#17 決勝戦の相手は?

 その後、俺達キャンプファイアは破竹の勢いで勝ち進んだ。

 予選ブロックを四勝一敗で一位通過。

 決勝トーナメントへ進出し、そこでも勝ち抜いていく。

 予選で敗退した人達は帰宅するのも自由となっているが、大半は決勝トーナメントを観戦する為に残っていた。

 勝ち進めば勝ち進むほどに俺達の試合を観るギャラリーも増えていく。


「ヴァンピィさん凄いな。あの人のコマンド入力、速すぎて目で追えないぜ」

「ああ、流石はシングルス上位プレイヤー。対戦相手はみんなあのスピードに翻弄されてるな」

「ふむ、確かにヴァンピィくんは素晴らしいプレイヤーだ。だがダブルスはそれだけで勝てるほど単純じゃない。見たまえ」


 なんか解説者っぽいサングラスのおじさんが現れて、俺達の試合を観ながら語りだしたぞ。


「近接戦闘を得意とするジャック・ザ・ヴァンパイアを前線で戦わせながら、遠距離攻撃を得意とするプロミネンス・ドラコで後方から援護する。

 この戦い方はダブルスのセオリーとも呼べる基本戦術だ。ヴァンピィくんが力を発揮できているのは、ヒナくんの的確な援護があってこそ。二人の息のあった連携がお互いの力を何倍にも引き出しているのだよ」


 だから誰なんだあのサングラスのおじさんは。

 なんで休日なのにスーツ姿なの?

 しかもやたら派手なスーツだし。ヤクザなのか?

 と、そんなことより試合に集中しないと。


「ヴァンピィ! トドメは任せろ」

「うん! お願い!」


 最低限の言葉で意志疎通し、プロミネンス・ドラコの火炎球ファイアボールが、敵の鮫型マドールを捉える。

 そして敵機体の機能停止ダウンが決定した。


「ウィナアー! キャンプファイア! これで決勝進出だああああああ!」


 やたらテンションの高い司会のお兄さんの宣言が会場に響く。

 優勝まであと一勝。まさか本当にここまで来れるとは!


「やったねヒナ! あとひとつ頑張ろ!」


 普段は大人しい夜宵も興奮気味にそう吐き出した。


「ああ、やろうぜ。あと一個勝って優勝だ!」


 果たして、決勝戦の相手は誰なのか。

 そう思っていると司会のお兄さんが、高らかに言い放つ。


「既に隣の部屋ではもう一つの準決勝が決着し、決勝進出チームにはこの部屋の前で待機していただいています。

 それではお呼びしましょう! キャンプファイアと決勝戦を戦う相手チーム! バニートラップ!」


 バニートラップ! 虎衛門とたまごやきさんのチームだ。

 すっかり忘れていたが、このオフ会に参加する切っ掛けとなったツイッター乗っ取りの犯人である。

 そんな相手とまさか決勝で当たるなんて。

 司会の宣言を受けて部屋の入り口が開き、二つの人影が姿を現す。

 彼らこそバニートラップ。

 だがその二人を見て俺の思考は停止した。

 その姿はとてもよく見知った相手であるが、こんな場所で会うなんてまったく予想もしていなかったからだ。


「あれあれー、どうしたんすか先輩! そんな間抜けヅラしちゃってー!」

「そうですよお兄様。ここまで勝ち上がってきたんですから、それに見合った威厳を持っていただかないと」


 お、お前達は!

