#21 ヒナの賭け

「ねえ、お兄様。私はお兄様のことが大好きなので、お兄様のことはなんでも知っています」


 光流は唐突に、俺にそう語りかけてきた。

 話してる間にも、彼女はピストル型コントローラーを操作し、ラビット・バレットの放つ光線がプロミネンス・ドラコを撃ち抜いていく。


「でも、悲しいことにお兄様は私に興味が無いんですね。たまごやきの絵が私の絵だと気づいてくれなかったですし。私の魔法人形マドールの腕も甘く見ていた」


 目元にハンカチを当てて泣き真似をしてる彼女に俺は言葉を返す。


「確かに最近はお前達に構ってやれなかったな。それについては謝るよ」


 だけど、だからといって俺が光流のことを何も理解していないわけではない。


「俺はお前について一つだけ知ってることがある。お前は賢い子だ」


 それを聞くと彼女は泣き真似をやめて不思議そうな顔を見せた。

 実は俺の中には一つの仮説がある。

 それが正しいかどうか、この会話の中で確証を得たい。


「さっきお前がガンショット・コントローラーの説明をしてくれた時、違和感があったんだ。

 知ってるか? 勝負の最中に自分の手の内を明かす人間には二つのタイプがある」

「二つ、ですか?」


 小首を傾げる光流に、俺は人差し指を一本立てて説明する。


「一つ目、手の内を晒しても負けるわけがないと思ってる自信家タイプ」


 琥珀であればそういうこともあるだろう。

 しかし光流の場合、これには当てはまらない。

 俺は中指も立て、ピースを作る。


「そして二つ目、ペラペラと自分の手の内を喋ってるように見えて、その中に嘘を混ぜてるタイプ。巧妙に自分の弱点を隠しているタイプだ」


 そう言い切ると同時にラビット・バレットの銃口から光が放たれ、プロミネンス・ドラコの右腕を貫いた。


右腕ライトパーツ破壊ですよ」


 嬉々として彼女はそう言い放つ。

 今ので十五発目、か。

 プロミネンス・ドラコの右腕は黒く変色し、力なく垂れ下がる。

 これで右腕特性ライトスキル火炎球ファイアボールはもう使えない。


「さて、次はどのパーツを狙いましょうか? 頭ですかね?」

「プロミネンス・ドラコの脚部特性レッグスキル炎の柱ファイアポールにより、頭部ヘッドパーツへのダメージは他のパーツが受ける」


 おや、とおどけながら光流は言葉を返す。


「そう言えばそんな効果でしたね。では足を狙いましょう」

「なぜ最初から脚部レッグパーツを狙わなかった?」


 俺がそう問うと、光流の笑顔が固まる。

 確かにプロミネンス・ドラコのメイン攻撃手段となる右腕が破壊されたのはこちらにとっても痛手だ。

 だがプロミネンス・ドラコを倒すなら、脚部を破壊し炎の柱ファイアポールを無力化した後で頭部を攻撃するのが最短の筈だ。

 そして早めに俺を片付けて琥珀の援護に向かえばいい。


 光流は天罰の光パニッシュ・レーザーを五秒間隔で撃ち続け、プロミネンス・ドラコの動きを永遠に封じると言った。

 しかし俺の仮説が正しければ、それはハッタリだ。

 こちらの動きを永遠に止めることはできないとわかっていたからこそ、脚部・頭部の連続破壊よりも、攻撃手段である右腕の破壊を優先したのだろう。

 光流は相変わらず惚けた様子で言葉を紡ぐ。


「私が嘘をついてると仰るんですか? 心外ですね、お兄様。天罰の光パニッシュ・レーザー特性スキル説明は本当のことしか言ってませんよ」


 確かにマドール達の特性スキルはステータス表示で確認できる。だからそこで嘘を吐いてもすぐにバレるだけだろう。

 光流が嘘を言ってるのはそっちではなく。


「コントローラーだよ。お前の使うガンショット・コントローラー。

 そもそも連射コントローラーっていうのは本来指定したボタンを高速連打するためのものだ。五秒間隔でボタンを押すなんて、そんな連射コントローラーがあるのか疑問だった」

「実際にあるから私がこうして使ってるのでしょう?」


 手に持ったコントローラーを示しながら彼女はそう言う。

 そんな光流に俺は核心に迫る言葉を突きつけた。


「世の中は広いからな、探せばそんなコントローラーもあるかもしれない。けどお前が使ってるそれは違うだろ」


 その時の光流の僅かな表情の変化は、きっと俺にしかわからなかっただろう。


「お前のガンショット・コントローラーは連射コンじゃない。マクロコンだな」


 そう言いきった瞬間、光流の顔に貼りついた笑みが凍りついた。

 マクロコントローラーとは、人間のコマンド操作を記憶し、ボタン一つでそれを再現できる機能を持つコントローラーだ。

 例えば必殺コマンドなどを記憶させれば、マクロボタンを押すだけで複雑なコマンド入力を再現できるだろう。

 さらにマクロコンが記憶できるのはボタンを押す順番だけではない。

