第5話 ヒロイン? ビッチに用はない

 まずは、あまり目立たないようにして、サラッと人間たちに溶け込むこと。


 人間のにおい成分やら身体変化も伴う強力な秘薬をマスターからもらった。

 どうやら、スパイだとかそういうものは人間たちも警戒するようで、半端な変装技術では見破られる可能性もあるが、裏社会で暗躍する者たちは表には出回らないマジックアイテムやらクスリやらがあり、将来的なツケとして今回提供してもらった。


「角も無ければ尖った耳もねぇ……なんか、本当に生まれ変わっちまったみてーだな」


 これなら人間にしか見えねぇし、俺と深く関わりのあった奴ら以外は俺のことを気付かねえだろう。

 そんな、見た目から人間になりきった俺はついに地上の人間世界に足を踏み入れ、復讐のための準備に入ることとなった。


「さて、マスターの話だと……勇者たちと関わるなら世界最大の大国……『ラージェスト帝国』……ここで現在、帝国兵の募集をしているんだったな……」


 魔界と地上世界という違いはあるし、俺が入り浸っていた悪所なんかとは比べ物にならねぇほどの大都会。魔王都市並だ。

 デカい街、行きかう人間たちの数、雑音。

 そして、帝都入り口から続く舗装されたバカでかい通りの最奥に見えるのは、ここからでもその形や大きさがよく分かる宮殿。


『そうそう。丁度今日、試験をやっているって情報だよ』

『ほう……』

『渡した偽造身分証明書は持ってるよね?』

『おお』


 頭の中に響くマスターの声。

 マスターは魔界で水晶を使った千里眼魔法で俺の視界を共有し、更にテレパシーで繋がっている。

 正直、四六時中監視されていたり、頭の中であのクズの声が響くのは鬱陶しいのだが、リアルタイムでアドバイスを貰ったりするのなら、この方が都合がいい。

 特に俺のようにまだ地上世界に慣れていないならな……


『あっ、その場で一回止まって』

『ん?』

『交差点に差し掛かったでしょ? そこ、左右から馬車が来たりするから、ちゃんと左右の安全を確認してから進まないと、捕まっちゃうんだよ?』

『はぁ? なんでたかが馬車で……』


 と、このように知らずに何か誤ったことや非常識なことをしてしまわないとうに、物知りなマスターにはちょっとずつ教えてもらわないといけねぇ。


『では、声に出して!』

『え、こ、声に? なんで?』

『捕まりたいの?』

『うっ……』

『はい、では声を大きくして、右見て! 左見て! さん、はいっ!』

「み……右見て! 左見て!」

『また右見て、よし!』

「ま、ま、また右見て、よし!」

『さぁ、そこで手をピシッと上げる! はい、と大きな声で!』

「くっ、う、はいっ!」

『そして、歌う!』

「う、うたァ!?」


 ま、まぢか!? こんなクソ恥ずかしいことをワザワザ人間たちはやるのか、いや、本当に恥ずかしいんだけ……


『バレたいのかい?』

「ぐっ……」


 これが異なる世界の文化? 軽いカルチャーショックってやつだ。

 でも、ここは復讐のためにぐっとこらえて……



『さんはい! にっこにっこあるいて、ぴょんぴょんぴょん♪ おっしりふりふりぽよよんよーん♪』


「ぐぬ、ぬぐ、おぉ、に……にっこにっこあるいて、ぴょんぴょんぴょん♪ おっしりふりふりぽよよんよーん♪」



 くそ、死ぬ! 恥ずか死ぬ!

 恥辱!

 おのれ、人間どもはこんなクソみたいな文化を……


「ぷっ……何アレ……」

「うわ……」

「だっさ」


 ……ん?