 赤いリボンカチューシャをつけた亜麻色髪のゆるふわウェーブロングの少女が穏やかに笑う。


「自己紹介が遅れましたね。私はたまごやきです」


 栗色髪の少女も長い尻尾髪を揺らしながら元気よく言葉を吐き出した。


「そして私が虎衛門だ!」


 光流、琥珀。その二人はどこからどう見ても俺の幼馴染みで妹分の少女達だった。


「お前ら!」


 危うく本名が喉元まで出かかったのを堪える。


「ヒナ、知り合い?」


 夜宵が不思議そうに俺に視線を投げかけてきた。

 俺がそれに答えるより先に、琥珀は夜宵を指差し、言葉をぶつける。


「アンタがヴァンピィか。よくも先輩を誑かしてくれたな!」

「え? え?」


 初対面の相手にいきなり因縁をつけられて、夜宵は困惑した様子を見せる。


「おい、一体何の話だ。あと人を指差すな」


 俺が琥珀に向けて釘を刺すと、そこに光流が割り込んできた。


「それは私から説明しましょう。そう、あれは一週間前の日曜日のことでした」


 そう言って彼女は語り始める。


「虎衛門こと虎ちゃんはお兄様が大好きでした。

 前の日曜日も虎ちゃんはお兄様と遊ぼうとお家にお邪魔したのですが、悲しいことにお兄様は他の女の子とデートに行ってしまいました。

 失意の中で虎ちゃんはお兄様のパソコンを使って、ツイッターに悪戯投稿することを思いつきます。

 勿論私は駄目だよって咎めたのですが、虎ちゃんを止めることはできずに悪戯ツイートは送信されてしまいました」


 よよよ、と泣き真似をしながらそんな話をする光流。

 いや、絶対嘘だぞ。

 俺のパソコンには光流じゃないとログインできないし、絶対コイツもノリノリで協力したぞ。


「その時、タイムラインに双子座オフの告知が流れてきて虎ちゃんは天啓を得ました。

 正体不明のツイッター乗っ取り犯を名乗って、お兄様を双子座オフに参加させようと」

「どうしてそうなるんだ?」


 琥珀が俺と遊べなくて不機嫌だったのはわかるが、それがどうして双子座オフへの参加に繋がるのだろうか?

 光流は、ちっちっち、と顔の前で指を振って説明してくれる。

「考えてみてください。双子座オフに出ることになったお兄様が最初にぶつかる壁は何か? そう、チームメイト探しです」


 あー、確かに。


「お兄様はきっとこう考える筈です。

 残り一週間でチームメイトになってくれる人なんて見つからない。

 いや、待てよ。いるじゃないかとても身近に。

 可愛くてキュートで自分の頼みを何でも聞いてくれて、可愛くてキュートで魔法人形マドールの腕も確かで、可愛くてキュートでちょっと頭のネジが緩くてそんなところも可愛い後輩が!」

「可愛くてキュートアピールうざいな」

「おいこら、私のこと頭のネジが緩いとか思ってたのか、たまごやき!」

「あっ、すいません虎ちゃん。つい本音が」


 一ミリも誤魔化せてないぞ光流。

 そこで琥珀が話を引き継ぐ。


「とにかく、先輩は私とチームを組む筈だったんすよ!

 そうなればもう目的は達成。虎衛門は捨てアカウントにでもして、新しいアカウントを作って大会に参加。先輩と一緒に大会に出て一日遊べる予定だったのに」


 そこまで言って、ぐぎぎと悔しげに歯軋りする琥珀。

 そうか、全ては俺と遊びたくてやったことなのか。

 そんなに寂しい思いをさせていたとは、悪いことをしたな。

 琥珀は再び夜宵を指差しながら告げる。


「ヴァンピィ! アンタは許さないっす!」

「まあ、あの時お兄様はヴァンピィさんとデート中だったわけですから、側にいたヴァンピィさんを真っ先に誘うことは予想がつくわけですが、そんなことにも気付かない可愛い可愛い虎ちゃんは、筋違いにもヴァンピィさんを恨むのでした、というお話です」


 うんまあ、琥珀は昔からアホの子可愛いところがあるのはわかるけどね。

 さて、本当に理不尽な恨みを買ってしまった夜宵はどう思うのだろうと彼女の方を見てみる。

 すると夜宵は琥珀のことなど一切眼中にない様子で、顔を上気させながら熱い視線を光流に送っていた。


「あ、あの、貴方があの神絵師のたまごやきさんなんですね!」


 おお! コミュ障の夜宵が自分から話しかるなんて!

