クラッシャーズ

こじこじん

第1話 「再起」

─20XX年9月半ば、ここは神奈川県鎌倉市。

この静かな街で、、、と書き始めたい所だが、残念ながら鎌倉は静かな街ではない。

物静かで趣のある場所だと思われがちだが

鎌倉は毎日観光客で賑わい、声のうるさい中国人観光客や海岸にいる美女を目的にやってくる男共でごった返している。

まあそれは置いておいて、、、

意外にもうるさい鎌倉のとある一軒家から物語は始まる。


時刻は19時05分。一般的には机の上に美味しそうな夕食が並べられ、外にいる人々はその匂いを嗅ぎ家に帰りたくなる時頃だ。

『紅義』。と玄関の表札にかかれたこの家も丁度夕飯時であった。

言い忘れていたが、これは『あかぎ』と読む。大昔の武将にいそうな名前だが、先祖は代々農家らしい。


だいぶ話はそれてしまったが、ここ紅義家のリビングには約40インチのテレビがあり、

テレビにはこんな特番が流れていた。


『プロ野球史上初!女性プロ誕生秘話!

新人王候補 紅義朱莉、躍動の秘密!?』


ソファにどっぷりと座りながら、

これを羨むようにテレビを見ている人物が2人居た。


1人の名は紅義條(あかぎ じょー)。

友人達からは『ジョー』と呼ばれている。

今年5月で17歳を迎えた高校二年生である。

そして一応この物語主人公だ。

しかし主人公と思えないほどパッとしない背丈で身長は172cmと平均的である。

そしてわりかし高い鼻をしているが全体的に普通の顔。高校生っぽい髪型。左耳にはピアス。The普通である。

なにより非常に優れた身体能力を持っているにも関わらず、特に何のスポーツもしない。というか動きたくない。ずっと家に籠ってたい。

いわゆるインドア系引きこもり男子だ。


「やっぱジョーの姉ちゃんすげぇなぁ。

中学生まで一緒に練習してたとは思えないよ....」

少しため息を吐きながら言葉を発した大柄な人物。

尾張暁斗(おわり あきと)。友人達からは

『アッキー』と呼ばれている。

先程「大柄な人物」と表したが、「大柄な人物」という表現では物足りないぐらいの身長であり、現在高校2年生にして190cmという超大柄なのである。

水泳部に入っているため全身が筋肉に覆われ、

濃い顔、そして刈り上げツーブロックの髪型。

まさしく怖がられる様な風体をしている。

が、しかし。

彼は超臆病者であり繊細なのである。

水泳でインターハイに出場できるほどの実力を持ちながら持ち前の臆病を発揮し、

緊張のあまり大会で全く結果を残せなかった。

それがトラウマとなり、現在は幽霊部員として、帰宅部の條と一緒にダラダラとすごしている。


「姉ちゃんは怪物だからなあ。まず素材が違うべよ。」

とソファの肘掛に頬杖をつきながらふてぶてしく話す條。

「ジョーも凄いじゃんかよ。この前体育祭で陸上部エースの田島さんにリレーで勝ってたじゃん!身体能力テストもほぼ全部TOP5に入ってるし!」

心優しき巨人はすぐフォローを入れる、

だが、

「ウチの高校のしょぼエースに勝っても、プロ野球では活躍できないだろ??俺の勝ちは全部意味の無い勝ちなんだよ。」

と性悪條に切り返されてしまい更にため息が止まらない暁斗であった。

そのため息を遮るようにテレビの中のナレーションは甲高い声で、條の姉である紅義朱莉について語り始めた。


『別府タイガース 背番号1 紅義朱莉選手。

現在23歳。プロ1年目。

身長184cmの大型ショート!!』


「いやなんで姉ちゃんの方が10cm以上デカいんだよぉ!!」

「ジョーもそのうち伸びるだろうからさ!

