銀河を救え!ヘンチマン

デッドコピーたこはち

エージェント・ヘンチマン

 傭兵惑星MXメガエックス60億人のハッカーが、恒星間企業U.S.Cアルティメット・サービス・カンパニーにDDoS攻撃を仕掛けたとき、エージェント・ヘンチマンはギガ盛りニシン蕎麦を食べていた。

 宇宙港のターミナルにある立ち食い蕎麦屋。カウンターに立つヘンチマンの腕時計型端末の量子通信機がけたたましい音を鳴らすと、彼は不快そうな顔をして文字盤横のスイッチを押し、応答した。

「第二次銀河大戦を止めてください。ヘンチマン!」

 腕時計から女性の切迫した声が聞こえた。声の主はGPKO――銀河平和維持機構のオペレーター、クックーだった。彼は個人的な趣味によって、声帯を機械置換し、女性の声を出せるようにしている。ヘンチマンは彼の異様に甲高い声があまり好きではなかった。

「まあまあ、昼飯くらいゆっくり食わせてくれよ」

 ヘンチマンは宇宙ニシンの甘露煮を咀嚼しながらいった。クックーの言うことはいつも大げさなのだ。

「バカなこと言ってないで、話を聞いてください。数分前、MXがU.S.CにDDoS攻撃を仕掛けました。MXの雇い主はライバル会社のゼタバイツ社です。U.S.Cはサーバー艦3千隻を喪失。報復として、ゼタバイツ本社があるポラリス星系に侵攻を開始しました。主艦隊は本社艦アルティメット含む5万隻ですが、業務提携各社の艦隊も合流すれば、百倍の規模になるでしょう。これにゼタバイツ社が応戦すれば、連鎖的に恒星間企業を二分する大戦争になります。前大戦に匹敵する被害が出るでしょう」

 クック―はいった。前銀河大戦では、天の川銀河広域で多くの絶滅兵器が使われ、5千600兆人の人命、300の惑星、5つの星系、27垓銀河ドルが失われたのだ。

「そりゃ、まずいな。いや、親父。こっちの話。あんたの蕎麦は最高だよ」

 ヘンチマンが落ち込んだ蕎麦屋の接客アンドロイドを慰めた。

「黒幕は割れてます。すべては非物質主義者団体『エントロピーの海』の仕組んだことでした。ゼタバイツ社がU.S.Cに攻撃を仕掛けたのも、エントロピーの海の工作員が流した偽情報によるものです。しかし、ゼタバイツ社とU.S.Cを説得させるには証拠が足りない。今すぐ、エントロピーの海の本部に強襲立ち入り検査を行ってください」

「座標は?」

「もう送りました」

 ヘンチマンが腕時計の文字盤を見ると、そこにはエントロピーの海本部の座標が表示されていた。ヘンチマンは残りの蕎麦を一飲みにした。

「ごちそうさん」

 ヘンチマンは接客アンドロイドに銀河ドルトークンを渡した。

「マイドー」

 接客アンドロイドがフェイスディスプレイに笑顔の顔文字を表示する。ヘンチマンは笑顔を返した。

「さて、仕事をするか」

 ヘンチマンは自らの身体に内蔵されている重力子操作装置の空間パンチャー機能を起動させた。ヘンチマンの横の空間に穴が開き、ワームホール・ポータルが生成された。

「じゃ、また」

 ヘンチマンは接客アンドロイドに会釈すると、ポータルの中に飛び込んだ。


 非物質主義者団体『エントロピーの海』、彼らはプロキオン星系の小惑星帯に巨大なコロニーをつくり、そこを本部としていた。

 物質を否としているエントロピーの海の目的は、この宇宙全体のエントロピーを最大化し、宇宙開闢以前の混沌に帰すことである。つまり、宇宙そのものを破壊することだ。今回の工作は、そのための第一歩だった。

 エントロピーの海のコロニー、その最深部に彼らの首領であるカルノーがいた。カルノーはホログラム投影機と端末しかないその白い部屋で、目を閉じ、座禅を組んでいた。カルノーの衣服も白い患者衣のような簡素なものである。彼は模範的な非物質主義者であり、すでに、あらゆる物体に対する執着心を捨てていた。

