第30話 ブタさんの記憶がある

「いったいどーゆー事なの?浩一は補習まで受けてるから立候補できないはずでしょ?」


「それが僕にもまったく見当がつかない。ただ言える事は学校側が了承するだけの何かがあったとしか考えられない」


 生徒会そのものが受験に備えて早い時期に3年生は引退し引き継がれるので補習や、まして留年の危機にあったはずの生徒が生徒会長に立候補などしても受理すらされるわけがない。


 先ほどの白鳥さんから伝えられた記憶をもう一度確認する。


『参謀役には気をつけなさい』


 そして白鳥さんとは別に生徒会副会長に立候補していた人物の記憶を思い出す。


 【 大沢健司おおさわけんじ 】


 直接の面識はないものの、この名前も白鳥さんと同様に僕の頭にしっかりと記憶されていた。学力テストで毎回2位に名前を連ねている人物で、浩一と同じクラスに所属していたはずだ。


 よくある陽キャのイケメン……とは程遠く、ニキビだらけで脂ぎった顔に全身脂肪の塊かよってくらい太っていて気味が悪いと小悪魔が言っている。

 なんでも入学して間もなく「う、うちの事務所に入らないか?」といかにも怪しく声をかけられたようだ。


「あれからしばらくは牛焼肉しか食べれなくなってしまいました」


 あ、すると見た目からトンなのね。

 トントン、トントン、ヒ○ノニトン!?


 僕も気付いても目を合わさない事にしよう。

 

 しかし変だな?

 僕の完全記憶能力でもそれくらい目立つ容姿が記憶に残っていないのはなぜなんだ?


 まったく見かけた事がないなんて、ホラーにも限界がある。


「たしか『芸能事務所大沢プロダクション』の息子だと思うわ。わたしも入学当初にいきなり名刺を渡されたから。わざわざ白鳥グループと並ぶ大きな財閥が経営してるってあのブタうるさかったもの」


 さすが常にカースト最上級の扱いを受けている幼馴染だ。

 ストレートにブタと言い放つ当たり、相当に不快な思いをしたのだろう。


 ひょっとして白鳥さんはその大沢財閥の息子が絡んでいると最初から知っていて忠告をくれたのか。


 ……何のメリットがあって?


 今の時点では情報が少なすぎて、さっぱりわかりませーん!


「詳細がわかるまでは千花もあかりも用心してくれ。少なくとも浩一が絡んでいるとなれば警戒しなくてはならないし、学年2位の頭脳を持つやつがアイツの仲間だとしたら今までのようにはいかないからな」


「分かってるわ。でもちょっとだけあなた間違えてるわよ?学年1位の頭脳はメモリーで2位は白鳥さんだし、同じ高校生相手に知恵比べでメモリーが負けるはずがないもの」


「そうですねー。あざとさにかけては先輩が学校で一番ですから!」


 小悪魔がドヤ顔でどうだと言わんばかりに主張する。

 

 断言しよう。あざとさにかけてお前が間違いなく一等賞だよ。



 * * * *


 放課後になり小悪魔と合流し3人で僕達は選挙活動の準備を始める。

 本来であればすでに告知日からポスターを貼ったり演説だのを始めるのが普通かもしれないけど、突然立候補した僕達には支援者など誰もいない。


 そして選挙活動は1週間とかなり日程的にも厳しいのだ。


 現状を把握する為に僕らは校舎内を歩いて回った。

 すでに浩一のポスターがカラーの写真入りで、各所に貼られている。


 こんなに予算度外視のポスターなんて、一端の高校生に準備できるわけがない。

 大沢財閥の力か……彼はいったい何を考えているのだろうか?


 ちょうど1階の廊下を歩いていると、反対側から白鳥さんと数人の女子生徒が歩いてくるところだった。


「あら、偶然ね。選挙戦が始まったというのに呑気に女の子を引き連れてお散歩かしら?」


 あれ?あれれれれ?

 さて何回『れ』を言ったでしょう。

 冗談はさておき、彼女の機嫌がすこぶる悪い。


 きっと校内を見て僕のポスターもチラシも1枚も貼ってない事に、やる気のなさを感じて怒っているのだろう。


「まずは敵情視察です。彼らは随分と金回りがいいみたいですね。それよりなぜ白鳥さんは生徒会長ではなく副会長に立候補したのですか?」


「理由は2つあるわ。まずはあの豚が副会長に立候補したからよ。わたしが立候補しなければ吉田くんが生徒会長になろうとなるまいと豚が信任投票によって生徒会入りしてしまう可能性が高い。あんな色欲豚が生徒会に入るなんて絶対に許せないから」


 そうか。今回の立候補者を整理すると、


 生徒会長 僕、浩一

 副会長  白鳥さん、大沢

 一般   千花、小悪魔、白鳥さんの後輩1年生女子3人の構図である。


 生徒会長や副会長の職が単独立候補となった場合は、信任不信任決議で大抵の場合は承認される。

 一般職については最大5人の定員なので、よほど評判が悪くない限りこのまま承認される可能性が高い。


「大沢をそんなに生徒会に入れたくないの?彼も成績は優秀みたいじゃないか?」


「あなたってほんと甘いわね。彼の目的は最初から吉田くんを生徒会長にする事じゃないの。2が目当てなの」


「えっ!?僕だって千花とあかりが立候補したのを後から知ったのに?」


 白鳥さんの右の眉毛がヒクヒクと動いている。なんか気に障る事がいまあったっけ?


「大沢は金をバラまいてでも情報を得る。生徒の中にスパイがいたら尾行されても気付くわけないわ。そして生徒会長候補からあなたを蹴落とせば邪魔者は私だけになるはずだった。豚にとって生徒会長には吉田くんがベストでも、万が一私が生徒会長になってもあなたの連れは守らないと思ったのでしょうね」


「あ、メモリーが落選することはこれっぽちも考えてなかったわ」


「わたしも微塵も考えていませんでした」


「お前らそんな呑気な事言ってる場合か!豚さんに今でもしっかりマーキングされてたんだよ?怖くないのかよ」


「「勝つって信じてるから」」


 ここは喜ぶべきとこだよね?頼りなくても頑張ります!


「あ、愛されて……じゃなくて随分と信用されてるようね。それで?かなり出遅れているようだけどどんな作戦を考えているの?聞かせてくれるかしら」


 対立候補でもないし忠告ももらっていたから教えても構わない。状況がだいたい掴めた今はむしろ協力して欲しいけど……


 なんでわざわざ耳打ちを要求してくるの?

 今までみんなが聞いていたし普通に話せばよくない?


「ほら、どこにスパイがいるか分からないから早くしなさい!」


「は、はい!」


 顔を赤くして声を荒げるもんだから、つい勢いで返事をしてしまった。


 仕方がなくゆっくりと彼女の耳に顔を近づける。

 なんで女の子ってこんなに甘くいい香りがするんだろうか?シャンプー?フレグランス?フェロモン?


「んっ……」


 息が耳に軽くかかるくらいまで近づくと、彼女の吐息がわずかにもれる。

 スパイや盗聴を恐れて嫌々こんな体勢を取って我慢しているのだろう。

 

 すでに始まっている僕の秘策を白鳥さんに耳打ちしている間、彼女は何度もピクピク動きながらも最後まで聞き終わると、ほんのりと顔を赤らめながら彼女の口から思いもよらない言葉が出てきた。


「私たちと同盟を結びましょう」


「へっ!?」


 間抜けな声を上げてしまった僕に、軽蔑するような視線を幼馴染と小悪魔が容赦なく浴びせてくる。

 

 これってウィンウィンじゃない?

 

 

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