とりあえず落ち着いて!」


『そしてこの整った顔と8頭身のスタイル!』


「顔もスタイルも野球に関係ねえだろ!!」

「お、落ち着いてよ....」


『このミスパーフェクトの紅義選手は

現在打率0.318、18本塁打、21盗塁

の大活躍で広島ウルフズの森本投手と

熱い新人王争いを広げております!』


「凄いなあ」

「ああ、すげえよ。すげえ腹立ってきた。」

「だからっ、1回落ち着いて!」

何故こんなにも條が腹を立て

そして暁斗が憂鬱そうにしているか、

その理由を知るにはまず今から約10年前に戻らなければならない。


当時、中学校に入学したての條の姉こと紅義朱莉は絶望していた。

何故なら中学の野球に

「女子は入部できない」

と入部拒否をされたのであった。

他にも硬式野球の中学生チームを当ったがどこも入団拒否。

人生で初めて『男女の壁』にぶち当たった。

小学生までチームのエースとして、

幼少時代から圧倒的な才能とセンスでピッチャーでありショートであり4番という花形中の花形の人生を送ってきた朱莉にとっては野球を失うのは絶望的であった。

しかし朱莉は諦めなかった。

まずとった行動は自分の家に遊びに来ている小学生の弟とその友達達を半強制的に練習相手にしようとた。

その次にとった行動はその練習相手の厳選である。

「おい。お前ら。」

「なんだよ、姉ちゃんどうしたの?」

「野球の練習相手になれ。」

「や、やだよ....」と一同。

「んじゃあ、お前らが公園の隅で見てたエッチな本の事お母さんにバラすぞ。」

「え!?は!?嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

「じゃあ、條を抜いて他に7人連れてこい。」

「7人....わかった」

「身体能力が高いやつ2人と、

デカイやつ2人、

小学生野球チームから3人な。」

「注文多いいな...」

「あ?」

「すぐ連れてきます!」

こうして半分脅迫紛いのお願いにより、無事練習相手を手にする事ができたのであった。


そして、地獄の練習が始まる。

朱莉は殆ど休まず毎日練習をする。

その為みんなが日替わりで練習相手にさせられる。

朱莉の圧倒的な身体能力に合わせるために、

何の練習をするにしても高いレベルが求められる。

ノックをするにしても絶対に取られないと思う所に打っても取られる、

バッティング練習では絶対に打たれないと思うところに投げても簡単に打たれる。

そうしてる内、知らぬ間に8人は小学生とは思えない程の野球レベルになり、

草野球の大会に飛び入り参加をしてはどんでん返し優勝を繰り返し、いつからか彼女らは

『大会荒らしのクラッシャーズ』と呼ばれる様になっていた。

そしてこの練習相手は朱莉が中学を卒業するまで続いた。

朱莉は高校で理解のある監督に出会い、スタメンとして出場。

だいたいの大会は男子のみ出場というルールがあったが監督の抗議や朱莉の実力により、それらのルールが覆されたのであった。

朱莉の事は大ニュースとして野球界に留まらず世間に広まっていった。

そして3年の夏、女子初の甲子園出場をかけて神奈川県大会決勝を戦い、激戦の末敗退を喫してしまう。

女性初のプロ野球としてドラフトの誘いは多数あったが

「このままじゃただの客寄せパンダになる。」

と断り六大学の名稲田大学に進学する。

六大学野球で首位打者のタイトルを取り、ドラフト1位で憧れの鳥澤選手が在籍していた別府タイガースに入団。

そして今この大活躍である。


一方、練習相手をしていた條達はと言うと、

中学では同じメンバーで個人練習するものいれば、野球部に入った者もいた。

そして高校ではそれぞれがバラバラになる。

條と暁斗を含む4人は、朱莉が在籍した東王寺高校に憧れ進学。

ほか4人中2人は県内の強豪校へ。

残りの2人は大阪、沖縄の強豪校へ進学した。


そして事件が起こった。

憧れを抱き東王寺高校に進学した4人は変わり果てた野球部の姿を見たのであった。

部員は8人ほどで試合にも出られず、練習もほぼ毎日無し。

こうなってしまった1番の要因は監督の引退であった。

監督無しの野球部は全く統率が取れず、新監督として出てきた顧問もやる気がなく、年々部員数が少なくなったとの事だった。

その時4人は思った。

「なんでしっかり調べてこなかったんだろう」

正しく、憧れと言う気持ちが先行し過ぎて今の現状に目が届かなかったようだ。

上記の理由により4人の野球への熱は消え失せ、

條ともう1人は帰宅部に、暁斗は水泳部、

1人は野球部に残った。


これでおわかりいただけただろうか。

朱莉への嫌悪感は、嫉妬であり悔しさなのである。

朱莉がプロ野球選手として大活躍を成し遂げている中、自分達は何もしていない。

テレビの甲高い声のナレーションに

「お前らは空っぽだな」

と煽られている感覚であった。


時を戻して現在。

「そんなイライラするなら見るのやめようよ」

「でも姉ちゃんの腹立つドヤ顔をこの目に焼き付けときたいんだよ」

「それ意味ある....?」


『それでは紅義選手にインタビューをしてきたのでお聞きください!