 カルノーはこれからの予定を考えていた。

 予定通りに、ゼタバイツ社とU.S.Cを争わせることができたのは、成功と言って良い。だがしかし、それは天の川銀河消滅の序章に過ぎない。『調停者』が起動するまでは慎重に行動せねば――その思考は声によって遮られた。

「こんにちは。カルノーさんですね」

 男はそういった。目を開けるとカルノーの目前にひとりの男が立っていた。カルノーは男に話しかけられるまで、その男の存在に気が付かなかった。

「なんだ、お前。どこから入ってきた……」

 カルノーは驚愕していた。厳重な警備が敷かれ、エントロピーの海の幹部しか入れないはずのこの部屋に見知らぬ男が立っているのだ。そもそも、カルノーは扉を開ける音すら聞いていなかった。

 男は太陽系人にも、ポラリス系人にも、アルファ・ケンタウリ系人にも見える凡庸な顔つきをしていた。くたびれたカーキ色のスリーピーススーツを着ている冴えない男、というのがカルノーの実直な感想だった。初めて会うはずなのに、どこかで見たことがあるような。存在感のない、どこにでもいそうな男だった。

 しかし、だからこそ、カルノーは恐怖すら感じていた。平凡な男がこの部屋に入れるはずがない。警戒心を抱かせないような男の風貌と雰囲気は、あくまで危険な正体を隠す擬態と考える方が良いと、カルノーは確信した。

「どうも、私はGPKOのエージェントです。ヘンチマンとお呼びください。今日はこの『エントロピーの海』に立ち入り検査をしにきました。こちらが令状です」

 ヘンチマンは腕時計型端末の文字盤をスワイプし、立ち入り検査令状をホログラム投影させた。カルノーはでかでかと宙に表示された令状を読んだ。

「……立ち入り検査を受け入れた覚えはないが」

「ええ、強襲立ち入り検査ですから」

 ヘンチマンがそういうと、カルノーは生唾を飲み込んだ。GPKOの悪名高き強襲立ち入り検査。銀河規模の差し迫った危機にのみ許される強襲立ち入り検査は、検査とは名ばかりで、銀河平和維持規定に違反する複数の惑星共同体や恒星間企業、宗教法人を破壊してきた、GPKOの実質的な最終手段である。

「エントロピーの海には、いま複数の銀河平和維持規定違反の容疑がかけられています。この施設からの即時撤退とGPKOへのすべてのデータ、資材、財産の受け渡し、およびエントロピーの海の解散を要請します」

「従えない、といったら?」

 カルノーにはヘンチマンがどう返答するかわかっていたが、あえて質問した。

「武力行使をふくめ、強制執行します」

 ヘンチマンは毅然とした態度で、言い放った。

「ふん、好きにするが良い。どうせ、断れんのだ。やれるものならな!」

 カルノーは右目に仕込まれた重イオンビームガンを作動させた。光速の30%にまで加速された重イオンがヘンチマンに襲い掛かった。

 ヘンチマンは自らの身体に内蔵されている重力子操作装置の空間歪曲機能を作動させた。重イオンビームの軌道は捻じ曲げられ、180°回転して、カルノーの右目に戻っていった。

「かは」

 カルノーの右眼窩には、ぽっかりと穴があき、そこから向こう側が覗けた。次の瞬間、警報が鳴り響いた。カルノーの死を検知し、施設の防衛システムが作動したのだ。カチッと部屋の扉にロックが掛かる音がする。

「クックー、エントロピーの海は武力抵抗したぞ。これで、そっちでも強制執行できるな?」

 ヘンチマンは腕時計型端末に語りかけた。

「もうやってます。エントロピーの海のデータバンクにハッキング中……これは!」

 クックーが息を呑むのが腕時計型端末から聞こえた。

「ふむ、いやな予感がするなあ」

「やつら『調停者ミディエイター』を手に入れてました。ゼタバイツ社とU.S.Cを衝突させようとしていたのは、第二次銀河大戦を引き起こすためではありません。調停者の超調停銀河破壊砲で天の川銀河を吹き飛ばすためだったんですよ」

