第17話 飛べる者

ー1週間後ー

「ふゎ〜ぁ…。」

夏の間、耳にピアスの穴を開ける計画を密かに立てているイカツイ色黒男は、部室棟の一階の古びた木製長椅子に腰をかけ、靴紐を結びながら大口を開く。

「小佐!お口。」

黒の下地に肩から腕へ白のラインが入る長袖ジャージを一式身にまとい、腹部にあるサイドポケットにそれぞれ手を入れ、ふらふらと落ち着かない様子で後輩に注意する。

「津上さん。だって、眠くないっすか?」

両手をほおに当て、何の悪びれもなく先輩の顔を見つめる。

「いや、お前。もう、昼だろ!?」

「まだ午前中っす。昼じゃありません。」

「でも、10時半は少なくとも朝じゃないだろ?」

「確かにおっしゃる通り朝じゃないかもしれないですけど、昼ではないです。午前中です。」

糠に釘。

「いや、黙れよ。」

飄々とした顔。

「眠い〜!」

両手で顔を覆って後ろに仰反る。

「もう、分かった。分かった。分かった。分かった。それでなんとかなるなら、もういいよ。どうせ俺は今日、出ないんだし。」

「え!先輩。今日、でないんですか?」

ここまでの一週間の内容をなにも覚えていなさそうな小佐に、津上は腰に手をあてため息をこぼす。

「話、聞いとけよ。」


 「確認します。今日は、インターハイ初戦です。対戦校は一回戦を勝ち抜いた学士館高校で、陣形はおそらく4-4-2。ですが、うちのスターティングに変更はありません。いいですか?」

人工芝グラウンドが一望できる2階部の校舎間のデッキでアップする選手たちの前で、コーチは声をはりメモを読み上げる。

「はい。」

「では、念のためもう一度。メンバーはGK荒(あら)、そして右後ろから音海(おとみ)、小佐、露田(つゆた)、馬塚(うまつか)、練田(ねりた)、出瀬、場色(ばいろ)、朝針、葉霧、安藤で4-3-3。しっかり準備しておくようにとのことです。」

読み上げたメモを折りたたみ、ズボン右ポケットに入れて、上がってきた背後の階段へと去っていく。

「学士館が勝ったんかぁ。」

「えっ!学士館!それって…ダービーじゃん。」

「ダービー?…あっ!そう。それな!」

「南大橋ダービーじゃね?」

「南大橋ダービー笑」

「南大橋ダービーね。」

「南大橋ダアーヴィー!!!」

「おっしゃっ!!」

「ぶっ潰すぞー!!」

「南大橋駅は俺らのもんじゃい!!」

「勝って地下鉄。独裁するぞ!」

「やったれ!」

「運動でも木っ端微塵に叩き潰すぞ!」

「ッァアイ!」

「ついでに女子マネージャーも頂くぞ!」

「…。」

「ん?」

「いや、ん?じゃなくて。」

「えっ、なんで?」

「なんで?って、ただ女子マネージャーいうだけなら、いるやん。」

「いるけど、まぁ、いることね?」

「いや、いらんやろ。これ以上、ブス増やしてどうするん?」

「うーん。まぁ、それもそうか。…でもさぁ、西洋の子だったら、いることね?」

「西洋の子?…ああ確かにな!あれはいるわ!でも、名京の子も

「おい!…ちゃんと準備しとけよ!」

灰色の仕切りからひょっこりと現れるコーチの顔。

「あ、はい!すいません。」


 コーチは石畳の階段を駆け下り、そのまま戸辺のまつグラウンド南脇へと走っていく。

「あっ。弓川。」

寺笛ほどの体格の彼は背中を向け遠のく相手を見つめる。胸元には学士館の文字が紫色に刺繍されている。

「指。」

そう指摘し、彼の頭をこづくのは遥か高くまで聳え立つかのような青年。

「すんません。」

2つ下の後輩はにっこりと笑ってみせる。

「まぁ、いいわ。で、なんで分かったん?」

ゆっくりと歩みをともにし、水を口に含む。

「いや、あのー、上で弓川はアップしてるじゃないですかぁ?それで、思い出しました。だから、多分、そうかなぁって。」

ゴクッと水は喉に落ちる。

「あ、そうなの?知らんかったわ。…ま、でもさ。にしてもこれはズルくない?」

「え。何がですか?」

「いや、関係ないんだけど。この施設はせこくない?めっちゃ綺麗やん?」

「それは思いますね。うちも私立なんすけどね。」

「そう。ホントそれな。うちら土やもんな。芝なんて、もーう敵わん。」

たわいもない話を繰り返すうちに、南校舎前の自販機近くにたむろう仲間に合流する。

「なぁ。なんの話?」

「いや、何が?」

「盛り上がってたんやん?何かなぁって。」

「あぁ。それね。あの、あれ。まぁ、敵わんわって話。」

「弓川に?」

「ま。そうやな。」

「それは、確かに敵わんな。」

「…。」

「でもさぁ。もし俺らが勝ってみ?それってめっちゃ気持ちくない?」

「まぁ、勝てたらな。」

「いや、ワンチャン、希望持った方がよくね?そしたら、なんかいけんじゃね?」

「ワンチャン。」

「ワンチャンある?」

「ワンチャンあるよ!」

「あるかもな!」

「昨日は3-0で勝ったんやもんな。」

「なんか、いける気、してきたわ。」

「せめて、運動だけは勝たんとな。」

「南大橋のメンツがないわ。」

「よっしゃ!じゃあ。俺らの本気見したろうやないの!」

「アアアィ!!」

笑い声は初夏の空に消える。




インターハイ県予選第二回戦 

私立弓川高校vs学士館大学学士館高校

会場:弓川高校

11時半キックオフ〜13時半試合終了

最終スコア 5-1

WIN:弓川

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

渡り鳥 IORI @yiori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