「紅義選手はここまでの活躍をご自身どう思われていますか?」

「当たり前の事だとおもっています。

自分がしてきた努力を考えれば当然です。」


「それでは、テレビをご覧のファンの皆様に一言お願いします!」

「叶えられない夢はないと私は思っています。

全てはその人の考え方と努力次第です。

私はプロになるまで何年もの間、

女にが男に混じってプロ野球選手になるなんて無理だ。

と言われ続けていました。

しかしそのくだらない常識とやらを覆し今ここにいます。

今からでも遅くありません。何歳からでも。

無理だと決めつけてくるやつに泡を吹かせてやりましょう。

その時はすごい気持ちいいですよ。(笑)」

「夢を追っているファンの皆様を勇気付けられる言葉を頂きました!ありがとうございました!」』


ソファの上で黙り込み、言葉を発せない2人。そして沈黙は続く。

数十秒後沈黙を破いたのは條であった。


「まだ遅くねえかな?」

條の声は少し震えているようだった。

「遅くないはずだよ。」

と答える暁斗。

「じゃあとりあえず明日ウィンの所に行くか。」

「そうしよう。」

ソファを立ち上がった2人の目には、微かなる闘志が燃え始めていた。


翌朝。まだ夏の暑さが引かず、太陽が照りつけキラキラ輝く海が校舎から見える。

ここは條達の通っている高校。県立東王寺高校である。

第2校舎の下駄箱から階段を3階まで上がり、左に曲がるとすぐに2年5組の教室が見える。

その教室の1番後ろで朝のガールズトークが開かれていた。

「ねえ聞いた?梨花ちゃんが3組の吉田に告られたらしいよ!?」

「えーマジ!?吉田は玲子ちゃんの事好きだと思ってたわー」

「てか昨日7時ぐらいからやってた野球の特番見た??紅義朱莉ってジョーのお姉ちゃんなんでしょ?似てなくね?(笑)」

「あっ莉緒ってジョーと一緒に野球の練習してたんだっけ?」

そう話を振られたのは東王寺高校1番のアイドルであり人気者。桑島莉緒(くわじま りお)である。

身長167cmと女性としては長身で、

綺麗な黒髪のストレート。

顔の整い方は芸能人レベルであり、都内を歩けば何回もスカウトされる程であった。


「ああ....まあそうだよ。(笑)」

と気まずそうに莉緒は答えた。

「そういえば!ジョーといえば朝っぱらから先生に怒られたよ!アッキーとウィンと一緒にボール投げてガラス割ったとかで!」

友人からそれを聞き、一瞬戸惑う莉緒。

なんで今更ボールなんて、、、そう思ったのであろう。

「奈々ちゃん、ジョー達どこで怒られてたの?」

「第一校舎と第二校舎の渡り廊下らへんだよ!」

「わかった!ありがとう!」

莉緒は走って教室を出た。


「この窓ガラスはどうするんだ!!