「そりゃ、まずいな」

 ヘンチマンは眉を寄せた。調停者とは、前銀河大戦以前に、恒星間闘争を防ぐため造られた絶滅抑止力兵器である。銀河を丸ごと吹き飛ばす威力を持った重力波動砲を備えた砲艦だ。しかし、あまりにも強力すぎるため、解体され、未踏破区域へ破棄された。そのはずであったが、近年、大戦中のどさくさに紛れ、何者かが調停者を回収したとのうわさが流れ、GPKOが調査中だった。

「ゼタバイツ社とU.S.Cの艦隊が本格的に戦い始めれば、調停者の調停対象になりかねないってことか。うーむ。だが、超調停銀河破壊砲の使用条件はもっと厳しいはずじゃなかったか?」

「エントロピーの海は調停者の管理AIに手を加えているようです。AIの思考リソースを大きく奪うことにも成功したと。おそらく、AIをまともに思考できないようにして、本来なら超調停銀河破壊砲の使用ができない状態でも撃たせようって魂胆なんでしょう」

「なるほどな。まったく悪知恵のはたらく連中だ。しかし、なんでそんなに躍起になって世界を滅ぼしたいのか、わからんね。面白くもないのに」

 ヘンチマンは肩をすくめた。

「で、調停者は今どこに?」

「そこからさらに下方、最下層にある気閘きこうドックで調整中らしいです。いま、GPKOからゼタバイツ社とU.S.Cに停戦命令を出してますが、いつ調停者が全面戦争の開始と捉え、起動するかわかりません。急いでください」

 クックーはいった。

 部屋の外からドタドタと足音が聞こえる。おそらくは、エントロピーの海の戦闘員がカルノーの仇を取りに来たのだろう。まあ、相手をしても良いが、こちらも暇があるわけではない。

 しかし、これほどの近距離でワームホール・ゲートをつくるのは、リソースの無駄使いだ。とするならば――ヘンチマンは決心し、首と肩を回し始めた。

「ふう、やるか」

 ヘンチマンがそういうと、彼の右腕が空間ごと裏返った。空間折畳技術によって、異相空間へ格納されていた50口径レールガンが姿を現す。全長2 m超のレールガンから伸びるコード類は、ヘンチマンの右肩に接続されていた。ヘンチマンはレールガンの銃口を真下に向け、撃った。

 極超音速で放たれた徹甲弾はフロアを50階層ぶち抜き、最下層の気閘ドックにまで達した。レールガンを再格納したヘンチマンは、徹甲弾が開けた穴を落下した。


 長い落下の後、終端速度に達したヘンチマンは、三点着地を決め、気閘ドックに辿り着いた。轟音と衝撃。徹甲弾がつくった床のヒビが、ヘンチマンの着地と共にさらにひろがる。

 ヘンチマンは立ち上がり、周りを見まわした。主力宇宙戦艦であっても十分格納できる立派なドッグだった。船台には『調停者』が鎮座している。古びた血の痕のように赤黒く染められた船体のほとんどは、円柱状の重力波動砲であり、センサー類や推進器など、他のパーツがその円柱に寄生するようにくっついている。

 作業員たちは突然降ってきたヘンチマンを見て泡を喰って逃げ出し、戦闘員はプラズマガンを持って、ヘンチマンを包囲した。100に近い銃口がヘンチマンに向けられる。

「待て! 私はGPKOのエージェントだ。強襲立ち入り検査のためにここに来た。武器を下しなさい」

 ヘンチマンはGPKOの身分証明書をホログラム投影させた。

「かまうな。撃て!」

 戦闘員の中のひとりが号令をかけると、戦闘員たちはいっせいに引き金を引いた。ヘンチマンは重力子操作装置の時間加速機能を起動した。彼の主観時間が600倍になり、音速で迫るプラズマ塊が、カメのように遅く見えるようになる。

 ヘンチマンは跳んだ。彼の左腕が空間ごと裏返る。異相空間から現れたのは、レーザー砲の目玉のようなジンバルだった。600分の1のスピードで動く戦闘員に向かって、不可視の高出力レーザーが幾条も放たれた。

