3

 ――翌朝。


 セナンは自室のベッドで一睡もせずに夜を明かした。

 結局、セナンを取り巻く問題は何一つ解決していない。


 ドノンのこと、仲間と自分の事、そしてフォティアの事。


 迷いに迷って、セナンは今自分がどうするべきなのかも分からなくなっていた。

 何か一つ選ぶには、他を捨てなければ成り立たない。



「……俺が、黙って親父に従うとする」



 そうすれば、もうセナンが悩む必要はなくなる。

 ここまで自分について来てくれた仲間たちは、どう思うだろうか――とセナンは考える。


 ――俺がただのガキになった時、あいつらは一体どんな目で俺を見る?


 ――俺はあいつらにどう接すればいい?



「……くそ、惨めだな。俺って人間は……」



 ――自尊心に殺されそうだ。


 セナンは深く息を吸って、吐いた。

 ドノンに大人しく従がうという選択を、とりあえず保留にする。



「俺がこのまま、スーティ・バロンとしてやっていくとする」



 ――それで、どうなる?


 セナンの頭には何も浮かんでこない。


 スーティ・バロンは、セナンのおごりや未熟が生み出しただった。


 ドノンに突き付けられた真実を覆せるだけの力が、セナンにはないのが現実だ。

 それでもセナン本人としては、まだ認められない気持ちもある。たった一日やそこらで、これまでの自分を完全に否定することはできなかった。


 だから、セナンは思ってしまう。

 まだ自分に、スーティ・バロンに出来ることがあるのではないか――と。……だが、



「……そう簡単に思いつきゃ、こんなに苦労しないよな」



 自信を無くし、理想も見えなくなってしまったセナンに、スーティ・バロンを生み出した時のような閃きはやってこなかった。


 ――まるで、暗闇の中にいるみたいだ。


 セナンの口元に、自嘲気な笑みが浮かぶ。



 そして、セナンが抱える最後の問題はフォティアの――精霊族の問題。

 本来、門外漢であるはずのセナンが自ら首を突っ込み、粋がったあげく、己の“未熟”と“無力”を証明する事になった、の――


 ガバッ――と、セナンはベッドから跳び起きた。自分の胸に手を当てて、目を見開く。


 セナンは同じ疑問を、瞑想でもするように目を閉じて、何度も何度も自分自身に問いかけた。


 しばらく時間でも止まったかのように身じろぎ一つしなかったセナンは、“予感”を“確信”に変えると、胸に当てた手をぎゅっと握った。手汗がつぎはぎの服に滲みこみ、皺が寄る。


 閉じていた瞼が開くと、セナンの瞳には覚悟が灯っていた。



 心にき動かされるように自室を飛び出すと、セナンは基地の廊下を駆け抜けた。


 時刻は早朝。

 走るセナンの向かいから、ペイスが歩いてくる。


 ペイスは尋常ではないセナンの様子に眉を顰めたが、あえて普段と同じ調子で片手を挙げた。



「セナン、……」



 セナンはペイスの呼びかけを振り切って、ペイスの脇を走り抜ける。

 呆気にとられるペイスに、セナンは顔だけ振り返って、



「――わりぃ! 急ぎなんだ!」



 と叫んで廊下の奥へと消えていく。

 ペイスは刈り上げた頭の側面をさらりと撫でると、



も急ぐか……!」



 と呟いて、セナンとは逆方向に駆けだした。




 “居住区画”は文字通りアダマスの構成員が生活するための区画である。

 指令室やサーバルーム等、最重要設備が集まる“中枢区画”をぐるりと囲うように設計されており、左右対称の作りであるために、左半分・右半分でそれぞれ男女の生活区画を分けている。

 