何でこんなことをした!!」

と体育教師角松の声が廊下中に響き渡る。

「....すんません。コイツらが急にボール投げろとか言うから投げたらすっぽ抜けちゃって....」

「人のせいにすんなよ!ウィン!!」

モジモジと言い訳するウィンと呼ばれている男。

勝頼星璃(かつせ しょうり)、通称ウィンである。

坊主頭から少し髪を伸ばした何とも中途半端な髪型をしている彼は、一応野球部のエースであった。

今はやる気のない幽霊野球部のお情けエースだが、中学時代は違った。

圧倒的コントロールと変化球で三振を量産するピッチャーであり多数の強豪校から推薦が来るほどであった。

しかし彼が選んだのは東王寺高校。結果こうなってしまった。

そして彼は朱莉の練習相手の1人でもあった。


「お前ら3人放課後に職員室へ来い!」

と怒号を飛ばし角松先生は職員室の方へ消えていった。


「あーあ、ウィンのせいで怒られちまったよー。」

「俺のせいかよ!いきなり久しぶりに野球やりたいとかビックリするわ!」

「ちょっと昨日色々あってね....」

と星璃をなだめる暁斗。それを見て笑う條。

「昨日の姉ちゃんの特番見たか?」

「ああ。一応見たよ。」

「どう思った?」

「なんて言うか....悔しかったな。」

「だよな。だからもう1回野球やろうぜ。」

條の目は真っ直ぐであった。

その目を見た星璃は、

「でも今更...」

と戸惑いを見せる。

「遅くねえ!もう1回野球やろう!!!」

星璃の肩を強く掴む條。

その時コツンコツンというローファーの足音と共に渡り廊下の奥から莉緒が現れた。

そして場の空気が一瞬にして凍った。

お互いに目を合わせている條と莉緒だがどちらとも声を発せない。

そこで莉緒が小さな声で疑問をぶつける。

「....野球、もう1回やるの…?」

何も答えられずに目を合わせる星璃と暁斗。

しかし條はこう答えた。

「お前には関係ねえだろ。」

そう冷たく言い放ちその場を去った。

「ごめんね。」

と言い残し、目を逸らしながら星璃と暁斗も逃げる様にあとを続き去っていった。

残された莉緒はやり場の無い悲しさと怒りで満ち溢れていた。

莉緒もまた朱莉の練習相手の中の1人であり、

朱莉を除くメンバーの中で唯一の女子であった。

條とは幼馴染であり、誰よりも條を理解し、そして誰よりも朱莉にあこがれていたのは莉緒であった。


また時を戻し約1年半前、

條達が東王寺高校の野球部の現状を知り、絶望していた時の話である。

野球への熱が消え失せた為に、4人が別々の道を行ったと記したが、実を言うと細かくはそうではない。

4人で新しく野球部を作り直そうという話になっていたのであった。

しかし莉緒は入学早々に新しい女子の友達などができ、メイクや高校生らしい遊びを覚え、野球への熱は無くなっていた。

「私はもういいかな。みんなも諦めて他の事しなよ。」

そう切り出したのは莉緒だった。

「4人一緒じゃないとダメだ!」

と説得する條の言葉を聞こうともせずに莉緒は4人の輪から外れ、それ以降は條とは特に話す機会もないまま約1年半経っていた。

條達は莉緒の言葉を聞き、野球部の復活を諦めそれぞれ他の道へ進む事を決心したのであった。

だが莉緒の内心は違っていた。

友達達と遊ぶうちにそれが本当に

"楽しい"と言うものなのかが分からなくなっていた。

自分が本当に楽しめて、やりたい事、目標はやはり野球なのでは無いかと自問自答していた。

そして昨日の特番である。

トドメを刺されたかのように、今自分が何をしているのか、何がしたいのかがわからなくなってしまった。

しかし今現在、自分が壊してしまった4人の輪に簡単に戻れるはずもなく、莉緒はただ俯き拳を強く握り過去の自分を恨むしかないのであった。


條は少し不機嫌なまま家に帰り自分の部屋に向かおうと階段を上がっていると珍しく母に呼び止められる。

「條!ちょっと来て〜。」

「なんだよー。」

「はいこれ!」

渡されたのはチケット4枚。

「....なにこれ。」

「今日昼間に朱莉が家に帰ってきたのよ!

その時にこれ渡されて、明日の横浜キャッツとの試合のチケットよ。」

「...すんごい要らない。」

「どうせ土曜は暇なんだから見てきなさいよ!」

條はため息をつきながらチケットを受け取り、重たい足取りで部屋へ向かった。

そして部屋に着き次第カバンを投げ捨てベットに横たわりながらチケットを眺めた。

「姉ちゃんがドラフト指名された後、初めての試合観戦か。

ウィンとアッキー誘うかあ。あと1人...」

頭の中を一瞬莉緒の顔が過ったが、首を横に振り、

「いやそれはねえな」

と冷静になる。

しかし急に莉緒との約束を思い出した。

それは朱莉達が決勝で敗れ甲子園出場の夢を果たせなかった時のことである。

会場で見ていた莉緒は泣きじゃくりながら條にこう誓った。

「絶対...絶対私達の代で優勝しようよ!!

そして甲子園に出て....