 一つ目のボタン操作から二つ目のボタン操作まで何秒開いたか、その間隔も記憶できるのだ。

 恐らく光流は天罰の光パニッシュ・レーザーの発射ボタンを五秒間隔で押し続ける動作をマクロコンに記憶させたのだ。

 勿論正確なタイミングでボタンを押し続けるのは簡単ではない。

 ストップウォッチを片手にタイミングを計りながら、失敗したらやり直すという行為を何度も繰り返し、今のマクロを完成させたのだろう。


「それが何か?」


 冷たい笑みを貼りつけたまま、光流はガンショット・コントローラーをプロミネンス・ドラコに向ける。

 彼女の操作に呼応し、ラビット・バレットが光線銃を放ち、炎の竜の足を撃ち抜いた。

 これで、十六発目!

 プロミネンス・ドラコは再び停止フェイリア状態となり、操作を受けつけなくなる。


「連射コンとかマクロコンとか、細かい違いは気にしてませんでした。どちらにせよお兄様は永遠に天罰の光パニッシュ・レーザーを受けて動けないのですから、関係無いですよね?」

「いいや、永遠には続かない。お前もわかってる筈だ。マクロコントローラーが記憶できるコマンドの数は有限だということを」


 そして俺の知識の中で最も多くのコマンドを記憶できるマクロコンは十六コマンドだ。

 さっき光流が撃ったのは、プロミネンス・ドラコが動きを止めてから十六発目。

 もうマクロは終了している。

 もう一度同じマクロを実行するとしても、一回目と二回目のマクロの間の五秒間はタイミングをとれない。


「今のでマクロは終わった筈だ。もう一度、五秒後に天罰の光パニッシュ・レーザーを撃ちたくても、もう機械には頼れない。

 次の一撃はお前自身の腕でタイミングを計らないといけない!」


 光流の口元が悔しげに歪む。

 図星を突かれた時はポーカーフェイスを維持できなくなる。そういうところは昔から変わってないな。

 俺は彼女に挑発の言葉をぶつける。


「さあ、当ててみろよ。次の一発を、今度はお前自身の力で」

「お兄様」


 彼女は引き攣った笑みで俺を見返してきた。


「その挑戦、受けて立ちます!」


 言葉と共にガンショット・コントローラーを赤竜に向け、引き金を引く。

 同時にラビット・バレットの右手に持った銃口が黄金の輝きを吐き出した。

 そしてそれは地面に倒れるプロミネンス・ドラコに一直線に迫ってくる。

 俺はそこでコントローラーを操作した。

 動け、早く動いてくれ。早く五秒経て!

 しかし炎の竜は動かない。

 そこに黄金の光線が迫ってくる。

 まさか!

 ニイッ、と光流は口の端を吊り上げた。


「私の勝ちです」

「ああ、流石だな。たまごやき」


 次の瞬間、黄金の光が弾ける!

 そしてそれは炎の壁に阻まれ、周囲へと四散していった。


左腕特性レフトスキル火炎壁ファイアウォール


 燃え盛る炎の壁を盾にして、赤い鱗の竜は立ち上がる。

 あとゼロコンマ一秒早かったら負けていた。

 本当に恐ろしい奴だよ、お前は。

 だがこれで、ようやく動けるようになった。


「防がれた!」


 驚きに目を見開く光流に、俺は言葉を投げつける。


「ここからが俺の反撃だ! 頭部特性ヘッドスキル燃え盛る魂ファイアソウル!」


 プロミネンス・ドラコが口を開くと、その口内に深紅の炎が満ちる。

 俺はAコンの片方を右手で握り締め、その拳を正面に突き出した。


発射ファイアー!」


 同時にプロミネンス・ドラコが口から極大の火球を吐き出す。

 燃え盛る魂ファイアソウルは攻撃と同時にAコンを振り、その振動の大きさによって威力がアップする。

 火球は屋根の上に立つラビット・バレットへと向かい、その小さなウサギの体と一緒に建物を呑み込んでいった。

 巨大な炎の塊は勢いを増し、町の中心にある時計塔に衝突して火柱を上げる。

 炎が消え去った時、ラビット・バレットの体は時計塔に磔になっていた。

 全パーツに大ダメージ、しかしパーツ破壊には至らなかったか。


「まだです。私はまだ戦えます!」


 ウサギガンマンは時計塔から落下しながらもなんとか着地し、立ち上がると共に右手に持った光線銃を正面に構えた。

 だが俺はそこに言葉を挟む。


燃え盛る魂ファイアソウルを喰らったマドールは融解メルト状態になる」


 銃を持ったガンマンの右手が炎に包まれる。

 融解メルトになったマドールは時間経過と共にダメージを受け続ける。

 ラビット・バレットの右腕は炎の中で黒く焦げ落ち、原型を失っていった。

 右腕ライトパーツ破壊!

 そして炎はまだ消えない。

 これであの厄介な天罰の光パニッシュ・レーザーを無力化した。

 悔し気に表情を歪める光流に向けて、俺は言葉を投げつける。


「さあ、勝負はこれからだぜ!」

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