 “居住区画”の外側にはさらに小規模ながらも“生産区画”があり、アダマスの食糧自給や装備開発などを賄っている。ケレの工場もこの区画に設置されていた。



 セナンは、そんな“居住区画”の廊下を女子区画に向って駆けていた。

 人気のない時間に女子区画をうろついているところを大人に見つかれば、通常厳罰を食らう規則だが、今のセナンにそんなことは気にしていられなかった。


 フォティアの居場所を知っていそうな人物に心当たりがあるとすれば、セナンに思いつくのはイヴリーンかミミ。その上でどちらを先に訪ねるか――、セナンはほとんど悩まなかった。


 幅員の広い主廊下から、狭い脇廊下に入り、セナンはようやくイヴリーンの部屋に辿り着く。当然ロックがかかっており、セナンはドアを数回ノックして様子を窺った。


 呼吸を整えているうちに、セナンは少しずつ冷静さを取り戻してゆく。


 すると、少しして部屋の中で物音がして、



「……はいはい、誰よこんな朝早くに……」



 という、気だるげなイヴリーンの声が聞こえた。



「もしかしてシオン? 前にも言ったわよね、私はあんた程朝早いわけじゃ……――」



 ぐちぐちと文句を言いながら、イヴリーンはドアのロックを外す。

 空気の抜けるような音がしてドアがスライドすると、セナンの眼前にクリップとターバンで長い髪をアップにしたイヴリーンが現れた。



「ない、……って……」



 苦笑いを浮かべるセナンの顔を見上げて、イヴリーンは固まった。

 セナンは首筋を擦りながら、あまりイヴリーンの寝間着姿をじろじろ見ないようにしてこう言った。



「その……、悪いなイヴリーン……。こんな朝早くに」


「……ぇ、セナン……?」



 呆然として呟くイヴリーンに、セナンはぎこちない様子で「あ、ああ」と頷いた。

 その途端――、イヴリーンは両手で自らの頭を抱え、青ざめる。



「……へ、ぁ、わた、私……、こんな……、かっこで……」


「イヴ……――?」



 セナンが不安になって一歩近寄ると、イヴリーンは我に返ったように顔を上げた。セナンを見上げるその顔色が、みるみるうちに青から赤に変わっていく。



「そッ、そのね! 私まだ、か、髪とか、ふ、服とかっ! ね、寝起きのまんまっていうかっ、その! い、今からするところでっ、それで……っ」


「おっ、落ち着けって!」



 そう言いながら、セナンも内心慌てていた。今更ながら思慮が足りなかったと猛省し、何とか手短に用件を済ませなければと思ってはいるものの。ラフな格好のイヴリーンという珍しい光景に視界を圧迫され、セナンも平常心ではいられない。


 そんなイヴリーンの背後から、ひた――と素足で歩く音がして、



「――イヴリーン……? どうかしましたか……?」



 眠たそうに目を擦る、フォティアが姿を現した。

 

