#18 スピードスター虎衛門

 夜宵の操るジャック・ザ・ヴァンパイアは森林フィールドに足を踏み入れる。

 そろそろ敵とかち合う頃だ。夜宵は暗い森の中を移動しながら警戒を強めた。

 その時、ジャックの頭上に不穏な気配を感じ、即座に夜宵はAコンを操作して、その場から飛び退く。

 次の瞬間、木の枝の上にいた忍び装束のマドールが、一瞬前までジャックがいた場所に飛び降り、鋭い爪を地面に突き刺した。

 大河忍者たいがにんじゃ、琥珀の操るそのマドールの右手には鋭く伸びた三本爪の手甲鉤が装備されている。

 夜宵の反応がわずかでも遅れていたら、今頃ジャックはその爪で串刺しにされていただろう。


「気付かれたっすか。流石の反応速度っすね。ヴァンピィ!」


 夜宵は声の方向に視線を向ける。

 そこには不敵に笑いながらコントローラーを操作する琥珀の姿があった。

 そして休む間もなく大河忍者は爪を振り回し、ジャックに襲いかかってくる。

 ジャックが爪を躱しながら後方へ飛べば、森の木が一本、代わりに斬り倒された。

 葬送爪牙そうそうそうが、大河忍者の右腕特性ライトスキルはこの爪による斬撃らしい。

 恐らく近接戦闘を得意とする機体なのだろう。

 そう把握すると、夜宵はアナログスティックを回転させながら素早くボタンを叩く。

 今まで回避一辺倒だったジャックが、力強く地面を蹴ると疾風の如き速さで忍者へと肉薄し、魔剣を振るう。

 その剣先が描く軌跡は前後左右の空間を何重にも切り裂いていく。

 次の瞬間、森に立っていた大木が五本まとめて斬り飛ばされた。

 お陰で隙間なく木が並んだ森の中に、一ヵ所だけポッカリとした空間ができてしまう。

 だが別に夜宵の目的は森林伐採ではない。


「随分スッキリしたっすね」


 琥珀の軽口がその場に響く。

 彼女の操る大河忍者は、軽やかな身のこなしで無事な木の枝の上にいた。

 標的であった忍者は掠り傷ひとつない。

 それを見て夜宵の口許が微かに緩んだ。

 これは楽しい勝負になりそうだ、と。


 接近戦は夜宵も得意とする分野だ。

 近接戦闘においてジャック使いのヴァンピィの右に出る者はいない、多くの魔法人形マドールプレイヤーにそう言わしめたほどに。

 シングルスランカーの夜宵とダブルスランカーの琥珀は普段のオンライン対戦でもマッチングすることはない。

 久しく会ったことのなかった近接戦闘のエキスパートとの邂逅に、夜宵の闘争心は昂るのだった。


「次にスッキリしたするのは、その忍者の首だよ」


 言葉とともにジャックが跳躍し、木の上にいた大河忍者に魔剣を振り下ろす。

 大河忍者がその場から飛び退くと、枝は綺麗な断面を残して切り落とされた。

 地面へ降り立った忍者にジャック・ザ・ヴァンパイアは再び斬りかかる。

 忍者は三本爪で魔剣をいなしつつ、爪を伸ばしジャックの首元を狙ってきた。

 ジャックは上半身を反らしてその爪を躱すと、長い足で虎忍者の顎を蹴りあげる。

 予想外の反撃を受け、忍者は後方宙返りしながら後ろへ飛び、吸血鬼と距離をとった。

 そのまま二体のマドールは睨み合う。

 琥珀は夜宵の顔を見ながら、ニヤリと笑った。


「やるっすね」


 それに対し、夜宵も笑みを返す。


「近接戦闘なら私は負けない」

「それは楽しみっすね。相手の得意分野で叩きのめすのが!」


 琥珀の言葉ととも大河忍者が地を蹴り、ジャックに襲いかかった。

 忍者が三本爪でジャックを貫こうとするも、剣で受け止め攻撃を防ぐ。


(さっきより速くなった?)


 大河忍者の動きがより俊敏さを増してるのを夜宵は感じとった。

 何か秘密があるのか?

