一章 海の姫 その6

「我が友、スーア。返事をしておくれ。」

「え?」

 スーアは気がついたら、上も下も底が見えない透明な果てしなく続く海の真ん中にいた。しばらくすると、海老の人魚の目の前にデボレが現れた。

「デボレ様! ……ここは一体?」

「ごめんなさい。あなたはどうせ避けると思ったから、勝手ながら夢の中に入らせてもらった。本当に久しぶりね。」

 デボレはそう言うと、優しく微笑んだ。

「随分と歳を重ねたのね。」

「デボレ様とは役割と体質が違う故…。」

 スーアはもじもじしながら答えると、デボレは話を続けた。

「あなたの魔法の腕なら若返りの薬くらい簡単に作れるんじゃ…」

「作ったことはありんす。しかしあっしには必要ないと思ったので捨てやした。」

 スーアは誇らしげに答えたので、デボレはまた優しく微笑んだ。

「そう…それがあなただったわね。本題に入るわ。……タオ子に逢ったの。」

 これをデボレの口から聞いた瞬間、スーアの瞳に火が灯った。

「贅沢な暮らしに目が眩んで、子を見捨てる女なんざロクな死に方をしやせん! 見返りは求めちゃいないが、恩を仇で返すなんて言葉はあのタコ女にとっても合いやすよ! あっしは嫌いでありんす!」

 怒りを解放したスーアをデボレはまあまあとなだめながら、話を続ける。

「タオ子と話し合ったの。あなたの意見が聞きたいの…。」

 デボレは真っ直ぐな眼差しをスーアに向けた。

「あの子は、ルシアは……メリゴールの運命を握るのかもしれない。海の上で彼女の叫びを聞いた時、何かを感じたの? そして彼女の母、タオ子との城中での出会いで確信へと変わった。……」