 一方、話しかけられた光流は穏やかな微笑みを返す。


「はい、そうですよ。神絵師なんて有難いお言葉、恐縮です」


 夜宵は光流の方へ歩み寄り、その両手をガッシリと握る。


「いつも素晴らしい絵をありがとうございます。たまごやきさんの描く貧乳の女の子、すっごくエッチで大好きです」

「ふふ、ありがとうございます。ツイッターに流れてくるイラストって巨乳の女の子ばかりで、私は貧乳の魅力をもっと知ってもらいたいって常々思ってるんです」

「素晴らしいです! たまごやきさんがいつも描く女の子達、決して露出が高いわけでないのに服の上からわかる微妙な膨らみが本当にエッチくて素晴らしくって最高なんです! これからも貧乳への拘りを貫いてください!」


 なんか意気投合してるようだ。

 俺もたまごやきさんと相互フォローになって長いけど、まさかその正体が光流だったなんて。

 昔から光流が絵が上手いのは知ってたが、あんなに成長してたなんてまるで知らなかった。

 そこで夜宵の目が怪しく光った。


「そ、それにたまごやきさん自身もこんなに可愛いなんて、やっぱり可愛い絵を描く人は本人も可愛いんですね」

「いえ、それはどうでしょう」


 流石の光流もちょっと引き気味だった。

 夜宵は自分より背の低い光流に迫りながら、ワキワキと怪しく手を動かす。


「あ、あの、お願いがあるんですけど。ハグしてもいいですか? 決して変なことはしないんで! 変なことはしないんで」


 息を荒くして涎を垂らしながらそう迫る夜宵。

 それは絶対に変なことする人の台詞だぞ。

 光流の視線が俺の方へ向く。

 この人の言う通りにして大丈夫でしょうか? と視線で問いかけているのがわかった。

 ごめん光流。俺の目から見ても今の夜宵は危ない人にしか見えない。安全の保障はできかねる。

 そこに琥珀が割り込んできた。


「馴れ合いはそこまでっす! いいから私と戦うんすよヴァンピィ! 先輩を賭けて!」


 まーたこの子は小銭感覚で俺のこと賭けの対象にするんだから。


「ヒナを、賭けて? じゃあ逆に私達が勝ったら、たまごやきさんを貰えるの?」


 夜宵の口許が緩み、涎が滴る。

 それを見て、琥珀が一歩後ずさった。


「えっ、何この人怖い。不審者?」


 それに関しては本当に申し訳ない。

 その時、司会のお兄さんのマイクを通した声が室内に響いた。


「さあ、四人の関係はよくわからないが、ヒナくんがモテモテ色男なことはわかったぞー! ヒナくんを賭けた決勝戦の始まりだー!」


 俺を賭けるの公認しないで!

 司会の言葉に会場中が盛り上がる。


「うおおお!」「頑張れよー! 色男!」「ヒナ! イケメン罪は死刑だぞ!」「マジかよ、ヒナ最低だな! たまごやきさんのファンになります」


 うわああああ、もうヤダ。この空間すごく居心地悪い。

 この空気の中、決勝戦やるの?