 セナンの顔つきが引き締まる。

 一気にシリアスになったセナンの雰囲気から、イヴリーンは全てを察して悲し気に目を伏せた。


 フォティアを振り返るイヴリーン。小さく首を左右に振り、



「ううん、何でも……。あんたに用があるみたい」



 と、それだけ言って道を開けるように端に寄った。


 寝起きでしょぼしょぼとしたフォティアの橙の瞳が見開かれ、そこに真剣な顔をしたセナンが映る。

 フォティアの思考が纏まる前に、セナンは言った。



「――フォティア、話がある」



 たった一言。

 静かな声だが、その言葉はその場にいた誰の耳にも、ズンと重たく響いたのだった。



□■□



 ――バラッド・エアは、几帳面な男である。


 毎朝決まった時間に目を覚まし、ベッドを整え、一階のキッチンで湯を沸かす。

 湯が沸くまでの間に洗顔と軽い歯磨き。目覚ましにコーヒーを一杯飲み、今朝の新聞に目を通す。


 コーヒーを飲み終えると朝食の準備を整える。

 タンパク質、ビタミン等々、栄養の偏りがないメニューは勿論彩りもいい。大小様々な無地の白い皿にお洒落に盛り付け食卓に並べる。


 料理はいつも2用意する。


 支度を終えると、バラッドは時計を確認した後、エプロンを外して二階へ戻り、自室のドアを素通りしてもう一方のドアをノックする。ドアの板には『アリア』の掛札。



「……はぁ~ぃ」



 と、間の抜けた返事に頬を緩めて、バラッドはドアを開けた。


 可愛らしい部屋の内装。目立つのは大きなベッドと、その上でと動くふかふかの掛布団。

 バラッドは、カーペットの上に散らばる服を一枚一枚拾いつつ、ベッドわきに近寄った。



「……こら、目覚ましが鳴ったら起きるのが普通だぞ。二度寝してどうするんだ」



 言葉遣いとは裏腹に、優しい声音。

 バラッドはベッドの縁に腰を掛けると、枕の上でと寝息を立てる可愛らしい少女の顔を見下ろした。


 髪の色はバラッドと同じ“明るい茶髪”。唯一異なるのは、バラッドがくせ毛であるのに対し、少女は絹糸のように繊細な毛流れを持つストレートであること。


 バラッドは愛おしそうに少女を見つめ、その頬っぺたを『ぷにっ』と指先で軽く突いた。



「ん、ぅ……。……お兄――」



 そんなバラッドの指先を押し返すようにして寝返りをうった少女は、薄目を開けてバラッドの顔を見た途端、「ぷっ」と言って噴出した。



「ぷふふ……。お兄ちゃん、その顔やっぱり笑えるよ」


「……」



 バラッドの眉がピクリと跳ねる。

 その頬は一晩で晴れ上がり、大きなガーゼを突き上げて膨らんでいた。


 少女はバラッドの表情を見て冷や汗をかき、



「あー! ウソウソっ、今の無し!」



 とそう言って、起き上がると両手を合わせて頭を下げた。

 恐る恐る、バラッドの様子を窺い見る少女の頭に、バラッドの手刀が乗る。



「――あだっ」


「……全く、しばらくこの顔と付き合う事になるのを考えるだけでも気が滅入る……」



 バラッドは忌々しそうにそう言うと、ベッドから立ち上がった。

 そんなバラッドの腕に、少女が慌ててしがみ付く。



「あ、お兄ちゃんっ……! やだやだ、怒んないで……」



 不安そうな少女の眼差し。

 バラッドは安心させるように微笑んで言う。



「怒ってないよ」


「……本当?」


「ああ。少なくともアリアには」



 バラッドの妹であるアリアは、兄の口からその言葉を引き出すと安心したように息を吐いた。

