第23話 帰ってこなくてもいい、なんて言わないよ絶対①

 住吉大社の一番奥の建物内に子供が倒れているのを見つけた老宮司は心臓が止まるかと思った。


 恐る恐る近寄ってみると、彼らはすやすやと心地よさげに寝ている。

 奥の建物は住吉大社で最も格式の高い場所である。頑丈な南京錠がかかっており、がらんどうの空間に人が残っていたら閉めると際気が付くはずだ。


「あ、ありえへん…」


 すぐに若い禰宜ねぎを呼び、ぐっすり眠るふたりを医務室に運ばせた。老宮司は彼らをベッドに寝かせ、そばでじっと見た。


「不思議や…神さんの使いやろか?それか物の怪…」


 彼はふと上からの視線を感じて天井を見た。誰もいない。

 この大社では不思議なことがよく起こる。お供えのお神酒やお菓子などがなくなったり、日によって狛犬の表情が微妙に変わっているなど小さなことが。


「気のせい、やろな…」



 宮司が感じた通り、向こうの世界から医務室で寝るタカシたちを異世界の住人が見ていた。


 狛犬3兄弟だ。またの名を底筒男命そこつつのおのみこと中筒男命なかつつのおのみこと表筒男命うわつつのおのみことの住吉三神という。


 ちなみにタカシがおばさん呼ばわりしたごつい美女は息長足姫命おきながたらしひめのみこと、もとい神功皇后じんぐうこうごうであった。


「なかなか骨のある兄弟だねい、驚いたねい」

「そうだねい、さすが玄理くろまろの子孫だねい」

「そうだぬ」

「しかし息長足姫命おきながたらしひめのみことをおばさん呼ばわりとは参ったねい、笑ったねい」

「でもおばさん、ユンジュンがいねくなって泣いてる」

「神龍と大陸にいったのかねい?」

「そうだぬ」

「仕方ねいね、ワイらが慰めてやろうねい」


 3兄弟は、失意の中でお供えの酒やがばがば飲み散らかす息長足姫命おきながたらしひめのみことのそばで「気落ちするねい」「そうだぬ」と慰めた。しかし、彼女は眼を釣り上げて怒鳴りつけた。


「うっさいわっ!おまえら狛犬などに慰めて欲しゅうないじゃり!!わらわは美男がいいのじゃり…うううっ、ユンジュン…」

「仕方ないねい、おばさんが条件を出して負けたねい…」

「仕方ないねい、心意気が違うねい」

「仕方ないぬ」


「うっさい!おまえらはちゃんと神社の守るじゃり!!そして、いい男をとっ捕まえてさっさとわらわの前に連れてくるのじゃり…うううっ、ユンジュン…」


「あーあ、泣いちゃったねい」

「ぺろぺろ」

「ぺろ」

 

 狛犬三兄弟が息長足姫命おきながたらしひめのみことの頬や手、足を舐めると彼女は一瞬嬉しそうにデレたが、すぐに戻った。


「くっさいわい!いい男を連れてくるまでわらわは部屋から一歩も出ぬじゃり!あと老宮司の秘蔵の酒をここに全部持ってくるじゃりっ!」と怒鳴り散らした。


 息長足姫命おきながたらしひめのみことがずんずんと元気に自分の社に帰って行くのを狛犬3兄弟、もとい住吉三神は何千年もしてきたようにニヤニヤしながら見守るのだった。




 医務室で目が覚めた二人は、宮司に謝りすぐに両親に電話をかけた。

 なんで奥の本宮にいたのか聞かれたが、「わからないんです」とだけ首をかしげて子供っぽく答えると、老宮司は却って安心してそうかそうか、と言った。どんな答えが返ってきてもどうせ不思議なのだ、まだわからないと言われた方がすっきりする。

 すぐさま車で迎えに来た両親にこっぴどく叱られてから、もう一度人間界の住吉大社を家族で参拝した。祀られている神様や由緒を読んでいると、あの美女と狛犬の正体がわかってしまった二人は目を見合わせた。


「ボク、おばさんって何度も言っちゃった」「ヤバいな、オレら祟られるかも。おばさんは新羅・百済・高麗まで自ら戦争しに行ったって書いてあるし、かなりしつこそうだし」


 意地悪で美男が好きな息長足姫命おきながたらしひめのみことがユンジュンを返してくれるか心配になってきた。

 というか、ユンジュンがあきらかにだとわかってしまった今、彼が自分たちの元に帰って来ない可能性もある。あっちの方が仲間もいてユンジュンも楽しいだろう。そもそも生まれ故郷で子孫を見つけて帰って来ないかもしれないのだ。


 もちろん二人の願い事は『ユンジュンが帰ってきますように』だった。あまりに熱心にお願いごとをする息子たちを見た両親は、目を見合わせて笑った。

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