実在しているのか、それとも幻か。いや、そんなことはどうでもいい。

春からずっと空いたままの席。不登校の生徒の席なのだろうか。
机の上には一冊の本が置いてあり、挟まれた栞はなぜか物語の終わりに向かって移動している。

机に置かれた本は、ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』。
ロビンソンという名はどんな困難も切り開き、誰も触れることのできないほど遠くの世界へ行ける旅人達の名前。
姿を見せない生徒は、いつしかロビンソンと呼ばれるようになった。

学校で合唱コンクールが開催されることになる。
しかしいつまでたっても指揮者が決まらない。
とうとう「ロビンソンにやってもらう」ことに決まった。
一度も登校してこない生徒だというのに。

そして、合唱コンクール本番当日……。その場にいた者の見たものとは。


ロビンソンは実在しているのか(物理的に栞は動いている)(放課後にロビンソンを見たという証言まで飛び出す)。
それとも幻なのか。思春期の子供たちが見ることがある集団幻覚とでも?

いや。そんなことはいいのだ。
ロビンソンは、学校という枠のなかに縛られている子供たちの、一種の憧れなのだから。
願望が具現化してもいい。息苦しさを解放する瞬間はあっていい。
幻がこころを救うことがあってもいい。
ロビンソンが運んできた春の風は、間違いなく彼らを癒したのだから。