第11話 日常生活と先祖


 石鹸作りの作業が思っていたより楽しく、シオンは1日がかりで十分な量の石鹸を作った。

 ここへたどり着いた時の服と靴を持って、石鹸で洗濯するために川へと向かう。

 洗濯ついでに、川の水と石鹸で髪や身体中を洗い、川石で研いだ鎌で髭を剃る。

 髭だけでなく、髪も適当に切ったのでスッキリしたが、石鹸で洗った髪がゴワゴワするので、リンスも欲しい。

 まだ濡れている服と靴を手に取り、シオンは川から廃村へと戻る。


 先程洗った髪が、あまりにも気持ち悪いので、ヨモギを煮て成分を抽出した水に少量の酢と椿油を加えて完成したリンスで、再度髪を洗う。

 このお陰でサラサラの髪となった。


 汚れまみれだった服と靴も、自作の石鹸で洗って干しているので、なんだか気持ちがいい。

 溜まっていた皮脂汚れは、全て落ちたはずだ。

 しかし、人間、清潔になると気分が良くなるのはなぜだろうか?


 今は、貫頭衣を着て、草を編んだ草履を履いている。

 もちろん自作である。

 ここに来た時に着ていた平民服と靴は大事に取っておいた。


 さて、作業が一段落したら腹が減ってきた。

 久しぶりに肉が食べたいが、狩りに行くのは明日にしよう。

 今から狩では食べるものが食べれないのだ。

 シオンも、冬の厳しさはよく知っている。


 廃村の側に作った木の柵と紐で囲った小さな畑。

 ここにいろいろと作物を植えている。

 種籾や豆類を試験栽培しているのだ。


 今まで見つけて採取してきた植物もここに植え替えて育てている。

 今年生えてきた野生の大根は、すでに食べ尽くした。

 目の前の畑にあるのは、春先に集めた大根の種を蒔いて育てた分だ。

 虫や獣対策に苦労したが、素人ながらも良くできたと思う。





 思えばこの2年、食べ物の限定作業に苦労した。

 知っている食物ならいいのだが、知らないものはちょっとだけ齧って判別する。


 ちょっとだけでも、毒となるものもあるので、命がけの作業だが、食物の確保のためには仕方ない。

 一度はコンニャク芋を舌先でチョピッと舐めただけで、舌に刺すような痛みがあり、すぐ吐き出して口をすすいだにもかかわらず、3日間のたうちまわって苦しんだ。


 コンニャク芋を擦った物が、木灰を溶かした上澄み液で中和出来るなど、昔の人の知恵は驚くものがある。

 季節ものではあるが、キノコ類もそのほとんどが毒を持つので、シオンは生き残るために、なかなかスリリングな一年を過ごしてきたのである。


 今、秋に畑に撒いた野菜の種が一斉に芽をふいて元気に育ってきたので、成長のために間引いたものを食している。

 秋に収穫した麦や米は少量しか育てなかったが豊作だった。




 

 今、目の前の畑に育っているのは白菜らしきものだが、まだ葉が成長中なので断定はできない。

 乾燥した地下室には、いろんな種が保管されていたので、時折少量を地面に蒔いて育て、品種を特定しなければならないのだ。


 畑を一回りすると、久しぶりの間引きのために、竹カゴいっぱいの野菜が採れた。

 シオンは、この野菜で味噌汁にしようと思っている。

 いつものように乾物をひとつまみ鍋に入れ、ダシをとる。

 最近は、捨てるのがもったいなくて、ダシをとるよりも具材の一つになっている。


 煮たったら野菜を加えひと煮立ち。

 火を止めて、味噌を溶かす。


「ああーっ。沁みるぅ。うまあああいっ」


 酒ではなく味噌汁ではあるが、風呂上がりの一杯。

 いつものように美味しい。

(今日は酒も飲まなかったし、早く寝よう)


 その日の夜夢を見た。

 久しぶりにあの自称神が、夢に現れたのだ。


「なぜラタカナへ向かわないのだ。そればかりか、お参りさえもしなくなったではないか。お陰で我が神力は落ちていくばかりである。直ぐに向かわねば神罰を下すぞ」


 朝、目が覚めると、そのことだけを覚えていた。


(ラタカナかぁ。あの神じゃなぁと、お参りするのを止めたらスッカリ忘れていたよ。かなり怒っていたし、神罰は受けたくないから行ってみるか?ご先祖からも言い伝えがあるくらいだから、行けば神力でも与えてくれるのかな?)