朱莉姉ちゃんが言ってた夢を叶える!!!」

あの時の闘志に満ち溢れていた莉緒の目を條は鮮明に覚えていた。

もう莉緒は普通の高校生として楽しんで生きている、だから邪魔しちゃダメだ、と思っているのに勝手に体は動き、気付けば自宅から約200m先にある莉緒の家に着いていた。

「はあ....」

と條は大きなため息をつきながらチケットをポストの中にいれ何も言わず自宅に帰った。


時刻は22時20分。友達と遊び終わり帰ってきた莉緒もまた母に呼び止められた。

「莉緒、ポストにこれが入ってたけどあなた宛かしら?」

とチケットを差し出される。

「わかんない...けど一応貰っとく。」

チケットを見て少し驚いてしまった表情を隠すように、チケットを握りしめたまま自分の部屋まで小走りで階段を駆け上がる。

部屋に入るなりカバンを投げ捨て、ベットに横たわりながらチケットを眺める。

「ジョー?それとも朱莉姉ちゃん?」

そう呟いた莉緒の顔は、少しニヤケ顔であり小中学生に戻っているかのようである。

しかしチケットの日付を見て莉緒の笑顔は消えた。

「明日...奈々ちゃん達と遊ぶんだった....」

莉緒はチケットをそっと机の上に置いた。

外ではスズムシが寂しく鳴いていた。


少し雨が降ってきた。天気予報では14時から大雨の予報であった。

現在時刻は13時15分。1時間後には試合が始まる。しかし問題は無い。

なぜなら横浜キャッツ戦は横浜キャッツのホームである横浜ドームで開催されるからだ。

屋根がある為、雨の心配はいらない。

しかし、雨の存在は時に心を苛立たせてしまう。

條もその1人であった。暁斗と星璃と共に横浜ドームに向かう電車の中で、窓越しに雨を眺めながら昨日の自分を思い返し苛立っていた。

莉緒に何故あんな態度を取ってしまったのだろう。

そんな思いが心の中を駆け巡る。

「ジョー。もうすぐ駅に着くよ。」

暁斗が條を立たせようと腕を引っ張る。

「うん。」

何処と無く暗い表情まま條は電車を降りドームに向かった。


一方その頃莉緒は、流行りのカフェの窓側の席に座り友達達がガールズトークに花を咲かせている間ずっと外の雨を眺めていた。

時折、時計を見ながらソワソワしている莉緒を心配した友達の奈々が話しかける。

「莉緒どうしたの?何かあった?」

少し間を置き、下を俯きながら莉緒は

「例えばね、もし今このタイミングを逃したら叶えられないかもしれない夢があって、でも今の環境も大事だし好きだし、

奈々だったらこんな時どっちを選ぶ?」

と聞く。

「後で後悔したくないから夢を選ぶかな。」

と奈々は不思議そうな顔で答える。

その答えを聞いた瞬間だった。

「奈々!本当にありがとう!大事な用事思い出しちゃったから帰るね!ごめん!!」

そう言い残し足早に店を出ていった。

残った奈々を含む友達達はお互いの顔を見合わせ全員頭上には、はてなマークが浮かんでいた。

段々強くなる雨も気にせず駅に向かって走る莉緒は何か吹っ切れた様な顔つきであった。


雨が予想通りの大雨になった頃。

ついに試合が始まった。

別府タイガース 対 横浜キャッツ。

新人王争いと首位打者争いをしている紅義朱莉の名はもちろんスタメン表に並んでいた。

3番 ショート 紅義朱莉。

電光掲示板に並んでいるその文字を、條達は羨ましい表情で見つめていた。

先攻はタイガース。

1番センターの赤本から始まる攻撃。

初球を打ち内野安打。

ビジター側の席から拍手が起こる。

2番セカンド糸田のバントが成功し、ワンアウト2塁。

「3番ショート紅義」のコールでビジター側から大きな大きな拍手が巻き起こる。

遂に今プロ野球界で1番注目されている人物のチャンスでの登場でドーム内のボルテージも上がる。

3人は瞬きもせずただただ朱莉が打席に入るのを見ていた。

耳に入ってくる応援団のチャンステーマや太鼓の音、歓声が緊張を駆り立てる。

「変な汗かいてきたな」

「うん、なんか緊張してきたべよ」

「....」

変な汗をかく條、緊張をする星璃、そして何も喋れない暁斗。