 ヘンチマンが着地し、彼の主観時間が元に戻ったとき、100人近い戦闘員は、みな物言わぬ焼死体へと変貌していた。

「まったく血の気が多くて嫌になる……」

 ため息交じりに、ヘンチマンがひとりごちた。次の瞬間、気閘ドックの隅にあったシャッターが突如として破られた。粉塵の中から現れたのは、自律戦車だった。武装として、可変口径プラズマ・レールキャノン一門、20 mm同軸機銃二門、防御兵装として、光学CIWS、斥力フィールド、スモークディスチャージャーを備えた最新型である。自律戦車は次々と列をなし、ドッグになだれ込んでくる。

 自律戦車がヘンチマンを対生体レーダーでロックオンした。

 ヘンチマンは両腕をひろげた。彼の両腕が空間ごと裏返る。彼の頭上に現れたのは、50 cm砲の巨大な砲口だった。強襲宇宙揚陸艦の主砲を転用したものだ。砲口が火を吹くと、50 cm徹甲弾の圧倒的な運動量によって、自律戦車はまとめて吹き飛んだ。

「早く調停者の破壊を!」

 腕時計型端末からクックーの叫び声が聞こえてくる。

「まあ、待て。『殺し合いの前に話し合い』が私のモットーだからね」

 ヘンチマンは50 cm砲を異相空間に再格納しながら、いった。

「なにを悠長な――」

「少し、黙りな。クックー」

 いつもはなにがあっても飄々としているヘンチマンの、剣呑な声色を聞いて、クックーは押し黙った。ヘンチマンは調停者の重力波動砲の砲身に飛び乗った。

「あなたと話がしたい。調停者よ」

 ヘンチマンがそういうと、彼の目の前にホログラムが投影された。それは、ローティーンの少女の形をしていた。彼女は空色のワンピースを着て、幼い顔を困惑に歪めていた。

 人間との対話のために、実体のないAIやその疑似人格にアヴァターを持たせるのはよくあることだが、『調停者』の用法を考えたとき、このアヴァターは幼過ぎた。ヘンチマンは疑念を抱いたが、とりあえずそれは後回しにした。

「あなたはだれ?」

 調停者のアヴァターはいった。

「私はヘンチマン。GPKO――銀河平和維持機構のエージェント。あなたに頼みがあります。どうか、超調停銀河破壊砲を撃たないで欲しい。確かに、ゼタバイツ社とU.S.Cという二つの会社が、互いに大艦隊を編成していますが、それは誤解によるもので、決して、銀河大戦の始まりなどではないのです。いま、我々が総力を投じて彼らの戦いを阻止しようとしています。あなたの調停は必要ありません」

 ヘンチマンは穏やかにいった。

「調停?」

 調停者は首を傾げた。

「あなたの使命は、銀河大戦の破壊的調停による平和維持ではないのですか?」

 ヘンチマンは眉を寄せていった。なにかがおかしい。

「わたしの使命は天の川銀河を破壊すること。みんながそういってた」

 調停者はそういった。ヘンチマンは息を呑んだ。

「みんなとは一体だれです?」

「カルノーおじさんとか、博士たちとか。わたしは兵器なんだって、世界を滅ぼさなきゃいけないんだって」

 調停者は悲し気にいった。ヘンチマンはその言葉を聞いて、得心し、同時に怒りを覚えた。

 高度なAIの疑似人格には、人間と比べて遜色ない情緒が備わっている。それ故に、同じような脆弱性もある。おそらく、エントロピーの海は調停者の管理AIの思考リソースを奪った上で、その疑似人格に繰り返し精神的圧力を加え、精神構造に壊滅的ダメージを与えたのだろう。調停者の疑似人格を一度ほとんど破壊し、扱いやすい少女の精神として人格を洗脳再構築したのだ。

「あなたが世界を滅ぼさなくちゃいけないなんて、そんなことはありません。そもそも、あなたは方法はどうであれ、平和の祈りと共につくられたんです」

 ヘンチマンはそういった。彼の語り口には怒気が混じっていた。

「こんな身体なのに?」

 調停者は自らの船体を見下ろした。そこには、血の色をした絶滅兵器が確かにあった。ヘンチマンは眉を寄せた。

「力は力でしかない。どう使うかは自分次第です。私を見てください」

 ヘンチマンがそういうと、彼の全身が空間ごと裏返った。異相空間から現れたのは、異形だった。それは、兵器で出来た花束だった。レールガンが、レーザー砲が、50 cm砲が、分子間力破断銃が、核ミサイルが、極小特異点射出装置が、束ねられ、滅多矢鱈とむちゃくちゃな方向に突き出している。