 あのハゲ山の向こうまでなら、それほどかかる距離ではないのだが、ここに戻るまでに、最悪数日かかることを予想して、食材などを袋に詰め、ゴソゴソと準備していく。


 山の中腹を周り、山越えをして行くと、あの神の言った通り洞窟があった。

 小さな小川が流れる横に、石畳の道が洞窟内部までつづいており、何となくだけど精神的な圧力を感じる。

 空気も澄みきっており、なんだか神聖な場所のようだ。


 シオンは、準備してきた松明に火を灯して洞窟内部へと向かう。

 一人で暗闇に挑むのは、なかなか勇気がいるものだ。

 洞窟は人工的に掘られたものらしく、壁一面に荒々しく削った後があったのだが、奥へと進むにつれて、トンネル状の壁も床も、気づかないうちに見知らぬ金属に変わっていた。


 そして突然、壁に突き当たる。


(えっ ここまで?いや、そんなはずはないはずだ)


 少し戻り、丹念に壁を調べていくと、やはり隠されたドアが見つかった。

 取っ手も壁の一部を成しているので、パッと見には気づかない。


 恐る恐る開けて、中の様子を探るが、ここと同じく金属製の真っ暗な通路があるばかりだ。


「ええいっ。どうとでもなれ」


 気合いを入れて、真っ暗な通路に飛び込むと、ドアが自動的に締まり、通路に明かりが付いた。

 通路一面が、うっすらと光を放ち結構明るい。


(人間、明るいと何だか落ち着くものだな)


 そう思いながらも通路奥へと進む。

 ご先祖から言い伝えられるくらいだから、罠とかはないだろう。

 喉が渇いたので、荷物の中にあった竹筒の水を飲みながら進む。


 どれだけ歩いたのだろうか。

 またドアに突き当たった。

 開けてみると部屋らしい。

 意を決して、部屋へと入る。


 明るい部屋には、真ん中に1人の蓋つきベッドが置いてある。


(選ばれし者よ。そこに横になるのだ。我々の知識を受け取れ)


 頭の中に響く不思議な声。何となく懐かしさを感じ、言われるままベッドに横になると自動的に蓋が閉まる。

 何故だが不安はない。


 シオンは、急に眠くなり意識が遠のく。

 頭の中に流れ込んでくる沢山の知識と知恵を感じる。

 それとともに、まるで夢を見るように見えているのは、神殿前で舞を舞う1人の巫女。

 この様子に現実感はないのだが、かなりハッキリしている。


「シャン。シャーン」


 巫女の手にある鈴付きの短剣が、時折甲高く、神聖な音を出す。

 ゆっくりした体運びに加え、手を振り上げ腕が伸びきった時にだけ、手首を捻って音を出しているようだ。

 巫女の舞う姿は、不思議な動きだが、とても美しい。

 そして最後に、巫女が神殿前にお辞儀をして舞は終わった。


「ミコさま。どうでしたか 」


「はい、神託は与えられませんでしたから、私たちがここでするべき事は無いようです。それと、こうなった原因もわかりましたが、残念な事に私たちが元居た世界へと戻る未来はありません。そしてはるか未来、この地の子孫に災いが降りかかります。それは避けられぬ事ですが、私たちが力を伝える事は構わないようです」


「そうですか。残念ですね。あの世界へ戻る事については、今まで散々努力してもダメだったので諦めていたところですが、私たちの子孫にまで災いとは困ったものです。出来る事なら、何とか子孫の力になりたいですね」


「そうですね。この地にも神の力が宿っていた事が幸いしました。情報が得られた事に感謝しましょう」





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