第十課 終わりよければ・・・・

 俺の事実上最初の依頼しごとは、こうして終わった。

 

 あの後、関新一君は一週間経って再び俺の事務所オフィスを訪れた。

 良く晴れた日曜日、もう既に初夏といってもいいくらいの日よりである。

『お陰様で助かりました』

 彼は俺の前に銀行の封筒を差し出した。

 そいつを取り上げ、中身を確認する。

 さっき引き出してきたばかりのような新札ピンサツで十万円と少しあった。


『別に疑うわけじゃないが、君はまだ中学二年生だろう?こんなに金があるとは思えないが、まさか親の財布に手を伸ばしたわけじゃないだろうな?だとしたらこいつは受け取れん。”渇しても盗泉の水”と言う言葉を知らんわけじゃなかろう?』


 俺が冗談交じりにわざといぶかし気な眼差しで言うと、彼は苦笑して、

『僕はそんな馬鹿なことはしません。これは小遣いを使わないで貯金していたものですよ。趣味らしい趣味がないから、結構貯まったんです。それにあのままいじめられ続けていたら、どっちみち”あいつら”にカツアゲされてたんですから、それに比べれば先生に払う位安いものです』


 それでも足りない分は、時間がかかっても必ず支払いますからと、彼は答えた。

 まあ、そこまで言うなら信用しても良かろう。

『なら有難く受け取っておくよ。但しとりあえず半額でいい。中学生の貯金通帳を空っぽにして喜ぶほど落ちぶれちゃいない』

 俺は半分の五万・・・・いや、三万円だけ受け取った。

 残りは分割払いでいいというと、彼はまたおかしそうに笑った。

 もともと”ある時払いの催促無し”だったんだからな。


 新一君によれば、あれからどうしたものか、いじめはぱったり止んだという。


 景山はまだ夏休みにもならないというのに、他校(某有名私立大学の付属中学らしい)に転校してしまった。

 それから、実戦空手の二人は、今ではすっかり大人しくなって、殆ど悪さらしい悪さもしなくなったという。

 勿論、あのブラジリアン柔術茶帯(何でも自称だったらしい)も似たようなものだ。

 事実上のボスである景山がいなくなったのだから、虎の威を借りた悪さもやりにくくなったんだろうが。

 また、連中は俺たちとの”決闘”の一件についてはどこにも漏らさなかった。

 何しろ大切なところを潰されかかったんだからな。

 恥ずかしくて口に出すことも出来なかったんだろうよ。

 え?

 新一と鏡見麻友香かがみ・まゆかとの関係はどうなったかって?

 二人の関係は前より進んで・・・・と言うことを期待しているんだろうが、そうじゃない。

 余計な邪魔がいなくなり、二人は共通の趣味であるところの『某SFアニメ』の仲間を増やし、『アニメ同好会』を立ち上げ、その年の夏に有明の東京ビックサイトとやらで開かれる『コミックマーケット』に出店する権利を獲得し、仲間たちと集まって『同人誌』の制作に鋭意励んでいるところだという。

 同人誌と言ったって、俗に言われているところの『薄い本(エロのはいったものらしい)』ではなく、純粋なアニメ研究本だそうだ。

 つまりは彼女との関係は、

”友達以上恋人未満”というところで推移していたという。

(もっとも俺には”同人誌”だの”コミックマーケット”だのと言われても、何のことやらさっぱり分からん) 


 くどいようだが、この話は掛け値なしの大昔であるから、その後については知らない。

”それじゃすまない。ちゃんと話せ!”

うるさいねぇ。全く。


 関新一はあれから某有名大学に進学し、同時に総合格闘技道場に入門、ある格闘技団体でプロデビューを果たし、”インテリ格闘家”として名を売り、俺への探偵料ギャラの残りもきっちり支払ってくれた。

 彼はインタビューで”今の僕があるのは、中学の頃に鍛えてくれたある先生と、宮本武蔵です”などと語っていたという。(名前を出さなかっただけ有難い。自慢話のタネにはされたくないからな)

ええ?

まだ麻友香との関係を知りたい。

教えてやろうか?

いや、止めておこう。それはまた別の機会にということにしておこうじゃないか。

                             終わり

*)この物語はフィクションであり、登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。

 


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喧嘩学入門 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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