 バラッドは人知れず自らを戒めると、アリアの頭に手を乗せる。



「俺がアリアを叱るのは、他人様の迷惑になるようなことをしでかした時だけだ」


「……うん」


「朝食の用意ができてる。冷める前に降りておいで、お兄ちゃん先に食べてるからな」



 アリアが頷くと、バラッドはアリアの部屋を後にした。

 アリアの洗濯物を洗濯籠に、その他の衣服をアイロン台の上に畳んで置くと、バラッドは洗面台の前で足を止めた。


 鏡に映る自分の顔を見て、バラッドは眉根を寄せる。

 思い出すのは、大胆不敵な笑顔が似合うドレッドヘアの少年――スーティ・バロンもとい、セナン・バージャック。



「……この借りは必ず返すぞ、セナン……!」



 眉間に皺をよせ、バラッドは一人呟いた。




 朝食と、その後片付けを済ませた後、バラッドは鏡の前でネクタイを締めていた。

 新調した黒のスーツとコート。そして同色の帽子を被る。やはりどうしても頬のガーゼは目立って見えた。



「あれ、お兄ちゃん今日は休みじゃなかったの?」



 普段着に着替えたアリアが鏡越しにバラッドを見ていた。

 バラッドは「あー……」と言葉を濁し、



「モーリスの見舞いに行かなきゃなんだ。ま、そのあと結局職場に寄るから、帰りは多分遅くなる」


「そっか、モーリスさん大丈夫なの?」


「ああ、左の鼓膜が破れてるのと、手首の骨折で済んだみたいだ」


「それ……、って言えるのかな……」



 淡々としたバラッドの返答にアリアが苦笑いを浮かべると、バラッドも小さく笑う。



「体の丈夫さが取柄みたいな奴さ、心配ないよ。そのうちまた3人でディナーでも食べに行こう」



 バラッドが言うと、アリアの瞳が輝いた。



「うん……っ! 楽しみにしてるね!」



 無邪気に笑って、後ろ手にアリアが左右に揺れる。スカートがひらめいて、空気が華やぐ。

 バラッドは微笑むと、仕事鞄を持ち上げた。



「そろそろ行くよ」


「お見送りするねっ。休みだし、アリアも一人で出かけてこようかな~」



 2人、玄関へと向かいながら他愛のない話をする。

 バラッドは革靴を履くとアリアを振り返った。



「家に籠っているよりはいいな。ただし、あまり遅くなるなよ」


「りょうか~い」



 あざとく敬礼してみせるアリア。

 バラッドは呆れたようにフッと笑うと、玄関のドアを開けた。



「じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃい! モーリスさんによろしくね~」



 バラッドが外に出ると、そこには石畳の町並みが広がっていた。

 動力に精霊を用いた、“機械馬”と呼ばれる機械仕掛けの馬に引かせる“機械馬車”が道を行きかい、どこもかしこも物で溢れ、賑わっている。


 バラッドは家の前で機械馬車を一台調達すると、御者に行き先を伝えてモーリスの入院している病院へと出発した。




 わずか数分で目的の病院に到着すると、バラッドは御者に代金を払って機械馬車を降りた。

 

 病院に入ると受付で簡単な手続きを済ませ、一人モーリスの入っている病室へ向かう。

 病院特有の薬品臭さに辟易しながら、目的の病室に辿り着くバラッド。個室らしく、表札には『モーリス・ブロウ』とある。


 数回ノックをしたが返事はない。

 バラッドは窺うようにそっとスライドドアを開けて中に入る。


 病室の中には、白いベッドに上半身を起こして座る、スキンヘッドで色白の大男が居た。

 

