夕焼けの決闘

木谷日向子

脚本課題「アクション」

○道場・中

   向かい合って正座して座っている山田利恵(18)と車谷千哉(19)。

   互いに袴を着ており、木刀を脇に持っている。周囲に胴着を着た者たちが正座

   して座っている。

   車谷を睨んでいる利恵。

   無表情の車谷。

   互いににじり合い、素早く木刀を掴む。

   打ち合う2人の木刀。

   利恵、上段から構え、車谷の上に木刀を落とす。

   車谷、利恵の木刀を受ける。

   両者鍔競り合う。

   口の端で笑う車谷。

   車谷を睨む利恵の瞳。

   車谷、利恵の木刀を強く押す。

   力を弱め、たじろぐ利恵。

   利恵、後ろに半歩下がる。

   利恵と車谷の間が空く。

   車谷、利恵の鼻先に木刀の切っ先を突きつける。

   木刀を見つめながら間の抜けた顔で尻餅をつく利恵。

   息を吐いて利恵を見下ろす車谷。

   車谷を見つめる利恵。

三蔵の声「そこまで」

   はっと声のした方を見る利恵。

   車谷、横を見る。

   腕を組んだ状態で、2人の間にゆっくりと入ってくる山田三蔵(58)。

   険しい顔をしていたが、ふっと表情を和らげ、瞳を閉じる。

   車谷の方を見る三蔵。

三蔵「千哉。強くなったな」

   車谷、頭を下げる。

車谷「ありがとうございます。師匠」

   茫然と2人を見ている利恵だったが、慌てて立ち上がる。

利恵「お父さん、ごめんなさい。千哉がこんなに強くなってるなんて思わなくて」

   微笑みながら利恵を見る三蔵。

三蔵「昔は利恵の方が強かったからな。だが……」

   車谷を見る三蔵。

三蔵「千哉はここ2年で急に伸びた。体が大人の男になったのもあるが、毎日の鍛錬

 の積み重ねの成果だ」

   口元を歪め、俯く車谷。

車谷「ありがとうございます」

   三蔵を見た後、車谷を見て微笑む利恵。

   ☓   ☓   ☓


○道場・中庭

   井戸の周囲で半裸になって膝を着き、桶の水を汲む車谷。

   瞳を閉じ、汗を流している。

   月明かりが車谷を照らす。

   瞳を開け、意を決した顔で顔を上げる車谷。

利恵の声「千哉」

   声のした方を振り向く千哉。

   切なげな笑顔で立っている利恵。手には布巾を持っている。

利恵「こちらへおいで」

   千哉、立ち上がり、利恵の元へ行く。

   利恵、手を伸ばし、千哉の髪を優しく拭く。

   恥ずかしそうに瞳を下に落とす千哉。

  

    ☓   ☓   ☓


○道場・門前

   鼻歌を歌いながら木刀を担ぎ歩いている利恵。瞳を閉じて上を向いている。

   門下生が門の前でざわついている。

   はっとする利恵。

   駆け出し、近寄る。

   門下生の群れに割って入っていく。

   瞳を大きく開け、手で口を覆い、膝から崩れ落ちる。

   三蔵が腹から血を流して倒れている。

利恵「(泣き叫びながら)お父さん!」

   門下生1、周囲を見渡す。

門下生1「誰だ。誰がやった」

   震える拳を握り、唇を噛む門下生2。

門下生2「俺は見た。昨日の夜車谷が血まみれんなって門から出てくるのを」

   はっとする利恵。

   利恵、血の気の無い表情で後ろを振り返る。

利恵「それ……、どうして」

門下生1「……そういや俺聞いたことがある」

   門下生1を見上げる利恵。

   門下生1、額の汗を手の甲で拭い、俯く。蒼白な顔をしている。

門下生1「車谷は何度か山田師範に利恵お嬢さんを嫁にしたいと申し出ていた。しか

 し何度申し出ても断れていた」

門下生2「……昨日の夜もそういった口論が聞こえたような気がする……」

   大きく瞳を開き、唇を震わせる利恵。

   利恵の周囲が白くなっていく。

   俯き、瞳を閉じる。

   意を決したように瞳を開けると、立ち上がり、門の外に駆けていく。

   門下生1、利恵の背中に手を伸ばす。

門下生1「お嬢さん!」


○川辺(夕)