 対戦への集中を維持したまま、夜宵はステータス表示を確認し、大河忍者の特性スキル説明を読む。


脚部特性レッグスキル怪踏乱打かいとうらんだ


 Lボタンを連打し続けてる間、移動・攻撃・回避速度が上がり続ける。そう書かれていた。

 なるほど、それなら大河忍者の動きがどんどん速くなってるのも納得がいく。

 そう思いながら琥珀の手元を見るも、夜宵の中に新たな疑問が生まれた。

 琥珀が使ってるのは卍手裏剣を象った特殊コントローラーだ。Lボタンの位置も通常のAコンとは異なるのだろう。

 それがどのボタンなのか夜宵は知らないが、どうも琥珀は通常通り大河忍者を操作しているだけで、どこかのボタンを連打してるようには見えない。

 そして夜宵はひとつの可能性に思い至った。


「まさか、そのコントローラーは!」

「おや、気付いたっすか」


 クックック、と不適に笑いながら琥珀は言葉を吐き出す。


「そう、この卍手裏剣コントローラーは連射機能を持ってるんすよ!」


 連射コントローラー。指定したボタンを自動で連打し続ける機能を持ったコントローラーだ。

 本来であれば、特定のボタンを連打しながら通常のマドール操作を同時に行うのは非常に難易度が高い。

 普通はどちらかがおざなりになるだろう。

 だが連射コントローラーによりボタン連打を自動化したことで、琥珀は大河忍者たいがにんじゃの操作に集中しながら脚部特性レッグスキルによる加速の恩恵も受けられる。

 大河忍者たいがにんじゃの能力を最大限発揮する為に選んだコントローラー、これが琥珀のプレイスタイルというわけだ。


 忍者の攻撃がさらに激しさを増す。

 脚部特性レッグスキル怪踏乱打かいとうらんだによって攻撃速度はさらに速くなっている。

 このままでは剣で受けて凌ぎ続けるのは限界がある。

 ここは一旦、距離を置かなければ。

 そう判断し、夜宵はジャックを操作し、後方へ飛び退く。


「逃がさないっすよ」


 そこに琥珀の追撃が迫る。

 虎の被り物をした大河忍者たいがにんじゃの口が開き、そこから光線が吐き出された。

 光線はジャックが着地するであろう地点を先読みしたように、その先の地面を照らす。


頭部特性ヘッドスキル魔鬼火死まきびし!」


 ジャック・ザ・ヴァンパイアが地面に着地する。

 その時、足元でガラスが割れるような音が響いた。

 よく見るとジャックの周囲にはガラス製の透明な撒菱がばら撒かれている。

 夜宵はすぐにステータス表示を確認した。

 ジャックの脚部レッグパーツに五パーセント程度の微細なダメージが発生している。

 ダメージ自体はまったく大したことはない。

 一回撒菱を踏んで五パーセントのダメージということは、あと二十回踏んでようやく脚部レッグパーツの破壊に至るペースだ。

 この程度なら踏んでもさほど問題はない。夜宵がそう思ったところで、ジャック・ザ・ヴァンパイアの右隣に、青白く燃える人魂が浮かび上がった。

 そしてその人魂には、7、という数字が刻まれている。


「これは!」


 夜宵の顔が強ばる。この撒菱にはダメージを与える以外に他の効果もあるのだと悟ったのだ。

 琥珀は不適に笑いながら言葉を放つ。


「この魔鬼火死まきびしを踏んだマドールには死のカウントダウンが始まるんすよ。さあ、覚悟するっす」


 大河忍者たいがにんじゃが地を蹴り、吸血鬼へ接近する。

 その右腕から繰り出される三本爪の一突きを、ジャックは剣で弾きながら再度距離をとる。

 その時また、ガラスの割れる音が響いた。

 ジャックの脚部レッグパーツにダメージが入り、その隣に浮いた人魂に刻まれた数字が6を示す。


「あーあ、また魔鬼火死まきびしを踏んだんすね。しょうがないっすねー」


 夜宵もそろそろこの撒菱の効果を理解し始めた。


「カウントが減った……」


 その呟きに琥珀は嬉しそうに言葉を返す。


「そうっす! 魔鬼火死まきびしを踏む度に死のカウントは一つづつ進み、それがゼロになった時、たとえパーツが無事でもそのマドールは機能停止ダウンする! それが魔鬼火死まきびしの効果っすよ!」


 それは夜宵の想像した通りの凶悪な効果だった。

 彼女は苦しげに奥歯を噛みながらジャック・ザ・ヴァンパイアを操作する。

 ジャックはその場から駆け出し、大河忍者から距離をとろうとする。

 しかしどれだけの速さで駆け抜けようともその隣にはピッタリと離れず人魂が追走するのだった。

 死のカウントダウンからは逃げられない。

 そしてそれだけではない。


「ここから逃げて先輩と合流するつもりかもしれないっすが、逃がさないっすよヴァンピィ!」


 大河忍者たいがにんじゃが後ろから追ってくる。

 その口から光線を開き、ジャック・ザ・ヴァンパイアの進行方向に撒菱をばら撒いた。

 それを見てジャックは足を止めざる負えない。

 こういった設置系のトラップの真価は敵の動きを制限することにある。

 そして近接戦闘において移動範囲が制限されるということは一方的な不利を意味する。

 足を止めたジャックの背後から忍者が爪を振り下ろす。

 ジャックは振り向き、それに魔剣で対抗する。

 回避はできない。動けば撒菱を踏んでしまう。

 だが怪踏乱打かいとうらんだの効果で大河忍者の攻撃速度は神速の粋に達している。

 三本爪は魔剣による防御を掻い潜り、ジャックの胸を切り裂いた!


「ジャック!」


 夜宵は目を見張る。

 頭部ヘッドパーツへの大ダメージ。

 ステータス表示を見ると、ジャックの頭部ヘッドパーツの装甲ゲージは八割以上が削りとられていた。

 これ以上のダメージはジャックの機能停止ダウンを意味する。

 逃げなくては。そう思って後退ると、またその足元でガラス製の撒菱が割れた。

 ジャックの隣に浮かぶ人魂の数字が6から5へと減る。


「くっ」


 絶体絶命の窮地に夜宵の表情が歪んだ。


「さあ、追い詰めたっすよ。ヴァンピィ!」

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