第6話 今日から俺の名は

 ウァルド・アクマーオ。それが俺の名だ。


 代々魔界を統治した王族。何事もなければ正当なる王位継承者だった。

 しかし、その立場をクーデターによって追われ、もはや本名を名乗ることもできない。

 そのため、新たな名を今日から名乗ることになった。


「セカイ・ジャスティス……帝国兵になるために来た。これが身分証明証だ。で、申込書類一式だ」


 偽名ではあるが、野望を果たすまでは俺はこの名で人間として生きることになった。


「ほ~、いきなり宣言するとは、なかなか熱いじゃないか~」

「……え? 宣言するんじゃないのか?」

「いや、気合い入れる意味では問題ないぞ? うむ、セカイ・ジャスティス……16歳、若いな」


 そして、たどり着いた帝国の宮殿の近くにある闘技場。

 そこで帝国兵の入団試験がある。

 会場の受付所では帝国兵たちが試験参加希望者たちの登録をしたりして、周囲には大勢の参加者が来てる。

 まっ、パッと見る限り、試験官の帝国兵を含めて一人残らず大したことはなさそうだな……


『へい、王子。わかってると思うけど、試験は実技とかが中心になると思うけど、くれぐれも~』

『わかってる。いきなり目立ちすぎるな、だろ?』


 そのとき、マスターの念話が飛んできた。

 そう、所詮はまだ帝国兵にもなれてねえ素人たちと、こんな試験の雑用に駆り出される兵士たちしかいない。

 この場には勇者も帝国の英雄みたいなのや将軍とかがいるわけでもねえ。

 実際俺も素人みてーなもんだが、生ぬるくはなかった魔界のアウトローたちとの抗争や修羅場を潜り抜けてきた俺には試験自体は楽勝だろう。

 とはいえ、ここで目立ちすぎると怪しまれたり、注目されて調べられたりする。

 それは面倒なことになるし、信頼ってのはコツコツ積み上げていくもんだというマスターのもっともらしいアドバイスに従い、試験には全力ではなく適当な力で受ける。


「では、セカイくんよ」

「ん? お、おお」

「君はこのまま向こうの『帝国魔法騎士団候補学校』の編入試験に向かってくれ」

「ああ、わかっ…………………ん?」


 ん? 今、何つった? 魔法騎士団……候補……学校の編入試験?


「え? あ、いや、ちょっと待ってくれ。俺は帝国兵の入団試験を受けに……」

「は? 何言ってんだ。帝国兵の入団試験は18歳からだぞ?」

「……へ?」

「18歳未満は、魔法学校で……って、え? 君、そんなことも知らずにここに来たのかい? ……でも、この試験の願書はちゃんと魔法学校編入って……」

「え? は? へ? ……え?」


 俺はそこで初めてマスターに用意してもらった試験申し込み関連の書類をジックリ見た。

 そこには確かに魔法学校って……


『だーひゃっはっはっはっは!』

『……ヲイ……』

『いや~、メンゴメンゴ、王子♪ ほら、君は魔界でも学校をサボってたし、これを機に真面目な青春を取り戻してみては? まだ男を知らねえ青い果実の少女たちとイチャイチャなラブコメとか!』


 こいつ……やりやがった……


『おい……今すぐ魔界に帰ってテメエをぶっ殺してやる!』


 ふざけるな。俺を何百歳だと思ってやがる!


『あっ、ガチギレ? いやいや、ちょっと待って! 面白そうだから黙ってたのは謝るけど、ちゃんと深い考えに基づいてなんだって!』

『ザケンナゴラオアア!!』


 なんで俺が、まだ体毛も生え揃ってなさそうなガキどもと一緒にお勉強からスタートなんだ? 

 つか、俺の年齢が16歳だった理由ってそういうことか? マスターの野郎、殺すッ!

