機械人間の修理師

黒穴劇場

  ある日

 一台のヴィークルが静かに止まり着地した。両側のドアが迫り上がると、中から若い男女が降り、久しぶりに訪れた邸宅を眺めた。男は顔を女に向けて何かを言うと、女はそれを受けて肯いた。ヴィークルのドアが閉まり、二人は綺麗に手入れのされた花壇が道程を彩る中を歩いた。

 玄関前に着き、男は訪問を報せた。

 しばらくして玄関が開き、

「お待ちしておりましたミイロ様、エイル様」

 綺麗なお辞儀をしながら彼らを迎え出たのは、この邸宅のハウスキーパーだった。彼女はわざわざクラシカルなピナフォアを着て出迎えていた。

 ミイロと呼ばれた若い男は、彼女に挨拶をした。

「久しぶりだねロクサーヌ」

「お久しゅうございます」

 笑顔で答える。

「博士の体調はどう?」

 だが、その問いに彼女の顔が翳り、

「博士様は――」

 と、言葉を飲み込んだ。

 ロクサーヌから、博士が会いたいと言っていると連絡が入り、二人は駆けつけた。普段そんなことを言わない博士が、そう言ってきたのだ。

「……そう。会えるかい?」

「二階の寝室で休んで居られますが、今日は幾分お身体の調子もよろしいようです」

 ロクサーヌは無理に微笑んでいた。

 そうであることは薄々解っていたが、そんなはずはない、とどこかで思っていた。だが、ロクサーヌの顔の翳りが意味するものが、逃れられない現実であることを明示させていた。

 二人はロクサーヌに先導されて二階に上がり、博士のいる寝室へと通される。

 部屋の窓が開かれ、時折微風が注ぎ込み、暗澹とした部屋の空気を濯いでいるようだ。それでも現実を明視させているように、ベッドの傍らには生体情報モニタが置かれていた。そして、ベッドで臥す老父の姿。

 二人が部屋の入り口で待っていると、ロクサーヌが博士の側に行き、二人が来たことをそっと伝えた。すると彼は、彼女にベッドを起こすよう頼む。ベッドの上部が背上げされ、彼女は起き上がる彼の身体を支えつつ、背中や脇をクッションで据え、身体を固定させる。

「こちらへどうぞ」

 ベッドの側に用意されたイス。

 彼女の誘いに部屋の奥へと進み、二人はイスに腰掛け博士を見つめた。

 以前会ったときよりも痩せ細り、

「よく来てくれた」

 快活だった声は損なわれていた。

「ご無沙汰してしまい‥‥申し訳ありません」

 ミイロは言葉を詰まらせながら、自分の無音を詫びる。

「お前たちが修理師として、必要とされている所以であろう」

 と、博士は詫びを否定した。

 そして、二人の仕事の近況を聞きたがり、二人が話すと力なく微笑み、小さく肯いていた。

 そんな彼をロクサーヌは心配し、ベッド脇に立ったまま離れようとはしなかった。

 すると博士は彼女に、

「ちょうどいい機会だ、診て貰いなさい」

 と、促す。

「一緒に行って準備を頼む」

 ミイロはエイルに彼女と先に行くように言う。

 二人が部屋から出て行く姿を見届けた博士は、

「こんなザマでは診てやれんのでな。まぁ、さほど酷いこともなかろう。お前たちが来ると分かって、普段は着ないエプロンドレスなど着てめかしこんだようだが」

 と、微笑む。

「……」

 博士が自分たちを呼び付け、側を離れようとしない彼女を下がらせたのは――。

「長い年月を彼女と二人で過ごしてきた……」

 博士は蕩々と話し始めた。

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