 モーリスは、病室の窓から風に揺れるカーテン越しに、青空を見つめていた。

 あまりにも不似合いなその光景に、バラッドは思わず噴き出した。



「うおっ!? なんだっ、いつの間に入ってきやがった、バラッド!」



 幽霊でも見たかのようにモーリスは飛び跳ねた。

 心臓のあたりを押さえ、病室に入ってきたのがバラッドだと分かると安心したように長く、深く息を吐いた。



「俺が今銃を持ってたら、間違いなく撃ってたな」



 モーリスはそう言って笑うと、指で銃の形を作って発砲する真似をした。

 モーリスの冗談に、バラッドも笑ってベッドに寄り、



「ノックはしたぞ」



 とそう言うと、2人は手を固く掴みあう。

 バラッドの言葉を聞いたモーリスは、天を仰いだ。



「チクショウ、またこれだ! 耳のせいさ、バラッド。おかげでエロ本も読めやしない」


「……それで深窓の令嬢よろしく、青空を眺めてたってわけか」



 バラッドの皮肉たっぷりの物言いに、モーリスは半笑いで眉を顰める。



「……なんだよ、文句あんのか?」



 バラッドは物書き机の椅子をベッド横まで引っ張って、腰かけると笑いながらこう言った。



ポエムを書くゴリラ並みに奇妙だったぜ」



 モーリスが目を丸くして、手を叩いて笑うと、バラッドも腹を抱えて笑い出す。2人して腹がよじれるほど笑ったあと訪れた静寂に、モーリスが唐突に真顔になって首を傾げた。



「……で、ゴリラってなんだ?」


「知りもしないで良く笑えたよな」



 バラッドは痛むのか腫れた左頬を押さえた。



「……そうだな、お前を百倍毛深くしたような奴だ。四足歩行で、ウホウホ鳴く」


「ふざけてんのか?」


「いるんだよ。本当に。本で読んだ」


「……そいつは、……本当に奇妙だな」



 「だろ?」とバラッドが言うと、モーリスは顎に手を当て神妙に頷いた。

 笑いによる熱が冷め、病室に沈黙が降りる。バラッドが指を組んで言う。



「……生きてて、本当に良かった。……治るんだよな、どっちも」


「……ああ。鼓膜は再生するし、骨もくっつく。問題ねぇ」



 モーリスが微笑んで頷いた。

 バラッドは、ほっとしたように笑って俯き、再び静かに口を開く。



「死んでたら……、泣いてたかもな」



 モーリスが目を丸くしてバラッドを見つめる。幽霊よりもさらに信じられないものを見たような、そんな反応。



「お前がか」


「……アリアが」



 バラッドがにやりと笑ってそう言うと、モーリスも「だと思ったぜ」と言って笑った。



「アリアがよろしくとさ」


「そりゃあ嬉しいぜ。もう治っちまったような気がするな」



 満面の笑みを浮かべるモーリス。



「冗談じゃなく、さっさと直してもらわなくちゃ困るんだ」



 バラッドは深刻に、モーリスの腕と耳を心配そうに見つめた。



「俺の相棒はお前しかいないんだからな」


「……知ってるよ」



 モーリスがあしらうようにそう言うと、バラッドは膝を叩いて立ち上がった。

 モーリスはそんなバラッドを見上げて、



「もう行くのか」



 と、そう言った。

 バラッドが鞄を拾う。



「陛下のお呼びがかかってる。……多分、昨日の事だ」



 モーリスが身を乗り出し、険しい表情でバラッドを見つめる。



「……平気なのか」


「さぁな」



 まるで他人事のようなバラッドに、モーリスは頭を抱えた。



「さぁなって……、お前なぁ……」



 言っている間に、バラッドは病室のドア前まで移動していた。



「おいっ! バラッド……!」



 モーリスが呼び止める。

 バラッドは無表情に振り返ると、モーリスを見つめた。



「――覚悟はできてる。ないとは思いたいが、万が一。もしもの時は、アリアを頼む」



 バラッドはそう言い残して病室を飛び出した。



「お、おいっ! 聞いてねぇぞ……、バラッド! アリアちゃんはお前が守るんじゃなかったのかよッ! おいッ!」



 モーリスは声を張り上げたが、バラッドから返事が戻ってくることはなかった。




 グラヴィスの居城は、ルベロンの何処に居ても見上げることができるようにと、ルベロンの町の中心にそびえ建っている。


 過去に、ルベロン城の景観を損ねた罪で死罪になった建築家が存在するほど、その辺りは徹底して管理されていた。


 そんなルベロン城の最上階。

 町を一望できる、贅を尽くしたきらびやかな一室で、バラッドは護衛の聖騎士パラディン2名に睨まれながら一人の若い男と対面していた。



「――バラッド・エア」



 その人物――現ルベロン国王、グラヴィス・ルベロンに名前を呼ばれ、バラッドは身を固くした。

 グラヴィスは豪奢な作りの机に肘をつき、横目でバラッドを吟味するように睨み付けた。鬱陶しい金髪と、他者を露骨に見下す様な目つき。



「優秀な男と聞いていたんだがな。所詮は騎士階級ナイツ、か……」


「は、この度は陛下に大変な――」


「本当に分かっているのか? バラッド。君の罪、君がここに呼ばれた、その意味を」



 グラヴィスはバラッドの謝罪を遮って、退屈そうに言った。

 バラッドは腰を折り、頭を下げたまま考えを巡らせる。



「それは、その、火精サラマンダーの姫を奪われ、汽車のお客様方への被害と、伴ってルベロン国の信用を失った件に――」


「もういい。君が何もわかっていないという事が良く分かった」



 グラヴィスが再びバラッドの言葉を遮り、厄介払いをするように手を振った。

 バラッドは何が間違っていたのか分からずに、困惑して顔を上げる。


 グラヴィスはそんなバラッドの顔を悪趣味な笑顔で見つめ、



「いいかな。重要なのはという事実一点にある」



 横向きだった身体を正面に向け、グラヴィスは机の上で手を組むとそこに顎を乗せた。



「君の失態のせいで、私が不快な思いをした。何が盗まれたとか、他の誰それに被害が出たなどというのは全て、些末なことだ。まぁ、火精サラマンダーの姫に関しては思うところがないわけではないが……」