この3人、ただただ朱莉の打席に見入っていた。

そしてボール2球が続いたあと、3球目アウトコースに入ってきたスライダーであった。

朱莉は華麗に打ち返し右中間を切り裂く先制のツーベースとなった。

ドーム内は大熱狂。

しかし3人の耳にはそんな音は全く入ってきていなかった。

開いた口が塞がらない。まさにその言葉通り。

ただ呆然と立ち尽くし。唖然としていた。

もちろん予想はしていた。圧倒的なセンスでプロ野球選手になってしまうんじゃないかと。

しかし今目の前にいるのは、自分達と一緒に練習をしていた紅義朱莉では無く、プロ野球選手として一流の成績を残している紅義朱莉であった。

そしてもう1人呆然と立ち尽くしている人物がいた。

莉緒である。

試合になんとか間に合い、自分の席を探すべく階段を上がった瞬間この光景を目にしたのであった。

全く違う世界を見せられているようで、全身の血が引いていた。


先制をした回の裏でも朱莉は魅せる。

三遊間を抜けるようなゴロをファインプレーで捌き見事アウトにした。

ドームが湧き上がるのと比例するかのように條達の闘争心も湧き上がっていった。


試合が終了し、結果7-2でタイガースの圧勝。

満塁ホームランを打ったレフトの助っ人外国人のサーラ選手がヒーローに選ばれお立ち台に立っていた。

朱莉は3打数2安打2四球2打点。


試合中殆ど会話をしなかった3人。

條が大きく息を吸い決心した様な顔で言った。

「もう1度、挑戦しよう。姉ちゃんの活躍を見てて嬉しさより悔しさが100倍勝ってたんだ 。もう悔しい思いはしたくない。

甲子園を目指そう。」

「俺も悔しさが勝ってた。お前らがそう言い出すの1年半待ってたんだからな。」と星璃、

「俺もやりたい。絶対にもう後悔したくない。勝ちたい!!」と続く暁斗。

3人の顔に迷いは無かった。

「まず部員集めだな。ウィン入れて今野球部何人なの?」

「俺入れて1人だよ...3年居なくなってみんな辞めちゃったし1年入ってこないし....」

「そうだったの!?」

まさかの状況に驚く條と暁斗の2人。

「じゃあ最低でもあと6人か。」

「うん。昔朱莉さんとやってた時みたいにポジション分けるなら、ピッチャーは俺。

ピッチャー兼センターはジョー。

キャッチャーは暁斗だね。」

「なら、まずサードだな!

でけえサード探そう。

右の大砲暁斗と左の大砲でもう1人増えたら強そうに見えるべ! 」

「そうしよう!まずはサード!月曜から探し始めよう!暇そうなデカイやつ全員に声かけよう!」

「デカイやつって大体暇そうじゃない?」

「ジョーよ。それ偏見って言うんだよ。」

と期待を膨らませる3人。

それを聞き耳を立てるように莉緒は聞いていた。

出入口で鉢合わせをするまでは。


ドームから帰る人でごった返している中、

莉緒と3人は目が合い時が止まる。

暁斗と星璃は何故莉緒が居るのかが把握出来ずにパニックになり顔も見合わす。

條がそっと莉緒の方に歩き出した。

そして近くまで来て立ち止まる。


「この前は強く言いすぎたなごめん。」


「いや、大丈夫...こっちこそ..」

莉緒がそう言いかけた時、條は少し大きめな声で話を遮るように話し始めた。


「あのな、莉緒はもう普通の高校生になって楽しく過ごしたいって思ってんの知ってるんだ。だからさ、もう邪魔しないな。

今まで本当にごめん。じゃあな。」


そう言い終わると呆然としている2人の元へ行き「帰るぞ」と出口に向かった。


「待って!!私もまた野球がしたいの!!!!」


莉緒は大声で叫んだ。しかしその声は條達の元へはたどり着かなかった。

少し、ほんの少し遅かった。

通りすがる大勢の群れに観客に逆らう様に立ち尽くす莉緒。

ドーム内で耳鳴りのように聞こえる大粒の雨の音。

莉緒は雨に、もう遅い。諦めろ。と言われているような気分であった。


現在時刻18時41分。既に雨は止んでいた。





第1話 「再起」おわり

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