惜別

 ロクサーヌから博士が息を引き取ったと連絡が来た。

 彼の遺言で死に際は報せるなとのことらしく、ロクサーヌはそれを守り連絡を寄越さなかった。彼の本音としては、最期まで彼女と二人だけでいたかったのだろう。彼が最期に発した言葉は、彼女の記憶だけに残されている。その彼女に見守られながら、彼にとってこの上なく穏やかに迎えられた最期だったと思う。

 彼の行跡は世に知られることはないかもしれないが、機械人間の修理師なら誰もが彼に敬意を表する。引退し、遁世して彼の存在が忘れられても、彼の意志を引き継ぐ者たちがいることは否定できない。

 博士の邸宅を訪れると、トーク帽を被り黒い服を纏ったロクサーヌが出迎えてくれた。

 弔問に訪れたのはミイロとエイルの二人だけ。

 彼女に一階のリヴィングへと通された。部屋には祭壇が用意されており、少し幅のある棺の中で、博士は修理師をしていた頃の姿となっていた。その周りにはここの庭で育った花々で飾られている。総てロクサーヌが準備し整えたのであろう。

 三人だけのしめやかな葬儀。

 導く者さえいない。

 それは彼が望んだこと。


 葬儀を終え、ミイロはロクサーヌに訊ねていた。

「今後のことだけど、博士から君を初期化してくれと頼まれている」

「はい、承知しております」

 トーク帽のレースから覗かせた顔。

「君を想って博士はそう言ったんだと思う。けれど、それは本意じゃない。機械人間の記憶を簡単に初期化してしまうことに、悩んでいたくらいだから。それでも博士は、君がどう思っているのか、訊こうとしなかった――否、君がどう行動するのか分かってて訊かなかったんだ。ここのことは気にしなくていい、君はどうしたい?」

「博士様としばらくこの家にいたいと思います」

「いつでもウチに来ていいんだよ」

「ありがとうございます。わたくし(機械人間)が想い出に縋ることは可笑しいことなのでしょうが、可能な限り一緒にいたいのです。その時までわがままを言ってもよろしいですか?」

 彼女なりにケジメをつけたいのだろう、とミイロは思った。

「構わないよ。この家は僕に譲渡されたことになっている。それに君の所有権も一応、僕だ。困ったことがあったら連絡を寄越してくれればいいし、君がウチで暮らすことになっても、この家は君の自由にしていい。ただ、博士の言っていたことも君は選択できる」

「はい」

 ロクサーヌは笑って答えた。

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