『ぷっ、くくく、だーひゃっはっはっは! 本当にやったよこのバカ王子! あ~、早速面白いもの見せてもらいました!』


「ぶ、ぶっ殺すぞテメエ、騙しやがったな!!」


『いやいや心外だよ~、そっちの世界でも5~6歳ぐらいの子たちは、ちゃんとそうやって渡りなさいって教えられているはずだよ~♪ あれ? 歌は歌わなくて良かったっけ? だひゃひゃひゃひゃ!』



 しまった……俺としたことが……マスターがどういう奴なのかをすっかり忘れてた。

 何でもかんでも口にした言葉を鵜呑みにしていい相手じゃなかった。


 

「ぷっ、ね、ねぇ、見て見て、二人共! あの人、ちょっと怖い顔してるな~って思ったけど、かわい~!」


「ち、地方から出てこられた方なのでしょうか……? いえ、ああやってマナーやルールを守るのはいくつになっても大切なことです。ええ、正しいこと……です」


「何アレ? ばっかみたい……恥ずかしい人」



 っていうか、目立たないようにサラッと溶け込むって決めてたのに、いきなり注目集めてんじゃねえかよ。

 あ~、恥ずかしい。

 しかも、人間のガキたちにまで笑われてるよ。


「…………ぐぬっ……」

「「「あっ……」」」


 そして、目が合っちまった。

 三人組の人間の女。

 人間の年齢感はよく分からねえが、ちょっと幼い……魔法学校の生徒ってところか?

 そして、笑ったり、苦笑したり、呆れたような顔をしていたところで俺と目が合ったことで、三人がちょっと焦った顔をしている。


「あ、えっと、あははは~、こんにちは~」

「あ、あの、その、すみません! この子が笑ってしまって。この子も悪気があったわけではないのです、その……」

「ふん」


 ただ、謝ったのは一人だけ。

 最初に俺を笑ったオレンジのいかにも天真爛漫って感じの女は笑って誤魔化そうとし、唯一謝った長い青髪の凛とした感じのお硬そうな女は左右の女の頭を掴んで無理やり下げさせ、ピンクの髪したツンとしたツリ目の女はそっぽ向きやがった。

 しかし……


「…………うるせえ、笑うなビッチ共」

「ほへ?」

「……はい?」

「……は?」


 どんな容姿で、どんな性格や態度が見られたとしても、魔族も人間もこの世に存在する女は全員尻軽ビッチだ。

 関わるだけでイライラする。



「ちょ、え? び、ビッチって……わ、私たちのこと? え!? なんで? え、私たちってビッチだったの!? どうしよう、『アネストちゃん』、『ディーちゃん』! でも、ビッチってモテるかな? 彼氏とかできちゃったり……えへへへへ~、照れちゃうねぇ~」


「ちょ、落ち着きなさい、そんなわけないでしょう、『シャイニ』! って、そこのあなた、何てことを言うのです! 先に笑ったこちらに罪はありますが、女性に向かってそんな言葉はあんまりです! 私はそういう性的興味は同年代の子たちとそれほど大差ない程度にしか持ち合わせていません!」


「そうよ、誰がビッチよ! 私はまだそんな経験な……って、とにかく、ふざけないで! 謝んなさいよ! パパに言いつけるわよ?」



 う~わ……やだやだ……どうせこいつらもイケメン勇者とか英雄とかに頭でも撫でられたらコロッと惚れるようなクソビッチだろうに……



「ふん、経験ないだけで将来的に女なんて全員ビッチになるんだよ。ビッチが伝染る。あっち行ってろ」


「「「ッッ!!??」」」



 そうだ。「あいつら」と同じだ。

 経験ない純情ぶっていようとも、ひとたび純潔散らして大人の階段上れば、そっからは淫乱雌豚の本性さらけ出して……



――あなた……どうぞ……



 そう、あいつと……あいつらと同じだ。


「それとも何か? 経験ない純情ですとかほざくなら、今すぐ三人とも俺が経験させて本当のビッチにでもしてやろうか?」


 もう、恋だの愛だのもこりごりだ。

 いつもならこんなガキ相手にムキになることもないんだが、どうもイラついちまった。

 傍まで近づいて、顔を近づけて脅してやった。

 しかし……



「うぇっ!? あの、それって……つまり……えぇ、私たちとエッチぃことしてロストヴァージンしてくれるということですか!?」


「……え?」


「「シャ、シャイニ!?」」



 急に茶髪の女が目を輝かせて手を挙げた。

 大声で。

 その興奮した声に、通りすがりの人間どもも急に立ち止まって振り返りやがった。


「うおぉぉ、ど、どうするよぉ二人ともぉ!? わ、私、男の子にエッチしたいとか言われたの初めてだよぉ! いや、彼氏欲しいなぁとか、16で経験ないのどうかなぁとか話し合ったりしたけどさぁ、こんな急に!? いや、もちろん勉強はしているけども……三人同時って……初体験が乱……ランボーだっけ!? じゅ、順番どうする!? いや、それ以前に今日……どんなパンツ穿いてたっけ!?」


 いやいやいやいやいやいやいやいや!?