   夕陽が落ちかけており、周囲が橙色に染まっている。

   血まみれで歩いている車谷。

利恵の声「千哉」

   ゆっくりと後ろを振り向く千哉。

   真顔で立っている利恵。

   手には刀を手にしている。

千哉「お嬢さん」

利恵「(低い声で)何故父様を殺した」

   千哉、視線を一瞬上に向けると、利恵に戻す。

千哉「俺は……、俺はもう夢を追い続けることに疲れたんだ。ずっとお嬢さんを嫁に

 したいと願い続けてきた。だがその夢は何度も打ち砕かれてきた。もう、夢を追う

 こと自体に疲れた。それで気付いたらやっちまってた」

   利恵、息を一つ吸うと、瞬き、涙を流す。

利恵「千哉……」

   利恵、鯉口を切り、刀を構える。

   深く息を吐き、千哉を睨む利恵。

利恵「死んで」

千哉「お嬢さん」

   利恵、走って千哉に近寄る。

   千哉、刀を抜き、利恵を受け止める。

   鍔迫り合い。

   利恵、涙を流しながら千哉を睨む。

   千哉、後ろに半歩下がり、利恵を薙ぎ払おうとする。

   利恵、飛び上がり、千哉に刀の切っ先を向ける。

   千哉、それを受け止めようとするが、諦めたように腕を落とす。

   はっとする利恵。


○道場・中庭(回想)

   腕を組んで少し横に向けている三蔵。

   三蔵の前に正座して座っている千哉。

   千哉、頭を下げる。

千哉「(振り絞るように)師範、お願いします。……俺にお嬢さんをください」

   苦虫を潰したような顔をする三蔵。

三蔵「ダメだ。何度言えばわかる」

   千哉、皮肉な笑みを浮かべる。

千哉「あなたが俺を受け入れない理由はわかっています」

   顔を上げる千哉。

千哉「俺が遊女の腹から生まれた存在だからだ。そしてそのまま川辺に捨てられ 

 て、野良犬のように生きてきた汚い存在だからだ。だからお嬢さんとくっつけたく

 ないんだ」

   かっと怒りをあらわにする三蔵。

三蔵「貴様! 何を言うか! その口ぶりは、どういう立場であると心得る!」

   ゆらりと立ち上がる千哉。

千哉「……そうだ。目の前の壁が無くなっちまえば、2人で生きていける……」

   腰の刀を抜き、己の前に構える。

   はっとする三蔵。

   三蔵を睨みながらゆっくりと鞘を抜く千哉。


○川辺(夕)

   千哉、利恵の刀をまともに受け、血を吹き出す。

   どうと後ろに倒れる千哉。

利恵「千哉!」

   倒れようとする千哉に駆け寄り、抱き留める利恵。

利恵「千哉、何故だ。何故わざと攻撃を受けた! 避けることも出来たはずなのに」

   荒く息を吐きながら、利恵を見上げる千哉。うっすらと開けた目が月明かりで

   光っている。

千哉「……どうせ死ぬんなら」

   千哉、片手を上げ、利恵の頬を撫でる。

   千哉の血の後が付く利恵の頬。

千哉「好きな女に殺されて死にたかった」

   千哉の片手が落ちる。

   目を閉じて死ぬ千哉。

   利恵、千哉の体を強く抱きしめる。

利恵「(泣きながら)私も本当はあなたのことがずっと好きだった。あなたと添い遂

 げたかった。それなのに、それなのに……」

   月明かりに照らされる2人。

   鈴虫の音が周囲に流れている。(終わり)

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夕焼けの決闘 木谷日向子 @komobota705

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