第13話 猫を探す男

 その来客、つまり仕事の依頼主は、

 予約した時間であった午前9時ぴったりにやって来た。


「私の可愛いマリモちゃんがいなくなってしまったの」


 依頼主は中年の男性であった。

 女性のような話し方をする男だなと神崎は思った。


「マリモちゃんがいなくなってしまったんですね。

 ところで、マリモちゃんというのは?」

「マリモちゃんは、私の可愛い猫ちゃんですの」

「猫ちゃんですか。

 愛する猫ちゃんが行方不明とは、心中お察しいたします」

「そうなんですの。

 マリモちゃんがいなくなってから、夜も眠れなくて……」


 依頼主の中年の男性はおよおよと泣き始めた。


「泣かないでください。

 私が必ずマリモちゃんを見つけてさしあげますから」

「マリモより、神崎太郎をなんとかしろ!」

「マリモちゃんの写真か何かはありますか?」


 神崎太郎のことを言っているのは、もちろんスライムである。

 スライムは、依頼主の中年の男性には見えないし、声も聞こえない。


「ええ」と言って、中年の男性は数枚の写真を神崎に渡した。

「マリモより神崎太郎だ!」

「うるせえ! 黙れ!」


 スライムがうるさいので、神崎は思わず怒ってしまった。


「え? 私なにか?」


 依頼主はびっくりしている。


「あ、何でもないです。独り言です」

「独り言? 独り言にしては……

 まあ、いいですわ。マリモちゃんのことよろしくお願いします」


 そう言って、依頼主の中年の男性は帰っていった。


 依頼主の名前は、山田豪というものであったが、神崎は名前を覚えるのが苦手だ。

 そのため、神崎は『探偵ノート』に依頼主:山田豪と書き、

 その横に「マリモを探す男」と追記した。

 『探偵ノート』とは、神崎の仕事用のノートである。

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