ビブス ~ ナンバーの秘密 ~

悠月 星花

先輩の行くところ……

 ダンダンと体育館に響くバスケットボールの音。

 練習前に今日の体の調子を確認するべく、私もボールを手に取り、ハンドリングを始めた。

 なかなか、手に馴染まないボールに齷齪していたとき、男子部の先輩に、ハンドリングをして手に馴染ませる方法を教えてもらった。それから、部活が始まる前に必ずすることにしている。


 中学のバスケットボールより、高校のボール大きく重くなる。入部当初、初めてその事実を知っていつもの調子でシュートをしたら、ことごとく外した……いや、あれは、別のことを考えていたから、ボールのせいにしたらダメだと首を横に振る。

 いつも、ハンドリングをしていると、高校初めての紅白戦を思い出し、ため息をつく。


 ハンドリングをしばらくしていると、指先が温かくなった。


 もう、いいかな?


 私は、ハンドリングをやめ、シュート練習をしている同級生の中に割って入ってく。立っているチームメイトをディフェンスに見立てて、ロールから股抜き、サイドチェンジをしてレイアップと一連の動きを確認すると、ザシュっと後ろでボールがネットを揺らした音がした。

 今日は、体がよく動くみたいで、動きがよかったなと思いながら、ふぅーっと体の中から息を吐ききった。



「おぉーっ、やるねぇ!千晶ちゃん」

「陽先輩っ!」



 振り返ると、部室から出てきた陽先輩が、パチパチと拍手をしていた。足元に転がっていったボールをひょいっと手に取り人差し指でクルクル回していたと思っていたら、ほらよっ!っと、パスをしてくる。

 男子からのパスは、女子からと違い、少々強いのだが、ちゃんと手を抜いてくれているようで、胸の前にピタリと収まった。


「陽、始めるぞ!」の声に反応し、じゃあなと駆けていってしまう。

 その後ろ姿を見送り、私も練習が始まるようだったので、チームメイトの元へと急いだ。



 女子バスケットボール部の練習は、輪になってのストレッチ、ランニング、ラダーなどのアスレチックなどで、体を温めるところから始まる。ボールを使う練習を始めるまでに、十分体を温める。それが、今のキャプテンが重きを置いているところだ。

 昨年はケガで離脱するメンバーが多かったことを考え、ケガのリスクを減らすことを第一に考えられているのだが、基礎体力の向上も密かに狙って練られた練習らしい。

 去年の練習より、はるかに体にはきついが、おかげで、今まで以上に体が動くことになったことに、チームメイトと共に喜んでいた。


 ボールを使う練習を2時間程すると、休憩に入る。水分補給などは、各自タイミングをみてすればいいのだが、声出しをしながら、走り回るのは、毎日のことでもキツイ。

 実は、今日から私は、レギュラーメンバーとの練習に参加することになったのだが、今まで以上に絞られた人数で、早い動き、早い展開についていくのに、精一杯だった。



「千晶っ、遅れてるよ!」

「美樹先輩、すみません……」

「レギュラーの方は、今日が初めてだもんね!大変だけど、しっかりついてきてね!同じポジションどおしだから、レギュラーの席をかけて競いましょ!」



 ふふっと微笑みを残し、キャプテンの美樹は、「もう1本っ!」と、速攻の練習に駆けて行ってしまう。

 同じ練習をしていても、追いつける気がしない。美樹を視線で追っかけていて、ふと男子部の方をチラッと見た。

 ちょうど、美樹がシュートを決めたところで、「ナイッシュー!」と茶化しながら声をかけている陽を見てしまう。

 胸の内は、ザワッとして俯いてしまったところに声がかかる。



「千晶、次、行くよ!」

「はいっ、お願いします!」



 私は、ゴールに向け走り出す。


 他は、見ない。今は、ゴールだけ、ゴールだけを目指す!