 グラヴィスは言葉を区切ると、座り心地のよさそうな椅子の背もたれに深く寄りかかる。



「私はというエネルギーを産む工場……、とか言ったかな。それの動力にしようと思っていたんだ。別に余ってる火精サラマンダーを使ってもいいんだが……、ほら、姫ともなると伯が付くだろ?」 



 そう言ってグラヴィスは下種な笑みを浮かべた。

 バラッドは折った腰を元に戻し、グラヴィスの顔から思わず目を逸らす。



「私が目指すのはクリーンなイメージなんだ。そのための“精霊機関”。電気と呼ばれるエネルギーで、私はルベロンに革命を起こす。機械馬車はその先駆け、後は火精サラマンダーの姫とやらを待つだけだったのに――」



 グラヴィスがバラッドを睨みつける。



「無能のせいで私の完璧な計画はパーだ」



 バラッドは駄々をこねる子供を見ているような気分だった。

 バラッドに緊張が走る。しかし、グラヴィスは突然表情を穏やかにした。



「だが、私は寛大だ。君にもう一度だけチャンスをやろう」


「……チャンス、ですか」



 怪訝そうに眉を顰めるバラッド。

 グラヴィスは足を組む。



「そうだ。アダマスを知っているな」



 バラッドが黙って頷くと、グラヴィスの口角が吊り上がる。



「所詮は雑魚だ。奴らを潰すのはいつでも良かったんだが、



 バラッドには思い当たる節があった。

 グラヴィスは、言葉を弄ぶように嫌にゆっくりとこう言った。 



「――スーティ・バロンは、アダマスの“反逆者”ドノン・バージャックの実子だ」


「な……っ!」



 バラッドは思わず「何故それを」と口走りそうになって、すんでのところで飲み込んだ。


 ルベロンにとって目の上のであったアダマスとスーティ・バロン。両者のつながりは元々懸念されてはいたものの、これまではっきりとした情報は得られていなかった。


 バラッドはスーティ・バロン――セナン・バージャックから直接その情報を明かされたが、個人的な想いから、バラッドはその情報を秘匿していたのだった。


 グラヴィスはバラッドの反応を見て、得意そうに微笑むと、



「今夜、。バラッド、君にはその作戦に参加してもらおう」



 と言ったのだった。

 バラッドは目を丸くしたが、同時に困惑してもいた。遠慮がちに、グラヴィスに意見する。



「は、陛下のご命令とあらば。……ですが、その、アダマスの拠点が特定されたという話は聞いた覚えがありませんが……」



 はっきり言って、そこが問題だった。

 バラッドにグラヴィスの命令を拒否する権利はないが、無理難題を吹っ掛けられるのは困りものであった。


 しかし、グラヴィスはバラッドのそんな考えもお見通しであるとばかりにほくそ笑む。



「安心したまえ。案内役ガイド


「……ガイド?」



 バラッドが首を傾げると、グラヴィスは出入り口のドアに向って「入りたまえ」とそう言った。


 ガチャリ――とドアが開き、入ってきたのは


 耳の下あたりで切りそろえた、美しい金髪が揺れる。

 少年は間抜けな顔で振り返るバラッドを嘲るように微笑みながら、つかつかとブーツを鳴らしてバラッドの真横で足を止めると、踵を打ち鳴らして敬礼の姿勢をとる。

 


「ルベロン騎士団所属、騎士階級ナイツ――マルク・イベール、ただいま参りました」



 中性的な顔立ちをした少年は、落ち着きはらってそう言った。

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スーティ・バロン 波打 犀 @namiuchi-sai

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