こっちに来ないで

白里りこ

第1話


「サヤカってむかつくよねー」


 誰かが唐突にそう言った。


「ユイナ、よく一緒にいられるね。キモくないの?」


 呼ばれてあたしは、血の気が引いた。

 まずい。

 始まった。今度のターゲットはサヤカなんだ。

 あたしは愛想笑いをした。


「あははは。そ、そうだね……」

「だよねーっ」


 みんなもくすくすと笑った。


「いっつもサヤカにつきまとわれて、ユイナかわいそーっ」

「そんなことは」

「ねえ、サヤカ戻ってきたらさ、もう話すんのやめよう」


 あたしは内心焦ったけれど、グループの決定は絶対だ。逆らったらあたしが仲間外れにされて、中学校生活は地獄と化す。

 どうしよう、どうしよう、と思いながら笑みを顔に張り付けているうちに、サヤカがトイレから戻ってきた。


「お、お待たせ……」


 みんなはサッと顔を背けて、自分の席へ向かう。あたしは結局、一歩出遅れた。


「あれ、お話、終わっちゃったんだ……?」


 サヤカが困惑した顔を向けてくる。他の仲間からの視線を感じて、あたしの背中からぶわっと汗が吹き出した。


「あ、なんか、そんな感じ」


 ごにょごにょと曖昧に呟いて、あたしもそそくさと後方にある自席へ戻った。


「ふーん?」


 サヤカは意味ありげに言った。

 自分のいない間に何が決定されたのか、早くも察したのかもしれない。

 あたしはサヤカからこれ以上追及されるのを逃れるために、次の科目の教科書を机から出して、忙しいフリをした。緊張のあまり手がうまく動かせなかった。


 ごめんサヤカ、でもこれは仕方のないことだから。

 サヤカが悪いんだよ。とろくてのろまで気が利かないから、みんなのターゲットにされるんだ。誰だって自分が可愛いでしょ、だったら自分の身は自分で守らなくちゃ。あたしは、悪くない。


 休み時間が終わって、あたしは心底ほっとした。これで余計なしがらみから解放されると思った。

 でも授業の後半、数学の問題集を解く時間になると、そこここからくすくすと笑い声が湧いてきた。

 クラスの女子たちが、サヤカの方をちらちら見ては、お互いに笑い合っているのだ。あたしの斜め前の女子も、振り返って可笑しそうに笑ってきた。あたしは力無く笑い返した。


「何がおかしいのですか」


 女性教諭が不快そうに尋ねると、クラス中がブフッと吹き出した。


「なんでもありませーん」


 大将格の男子が調子に乗って答える。それが更なる笑いを誘った。

 あたしは怖くてしょうがなかった。もうサヤカのことは女子のグループだけではなく、男子にも知れ渡っているのだ。


「だったら真面目に取り組みなさい」

「真面目にやってまーす」

「あははは」


 サヤカは……サヤカは、前屈みになってもくもくと問題を解いている。後ろ姿からはその表情は窺えないが、その姿勢からは、計算に集中している様子が伝わってきた。心を乱されるでもない、まるで何にも関心がないかのように、シャープペンシルを動かしている。


 良かった。あれなら、あたしがいなくても大丈夫そう。

 サヤカはあたしより強いんだ。きっとこの荒波を耐え抜いてくれるだろう。

 頑張って、と心の中で応援してから、あたしも計算問題に取り組み始めた。

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