「そしてこの決勝戦はスタンドモードで行われるぞ! 各自、準備をしてくれ!」


 部屋の中央に五メートルほどの距離を空けて四台の三脚が正方形を描くように配置されていた。

 俺達が話してる間に運営スタッフがセッティングしてくれたのだろう。

 俺達はそれぞれの三脚の傍に移動し、準備を開始する。

 Standスタンドは長方形のゲーム機で、両端に各種ボタンがついているが、実はそのコントローラー部分だけを取り外し、無線で操作することもできる。

 俺は両端についたコントローラーを外し、掌に収まるサイズのコントローラーを両手それぞれで握る。

 ゲーム機とセットとなってるそれはアタッチコントローラー、通称Aコンと呼ばれるものだ。

 残った中央部分にはゲーム画面を映すスクリーンがある。

 Standスタンドの本体とも呼べる中央部分を三脚の上に取り付け、スクリーンを部屋の中央へ向ける。

 これで準備完了。

 夜宵、光流、琥珀も同様にゲーム機を三脚にセットしていた。

 そして四機のStandスタンドのスクリーンから映像が照射される。

 四角く囲われたフィールドには立体映像が展開され、戦いの舞台となる広大なバトルフィールドが映し出された。

 これがスタンドモード。

 この機能を使うには広いスペースが必要になるが、周りの人に試合を見せるにはもってこいのモードである。


「あれ?」


 そこで俺は気付いた。

 俺と夜宵は両手にAコンを持って準備万端といった状態なのに、光流と琥珀の正面にセットされたStandスタンドにはAコンが取り付けられたままだ。

 これでは操作できないだろう。


「お前ら、コントローラーは?」


 俺がそう問いかけると、光流は得意気な顔を見せた。


「ご心配なく、私にはこれがあります」


 そう言って彼女は右手に持った黒いピストル型の機械を示して見せる。


「ガンショット・コントローラー。私の秘密兵器です」


 銃口を俺の方へ向けながら、バン、と口で言って発砲の真似事をする光流。


「そして、私にはこいつがある!」


 元気よく言い放ちながら、琥珀は鋭利な四枚の刃物をくっつけたような平べったい操作盤を取り出す。

 なんだあれ? 玩具の風車かざぐるまみたいな形してるな。


卍手裏剣まんじしゅりけんコントローラー! こいつで先輩達をぶっ倒しますよ!」


 彼女達が使ってるのはゲーム機とは別売りの特殊コントローラーか。

 その種類は無数に有り、俺も全てを把握してはいない。

 ボタンの配置などはコントローラーによって違うし、熟練のプレイヤーなら自分の手に馴染むコントローラーを選ぶものだ。


「随分個性的なコントローラーだね」


 夜宵がポツリと感想を漏らす。

 バトルフィールドの周囲にギャラリーが集まり、各々の観戦ポジションを確保する。

 いよいよ始まるんだな。決勝戦が。

 広大なバトルフィールドの上空に俺達のプレイヤーネームが表示される。

 プレイヤーネームとはゲーム内で使ってる自分の名前であり、ツイッターのアカウント名と一致させる必要はない。

 俺や夜宵はツイッターと同じ名前にしているが。

 そこでギャラリーがざわめき出した。


「おい、見ろ。あのプレイヤーネームを!」


 誰かが琥珀達の方を指差した。

 琥珀のプレイヤーネーム、タイガーマスク。

 光流のプレイヤーネーム、スクランブルエッグ。

 その名前は俺も聞いたことがある。

 常にダブルスランキング百位以内にいると言われる上位ランカーの名前だ。

 実際にマッチングした人の話によれば、抜群の連携を誇り、また連携を阻害するために二人を引き離しても、各個人それぞれが単独で戦える強さを持ってる隙のないチームらしい。

 しかしツイッターなどはやっていないようで、謎に包まれたプレイヤーとして噂されていた。

 その正体が、まさか光流と琥珀だったというのか?

 クスリ、と光流が笑いながら言葉を吐き出す。


「ヴァンピィさん達はシングルスでは強いらしいですが、ダブルスの腕はどうでしょうね?」


 その台詞に琥珀が続く。


「まあ私達最強タッグには敵わないと思うっすけどね。残念でしたね先輩。私をパートナーに選んでれば優勝できたのに!」


 琥珀の挑発を受け、夜宵の表情が険しくなる。


「ヒナは、私の相棒だよ。誰にも渡さないから」


 おお、あの大人しい夜宵が燃えている。

 そこでバトルフィールドの四隅に、各人の操るマドールが召喚された。

 炎の翼を背に生やした赤い鱗の竜、俺のプロミネンス・ドラコ。

 漆黒のマントに身を包んだ銀髪イケメン吸血鬼、夜宵のジャック・ザ・ヴァンパイア。

 首から懐中時計を下げ、両手に拳銃を持ったガンマン姿のウサギ、ラビット・バレット。光流のマドールである。

 そして虎の被り物で頭部を覆った黒い忍び装束の忍者、大河忍者たいがにんじゃ。琥珀の操るマドールだ。


「さあ、決勝戦! バトルスタート!」


 司会の声が会場に響くとともに決勝戦が開始された。

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