 デボレは本題を語り、スーアは意見を言った。またたくさんの思い出話もしたのだった。やがて夜明け前になり、デボレは夢の世界を後にすることを決めた。

「じゃあ…あなたは賛成でいいのかしら?」

「ルシアの出産ははあっしが手伝いやした。それから10年あの子の成長を側で見て、育てやした。愛着はもちろんありやす。」

 スーアは堂々と宣言すると、デボレは少し驚いた。

「まあ! ツンツンなスーちゃんが随分素直ね。中途半端に新鮮!」

「露骨! 姫は露骨の塊! ……しかし、大いなる計画には勝てません。委ねましょう。」

 気がつくとスーアは目を開けていた。老人魚は起き上がると、ルシアを起こすために軽く彼女の体を揺らした。

「ルシア起きるんだ!」

「むにゃむにゃ、ふわふわ。…あっ、スーアママ。おはよう。」

「荷物をまとめて、おめかししな。」

 突然のスーアの指示にルシアはキョトンとした。

「え? お出かけ?」

「お出かけじゃなくてお引っ越しだよ。お前だけだがね。会話は作業をしながらしな。」

 スーアはそう言うと、ルシアは指示通りに動いた。

「引っ越すって、どこに? スーアママは行かないの?」

「あっしは身分違いな場所だ。だがお前は違う。何故なら…」

 スーアは大きくため息をついた。

「お前は神々の血を受け継いでいる。お前はユニオン・パール5代目国王―トリポセ・シーキングの娘なのだ。」

 この言葉に、ルシアはつい固まってしまった。

「パ、パパと私をお腹に入れていたママは海獅子に食べられたんじゃ? ……スーアママそう言ってたじゃ…」

「お前を守るための嘘さ。二人とも生きている。白鯨城に住んでいるんだ。お前も今日から住むんだ。…ルシア?」

 真実を語るスーアは肩を落とすルシアに気づいてしまった。

「私は……捨てられたの? 私は生まれてくるべきじゃなかったの…?」

「バカなこと言うんじゃないよ! 無意味な命なんてありゃしないよ!」

 デボレはそう言うと、両手をルシアの両肩に置いた。

「だがなんの運命か、お前の母はお前が城に来ることを望んでいる。デボレ様もそうじゃ。」

「デボレ様も?」

 そうルシアは問うと、デボレは深く一回頷いた。

「今日からお前は正式に海の姫になるんだ。」

「その通りよ。」

 急に二人の前に現れたデボレが反応した。

「「ぎゃああああ!」」

 当然驚く二人。すぐにスーアは口を開けた。

「デボレ様―! 瞬間移動の注意をあっしは昔何度も言いましたよね⁉︎」

 叫ぶスーアにデボレはんん〜っと言いながら首を傾げた。

「そんなことスーちゃん言ってた、あっ。」

「今思い出したんっすか⁉︎ 全くあなたって方は…。」

 スーアは半分お構いなしにデボレはルシアと笑顔で顔を合わせた。

「大人の都合で申し訳ないけど、あなたは今日から姫として認知されるの。私とあなたは実母は違えど姉妹ということね。だけどあなたにもどこに住むか決める権利があるわ。」

 デボレは手を差し伸べた。

「ここで今までのように暮らす? それとも姫らしく城に暮らす?」

 この問いに、ルシアは少し考えてから応答した。

「……私が姫として城にいたら、国の人々の暮らしをより豊かにできますか?」

 この問いにデボレは歓喜した。

(自分が贅沢できることより、自分の地位でどう役に立てるかを考えるなんて……純で素敵な光の子。)

「もちろんできるわ。一緒に国を良くしましょう。そして海と全てをつなげましょう。」

 デボレは笑顔で言うと、ルシアはスーアの方を向いた。

「スーアママ、今まで私を育てて下さって誠にありがとうございます。この御恩は一生忘れません。あなたからもらった優しさを他の人にも分け与えるべく、姫になることをお許しください。」

 ルシアは頭を下げると、スーアはしばらく黙り込んでから返事をした。

「あっしはもうお前を国に委ねる覚悟を決めた。行きな。いや、行ってくだされルシア姫。」

 やがて大きな水色の貝殻でできた海馬車を引いた桃イルカが二頭やってきた。二人の王女海馬車に乗ると出発して、ルシアは後ろを振り向くと今までお世話になったスーアと住んでいた建物は豆粒の大きさになるくらい遠くなってしまった。やがて海馬車は白い壁が双方に並ぶ大きな金色の門に辿り着いた。白鯨城の城下町への入り口である。デボレは少し悲しそうな顔をしていた。

「別に私達人魚は上を泳いで通れるし、小さな門なら幾つもあるんだけどな〜。前の冒険に旅立つ前はこんな砦なんかなかったんだけどな〜。」

「え、でもデボレ様。あっ、じゃなかった。お姉さま。国を守るために必要だって警備隊の兵士が言っていたよ。」

 ルシアはお構いなしに自分の知識を明かすと、デボレは内心傷ついていた。

(この国はいつから子供まで騙すようになったの?)

「ルシアはこの砦は誰が誰から守るために作られたと思う?」

 デボレの質問にルシアはついポカーンっとしてしまったが、金の門が開いたのでどうでもよくなった。多くの人魚や魚人が歓喜と共に待ち構えていた。

「新たな姫の誕生に万歳!」

「デボレ様…相変わらずお美しい!」

「姫もなんて可愛らしいんだ!」

「国が変わるぞお!」

 白鯨城は門のまだ先にあるにも関わらず多くの者が歓迎した。二人は手を振りながらルシアは心の中で思うことがあった。

(すごい、これだけの人達が私が姫になることを願っていたの? この方々のためにも頑張らなくちゃ。)

 やがて白鯨城の前の大広間の長方形の台の横にに海馬車は辿り着いた。トリポセとタオ子が待ち構えていた。

「え?……ママなの?」

 ルシアはタオ子の下半身を見て思わず反応した。自分より大きなタコの人魚は笑顔で答えた。

「ママだよ。」

「ママなのー⁉︎」

「ママだよー!」

「ママなんだー!」

「ママなのだー!」

「私…娘?」

「私と王様の娘よ。」

「もうくどい! ワイは早く済ませたい!」

 途中でトリポセが割り込んで、手を叩いた。すると、使用人らしき人魚が茶色い箱を持ってきた。デボレは箱を開けると中には紫色の宝玉が真ん中にある小さな王冠があった。ルシアはそれに気づくと海馬車の中でデボレと打ち合わせした通りしゃがんで目を閉じた。

「海の宝、ルシア! 海の意思と波の念により、あなたを王女とします!」

 デボレはそう言いながら優しくルシアの頭に王冠をのせた。ルシアは起き上がると観客を見て、深くお辞儀をした。デボレは習わしを続けた。

「天はあなた方に新たな王女をお与えになった! ルシア・シーキング万歳!」

『ルシア・シーキング万歳!』

 称賛と共に多くの拍手が場を包んだ。

 こうしてルシアはユニオン・パール中に王女として認知されることとなった。

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ルシア 〜Phantom Rising〜 宇宙の帝王 @sexyprince8

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