2.泣かないかぐや姫

(陽以菜視点の話。前回から時間は続いています。)



 咲来さきの髪は黒くてまっすぐだから、いいな。

 おまけに強いの。三つ編みをほどいてもほら、たいして癖もついてない。

 シャンプーのCMですっごいサラサラロングなモデルさんいるじゃん? あんなのあり得ない、絶対CGだと思ってたんだけどね。

 あり得た。現実にいたんだわ。


 指ですくって、すーっと梳いて、ぱっと離す。

 さらさら。さらさらさら。

 綺麗に流れる、かぐや姫みたいな髪。いいなあ、いいよなあ。

 私の髪なんて――落ち武者だし。



 小学生の頃は、髪が長いのがちょっと自慢だった。友達と長さを競ったりもした。

 でも六年の時、男子に落ち武者って言われて、夢から覚めた。

 そうだよね。くしゃくしゃですぐバクハツする私の髪なんて、ロングが似合うわけないよね。わかってたのに。

 あのとき女子はみんな、気にしちゃダメだよなんて言ってくれたけど、恥ずかしくて泣きそうで、私ちょっとパニックはいっちゃった。


 だから切った。自分で切らなくちゃと思った。

 はい、ロングヘアひいなちゃんはおしまいです。これはギロチン!て言いながらザックザック切った。

 あとでお母さんに叱られたけど、反省はしてない。

 

 咲来はヘンなやつなの。

 お互いに名前も覚えないうちから「かわいい!」なんて言ってきて。正直、コイツばかなんじゃねーのと思ったくらい。

 でもそれから毎日毎日、顔を合わせるたびに「ひぃなは可愛いんだよ。その髪、絶対伸ばしたほうがいい」って大真面目に言うから、コイツはばかなんじゃなくて違う世界から来たやつなんじゃないかって思うことにしたの。

 うん。やっぱりかぐや姫だ、咲来は。


 かぐや姫が言うんならしかたない。

 地球人とは可愛いの基準がちがうんだ、きっと。だったら髪くらいもう一回伸ばしてもいいかなーっなんてね、思うようになった。えへへ。

 それにね。髪長くなったほうが、咲来に梳いてもらう時間も長くなるし?


 

「さらさら~、さらさら~」

「こら、人の髪で遊ぶな」

「だって気持ちいいんだもーん、サキの髪って」

「編んでくれるんじゃなかったの」


 文句言ってるけど、知ってるよ。咲来だって、髪を梳いてもらうの好きでしょ。 今、とーってもリラックスした顔してるでしょ。うしろ向いてたってわかるんだもんね。

 ほんとはね、咲来の髪、編みたくない。こうしてダウンにしておくのが一番きれいなんだもの。

 

「うしろの分け目、ジグザグにしないでよ。コモドにまたうるさく言われる」

「あ、根に持ってるしー」

「じゃないしー」


 コモド言われてるのは体育教師。おっさんで、無駄に大声で、風紀担当。ようするに生徒のシメ役。

 この前、咲来の髪編むときにちょっとアレンジ加えようとして、後ろの分け目をジグザグにしただけなのにね。余計な髪の変形はするな!とかネチネチ言ってきた。


 ええー変形ってなに? 中学の服装規定が厳しいのは知ってるけど、髪の分け方までうるさく言われるなんて知らなかったよ。

 ジグザグだめなんて生徒手帳にも書いてないのに。


「陽以菜のせいじゃないよ。コモドが私を気に入らないからネチネチ言うの」

 私は三つ編みする手を止めた。

「まさかあ。咲来は成績もいいし、真面目にやってるじゃん」

「でも泣かないからね、体育のとき」

 ああそうだった。嫌なこと思い出しちゃった。


 コモドはお説教が長いんだ。体育の整列とか、ちょっとでも気に入らないと大声説教モードに入る。あんまり大声だから、誰か女子が泣きだして、それでやっと説教モード解除。ってことがよくある。なんだか生徒が泣くのを待ってるみたいで、ほんとに嫌。本当はみんなスンスン鼻をならして泣き真似してるだけなのに、ばかみたい。


 咲来は泣かない。泣き真似なんてもちろんしない。どんなに大声で怒鳴られても表情を変えない。

 いつもまっすぐ顔を上げて、まっすぐな目で前を見てる。睨むんじゃなくて、ただ見てる。かっこいい。

 でもコモドはそれが気に入らないみたい。


「サキのこと、まったく可愛げない、とか小声で言ってるの聞いたことあるよ。ねえ可愛げってなに? それ体育に必要? うわぁキモっ」

 ははっと笑って、咲来がうしろ向きのまま、ぽそっと言った。

「泣かないのも、しんどいんだよ」

 

 制服の襟の上で編みかけの髪が光を跳ね返してる。

 そっか。しんどいか。

 でも咲来はまっすぐで、かっこよくて、きれいなんだよ。

 

 私は咲来をぎゅっとする。おもっきり、頭もワシャワシャする。

「わーっ、ハグすんなこら、ひぃな! 頭どうしてくれんの!」

「ぐしゃぐしゃにしちゃるー」

「昼休み終わるってもう!」

 

 大丈夫。

 だいじょうぶ。


 私たち、最強の呪文は知らないけど、最強の時間があることは知ってる。


 

 音楽室で誰かがピアノを弾いてる。

 もうすぐ昼休みは終わるのかな。

 でも今はまだ、隙間の時間。

 

 もう少し、もう少し。

 風が吹くあいだは、笑っていようね、咲来。

 

 



〈了〉

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髪を梳く、そして猫になる いときね そろ(旧:まつか松果) @shou-ca2

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