「シュート!」



 同じく一緒に走ったチームメイトの声に合わせ、レイアップすると理想通りに入る。

 毎試合、これくらい気持ちよく入るといいのになと考えていると、一緒に走った二人が駆け寄ってきた。

 二人にハイタッチをして、ラスト決まってよかったと喜び合う。



「ちーあき!」

「はい、なんですか?」

「今の気持ちよく打てたんじゃね?」

「えぇ、すごいピタッとはまった感じで、絶対入るって思いました!」



 ニシシと笑うと、「その感覚、忘れるなよ?」と笑って、「次は俺の番だなぁー」っと去っていく。男子も同じ練習をしていたようで、センターにいた先輩の「ごうっ!」の声で、はじけ飛んだように走っていく陽を私は見つめる。

 同じポジション、同じプレースタイルの彼は、手本としていつも見ていた。手本としてだけでは、無いのだが、胸の内は、誰も知らないだろう。



「千晶、何見ているの?」



 ふと美樹に覗き込まれて驚いた。



「わ……わぁ、美樹先輩!」

「そんなに驚いて……熱視線の先は……はっはぁーん……アイツか!真ん中の!」

「……み、美樹先輩?」

「アイツは、顔はいいけど、女の子にだらしないからダメだよ!」

「違います、違いますから!ほ、ほら、休憩の時間じゃないですか?みんな、美樹先輩の号令待ってますから!」



「はーい」と返事をして、「休憩だよぉー!」と叫ぶと、「やっとかっ!」と少々怒っている2年に「ごめんね!」と軽い調子で返事をしていた。私も美樹の後ろをついて行き、体育館の風が通りやすいところにペタンと座る。

 だいたい学年別に集まるので、私も1年が集まっているところにいるのだが、男子部のマネージャーがソワソワしているのがチラッと見えた。

 女子部が休憩の間の10分間、男子部が2面を使って試合をするのだが、たぶん、いつものことが起こっているのだろう。


 男子部のキャプテンが、……怒鳴っている。



「陽っ!どこ行ったんだ!ゲームするぞって、また、どっか行ったのか……アイツ……」



 と、言った頃には、私のところに駆けてきた男子部のマネージャー。いつものビブスを持って、「お願いします!」と頭を下げられれば、嫌とは言えなかった。



 ◆



「陽先輩っ!」

「あぁ、千晶か……」

「あぁ、じゃないですよ!森川先輩が、呼んでますよ?ほら、早く来てください!私も練習あるんですから!」



 私は体育館の手洗い場で、こっそりサボっている陽を呼びにきた。めんどくさそうに、陽は私の方を向いて「なんだ」と言って、少しだけ口角を上げている。


 いつも、どこかでさぼっている陽を私が呼びに行くのは、いつものこと。男子部で探しに行ってくれればいいものの、男子部マネージャーでは見つけられないらしい。

 陽のサボる場所が、定期的に変わっているせいだ。



「千晶には、いっつもサボってるとこ、バレるな。なんか、俺に発信器でもついてんの?」

「先輩が、毎日、サボる場所を送ってくるんでしょ?もう、森川先輩に教えておいてくださいよ!それか、美樹先輩に……」



 私は、呼びに来た手前、怒っているように見せたが、陽と少しでも話をできるこの時間は、部活時間の中で何より楽しみでとても嬉しい。

 そんな私を笑いながら陽は立ち上がり、持ってきたビブスを手にとった。


 陽は、この学校の入学当初から、11番とナンバリングされたビブスがお気に入りらしい。それ以外は、何故かつけないと部内では噂になっていた。

 なので、いつもサボり現場までお迎えに行く私が、男子部のマネージャーから渡されるビブスのナンバーは11番だった。



 素早く着て、体育館に戻って行く陽の後を追うように私もついていく。そのまま、私は元居た休憩場所まで戻る。



「やっと来たか……ゲームするぞ!お前なぁ、もっと真剣にやれよ!」

「あぁ、わーってるよ……」



 今から、男子の紅白戦が始まる。

 ひとつでも参考になるものはないのかと、陽を目で追いかけた。ボールを持っているときだけでなく、自由な陽は、マークする方はしにくいだろう。

 ひょっとあらわれるのだから……私も、あんなふうに動けるようになったらいいのにな……近くて遠い先輩の背を見つめるしかない。


 いつか、彼に褒めてもらえるよう、彼を目で追いかけ続けた。

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