 一体嫌がらせ以外になんの理由が……



『実は、今の代の勇者たちなんだけどさ、そいつらはこれまで旧魔王軍と激戦繰り広げてきたけど、ぶっちゃけ既にベテランからロートルの域に差し掛かって、あとは衰えるだけなんだよ~……多分ね』


『……なに?』


『正直、今の勇者たちでは、仮に王子が手を貸しても、現在支持率急上昇中で軍備強化もされているイケイケの新魔王軍には勝てない……と、俺は読んでいる』



 今の代の勇者がロートル? 俺ら魔族と違って人間どもの寿命は短いから、常に世代交代を余儀なくされていたってのは聞いたことある。

 でも、よりにもよって現在の勇者がロートルだと?


『テメエ、そんなこと一言も言わなかったじゃねえか!』

『まあまあ落ち着いて。だからさ、俺の提案として、ここは今の代の勇者たちではなく、次の世代の勇者たちに賭けるってのはどうよってこと」

『次の世代だと?』

『そう。実は今の帝国の魔法騎士団候補学校には次世代の聖なる勇者やらその血族たちが通っているという情報がある。なら、そこでそいつらと御学友になって、仲良くなっておけば、将来的に役に立つんじゃね?」

『ぬっ……ぬぅ……』

『卒業は二年後……まあ、計画の仕込みやら準備期間と考えれば悪くないんじゃない?』


 正直、気は進まねえ。どう考えてもマスターが面白がっているようにしか考えられねえからだ。

 だが一方で、マスターの言葉に一理あるというところがタチ悪い。

 今の代の勇者たちがロートルであり、俺が加勢したぐらいで今の魔王軍を倒せないというのなら、次の世代に……確かに悪くはねえ……


『しかし……しかし……俺がお勉強からスタートってのは……あ~、しかしあのクソ大将軍とクソビッチ共をブチ殺すには……あ~……くそ……』


 結局、俺はマスターの思惑に乗るしかなかった……本当に今更ながら、マスターを駒にしようとしたのは失敗だったかもしれねーな……


「では、これより魔法騎士団候補学校の編入試験を行う! 受験生はこちらへ。試験内容は実技と筆記。まず実技の方だが、我ら五人の試験官を相手にその実力を見せてもらおう」


 そして、早速始まる試験。

 編入試験に集まっている連中は案の定、若い。まぁ、今の俺の容姿もこれぐらいに見えるのかもしれねーけど……20人ぐらい居る。



「今からこの闘技場内で我ら4人の試験官が逃げ回る。試験官一人一人にこのナイフを持たせている。君等は一斉に我らに襲い掛かり、その上でこのナイフを奪ったものが試験合格とする。つまり、合格者は最大で4名!」


「……ほう」


「「「「「ッ!!??」」」」」



 試験官……少し若めの帝国兵が提示する試験は……ようするに早い者勝ちか。

 しかし、素人が帝国兵相手にするには結構難しいんじゃねえか? ま、俺は楽勝だけど。



『あ~、なるほど……これが急増でチームワークを取れるかどうかの……うん、よし! 王子! 目立つなとは言ったけど、この試験をパスしないと先には進めない! 容赦なく帝国兵からナイフ……ぷぷぷ、奪っちゃえ!』


『当たり前だ』



 とにかく、合格しなきゃ話にならねぇ。だから軽くパスしてやる。

 なんか、やけにマスターが笑いを堪えているような気もするが……


「なぁ、君」

「……ん?」

「君はこの試験の目的は分かるかい?」


 そのとき、やけに爽やかな顔したガキが俺に慣れ慣れしく話しかけてきた。

 

「いいかい? この試験は4人しか合格できないなんて言ってるけど、本当は皆で協力し合って――――」

「目的? んなもん、早い者勝ちってことだろ!」

「あっ、ちょ!?」


 そして、試験開始の合図とともに俺は走った。



 で、その数分後……どうやら俺はまた騙されて、ちょっと間違えてしまったことに気づいた。








――あとがき――


本作、第六回カクヨムコン参加しております。

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