 このガキ何を言って、しかも何をやってんだ!?

 顔を真っ赤にして興奮しながら照れて、その場で自分の膝上くらいしかない短い制服のスカートをたくし上げて、パンツ確認……いや、丸見えだぞ……オレンジ……



「しゃ、シャイニ!? 何をしているのですか! 下着丸見えです! 今すぐやめなさい!」


「どうしよぉ、アネストちゃん! 今日穿いてるの、アネストちゃんと一緒に背伸びして買った、セクシーボンバーなアレじゃないよぉ!」


「それをおやめなさい! って、サラリと人を巻き込まないでください!」


「だって、アネストちゃんだって分かるでしょ!? モテない私に、まさかのナンパだよ!? これ、いくっきゃなくない!? アネストちゃんだって経験ないけど興味津々でしょ?! 私のお父さんがベッドの下に隠し持っていた、人妻モノの本とか新婚裸エプロン大全とか――――」


「シャイニッ!? 黙りなさい! た、確かに少々興味持ちましたが、それは我々の年齢では当然の感覚であって、私はそこまで―――」


「いやいや、案外クソ真面目なアネストちゃんこそ、彼氏とかできたらその反動で一番エッチくなるんじゃ……」


「なりません!」



 なんか……純情とかビッチとか以前に関わらない方が良かった奴らだった……



「に、にんげ……都会の女ってこんなのなのか? 流石の俺でも……引くわぁ……」


「ちょ、待ちなさいよ! こ、この娘たちはちょっと特別かもだけど……少なくとも、私はシャイニとかムッツリなアネストと違ってビッチじゃないんだから!」


「いや、どうでもいいや。とにかく俺、行きます。さようなら……」


「あ、ま、待ちなさいよ!」



 とにかく、こんな奴らにいつまでも関わってられるか。

 っていうか、関わったらダメだ。

 俺はちょっと逃げるように立ち去ってしまった。

 兵士でもなさそうなガキなんかどうでもいいしな。

 さっさと『試験』を受けて、まずは帝国兵にならねーとな。


「って、待ってよぉ!」


 って、まだあのオレンジ頭は追いかけ……ん!?


「とぉ!」

「……なに?」


 追いかけてきながら、側転、バク転、そしてそこから伸身の宙返りで俺の頭を飛び越えて、オレンジ頭は俺の前に回り込んだ。


「さ、さぁ、お兄さん、えっと……ど、どうすんのさぁ!?」

「いや、どうするって……」


 こいつ変な奴だが、身軽でいい身体能力じゃねぇか。

 丸見えだったパンツよりも、そっちの方に目を奪われるほど。

 まだまだ粗削りだけどな……



「シャイニ、そうではなくて……とにかくそこのあなた! 私たちは謝りましたので、あなたは……いえ、シャイニとディーは謝罪してませんでしたね……とにかく、私たちを侮辱したことを謝罪してください! そして私たちも改めて謝罪しますので!」


「そうよ、それとも後悔させてあげようかしら?」


「へぇ……」



 それに、左右からちょっと真剣な表情で挟んでくるこの二人もなかなか……だけど……



「言っておくが、ベッドの上よりコッチの方が俺も得意なんでな」


「「「ッッ!?」」」



 俺の敵じゃない。


「え、消え……え?」

「……ッ、いつの間に!?」

「……こ、こいつ! 何者?」


 案の定、三人の包囲の外に俺がちょっとスピード出して抜けたら、三人ともまるで反応できず、見えてすらいなかったようだ。

 だが、今のでさっきまでとは打って変わり、三人は俺に対して最大限の警戒心を見せて臨戦態勢に入って身構えている。

 へぇ、魔界の魔法学校の連中より良いモノ持ってそうだな。

 こいつらも数年ガチで鍛えればそこそこ……



「まっ、もっと経験積んでから絡んで来いよ。そんとき俺のトラウマが少し解消できてたら、喧嘩でもベッドでも相手をしてやるからよ」



 とはいえ、今は魔王軍への復讐には使い物にならねぇだろうから、それまでにして俺は身構えるも動き出せない三人を後に、その場から移動した。






――あとがき――


本作、第六回カクヨムコン参加しております。

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