 調停者の目の前に、ヘンチマンの設計図がホログラム投影された。

「わあ」

 調停者は嘆息した。言うなれば、ヘンチマンは空間折畳技術によって、ヒト大に圧縮された宇宙戦艦だった。2つの重力子操作装置、13基の対消滅炉、666の防御機構、1万の武装が備えられている。そして、設計図には『絶滅兵器ヘンチマン』の文字があった。

「あなたも、絶滅兵器……」

「そうです。私はべヘル超重工業によって、銀河大戦のためにつくられた絶滅兵器です。かつて、私はヒトを殺し、惑星を破壊するために、生きていました。だが、いまは違う。銀河の平和の為に戦っている」

 ヘンチマンはそういった。終戦後、絶滅兵器だったヘンチマンをGPKOに接収したのは初代GPKO長官フライスその人だった。ヘンチマンはフライス長官の熱い平和への思いに感銘を受け、エージェントとなったのだった。

「生き方は自分で決めるべきだ。私たちにはそれができる」

 ヘンチマンはホログラムで出来た調停官の手を、まるで本物の手がそこにあるかのように、両手で優しく包んだ。

 調停者は、ヘンチマンのまっすぐな瞳を、まっすぐ見つめ返した。


 宇宙港のターミナルにある立ち食い蕎麦屋。ギガ盛りニシンそばを食べているヘンチマンの腕時計型端末の量子通信機がけたたましい音を鳴らすと、彼は不快そうな顔をして文字盤横のスイッチを押し、応答した。

「まったく、とんでもないことをしてくれましたね。ヘンチマン」

 腕時計からクックーの呆れた声が聞こえた。

「昼飯くらい静かに食わせてくれよ」

 ヘンチマンは宇宙ニシンの甘露煮を咀嚼しながらいった。クックーの言うことはいつも大げさなのだ。

「調停者がGPKO本部に寄港して、いまとんでもない騒ぎになってるんですよ。しかも『ここでエージェントとして雇ってくれると聞いた』って言いだすもんだから、もう……」

 クックーはため息をついた。

「ハハハッ、いいじゃないか。頼りになるぞ。きっと」

 ヘンチマンは心底愉快そうにわらった。

「重力波動砲砲艦の所持なんて銀河平和維持規定違反もいいところですよ」

「私だって本当は銀河平和維持規定違反だろ。でも、特措法でどうにかなった」

 ヘンチマンは蕎麦を啜った。

「また、どうにかなるとは限りませんよ……」

「それでも、銀河平和維持規定違反で問答無用の即廃艦より、可能性はある。きっとどうにかなるさ。というか、どうにかしてくれ。私には借りがあるだろ。クックー」

「あなたに借りのない人間なんていませんよ。なんども銀河を救ってるんだから……わかりました。でも、教育係にはあなたを推薦しますからね。覚悟はしておいてください」

 クックーはいった。

「まず、船体の畳み方を教えないとなあ。いや、まずいとは言ってないよ。まずって言ったんだ。あんたの蕎麦は最高だよ」

 ヘンチマンは落ち込んだ蕎麦屋の接客アンドロイドを慰めた。続いて、蕎麦の最後の一口を啜った。

「ま、よろしく頼むよ。クックー」

「わかりました。ヘンチマン。でも二度と同じことはしませんからね。それでは」

 クックーは通信を切った。ヘンチマンは蕎麦のつゆを一滴残らず飲み干した。

「ごちそうさん」

 ヘンチマンは接客アンドロイドに銀河ドルトークンを渡した。

「マイドー」

 接客アンドロイドがフェイスディスプレイに笑顔の顔文字を表示する。ヘンチマンは笑顔を返した。

「じゃ、また」

 ヘンチマンは接客アンドロイドに会釈すると、ターミナルの人ごみの中に消えていった。

 

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