 黙っちゃって。話せないくらい、疲れた?」ルナが狂暴な笑顔でリンを見据える。「じゃあ、もう終わりにしよっか?」

 ルナがナイフを抜いた。両手ともに、順手で持つ、左手のナイフの腹を上にしてかざした。左腕にまとったインフルエンスが、まんべんなくいきわたる。

 そこに、右手のナイフを振り下ろした。びしっ、とガラスにひびが入るような鈍い音を立てて、ナイフの刃が割れる。小さな破片となった刃が、インフルエンスに包み込まれる。

 ルナが手元に残ったナイフの柄を振り下ろすと、インフルエンスをまとったナイフの破片が宙を泳ぎはじめた。ルナの周りを漂いながら、一つひとつがナイフのかたちとなる。一、二、三、……合計十六本。怪しく光りながら、魚の群れのように宙を泳ぎ回っている。

 ルナが左手を振り上げる。十六本のナイフがその動きに追従し、彼女の頭上で渦を巻きながら待機していた。

「これが、アタシの必殺技〈アンコールバースト〉。『インフルエンス・ストーム』」

 彼女は左手をリンに向かって振り下ろした! インフルエンスのナイフ十六本が、身をくねらせて一斉に飛びかかってきた。

(このままじゃ……負けてしまう!)

 リンはひどい脱力感に抗って立ち上がった。

 投げ槍を一本、右手に持つ。ナイフの群れを目の前に引き付け、ドライブを発動。

 後ろに向かって、弧を描くように走る。ナイフも弧を描き、リンの動きに追随する。

 ドライブ解除。スライディング。舞い上がる土ぼこり。十六本のナイフがすぐ後ろに。

 右手の槍を地面に突き刺す。急制動。方向転換。目まぐるしく揺れる光景。

 手を離す。慣性を利用して立ち上がった。

 ルナを正面に据えて、再びドライブ発動!

 残した投げ槍を操作。地面から引き抜き、その場でプロペラのように回転させる。

 ナイフの群れは、リンの急な動きに追従できていない。地面にぶつかったり、回転する槍に衝突したり、明後日の方向に飛んでいったりした。

 その間に、リンはルナの目前まで迫る。

 投げ槍四本を生成。右腕に集め、こぶしをにぎる。

 四本の投げ槍が、穂先をそろえて開いた。四角すいのかたち。

 右手を前に突き出し、自らを槍に変え、ドライブのトップスピードで突撃する!

 迎え撃つルナ。左手にインフルエンスを生成。リンが持つ四角すいと同じ大きさの球。

 それがゴムのように引き締まった質感に変性する。

「これでもくらえっ!」

 リンの右腕の槍が、ルナの球と、衝突した!

「うああぁっ!」

 ドライブの勢いを一点に集中して、突き進む!

 反発する力。インフルエンスの球を突き破れない。さらなる加速。右腕をさらに押し込んだ。

 次の瞬間。四角すいが一気にインフルエンスに侵された。灰色に変色。ゴム球に吸収される。

 一方、ゴム球にはひびが入った。亀裂は次第に広がり、破裂した。

「もう一回!」

 リンは槍を一本、再生成する。左手で持ち、衝突の勢いのまま、ルナに突き入れる!

 しかし、ルナは冷静に反応した。突きを右手のナイフで受け止め、はじく。

 ここで、リンは力尽きた。

 無防備なまま、ルナのからだに飛び込んでいく。

 最後の攻撃をしのぎ切られたくやしさと、まだあきらめていない気持ちを抱えたまま、

 どんっと、抱きとめられた。

 彼女の右手が背中に回る。ルナがささやいた。

「アタシの勝ち、ね」

 急に痛み出す腹部。お腹の前にルナの左手。握られているのは、彼女のナイフ。

 ナイフの刃が突き刺さっていた。

 ルナがリンを突き飛ばす。よろめいて、膝をつくと、お腹の深い傷から、インフルエンスが急速に広がる。全身が灰色に染まりはじめた。

 もうろうとする意識の中、リンは最後の力を振り絞った。

 痛みと苦しさでうめきながら、全身を覆う灰色を排出する。聖杯に蓄えられたアドミレーションが、ゼロとなった。

 目の前に、排出した灰色のアドミレーションのかたまりが浮かぶ。それを忌々しく思いながら、あおむけに倒れた。

 ルナがリンを見下ろす。得意げな表情だった。

「ざーんねん。アタシの方が強くて、正しかったということね」

 リンは、ルナを見上げてにらむ。からだは動かない。言葉を話す気力もない。しかし、「必ずあなたを排除する」と目で伝え続けた。

 ルナが舌打ちする。不機嫌な表情で、リンをにらみ返す。

「お前の人生をここで終わらせてやるよ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る