駅の人

一ノ路道草

駅の人

 ある休日の午後19時、飲みに行く約束があり、駅の改札近くで友人を待っていた。


 ここはターミナル駅なので、様々な人が訪れる。学生や会社員。幼い子供を連れた母親。背中の曲がったお年寄り。外国からの観光客。


 そうやって毎日色んな人が通るので、時には風変わりな人もいる。


 独り言があまりにうるさく、その内容はあまりに支離滅裂で、突然無言になったかと思えば、次の瞬間にはまた絶叫や奇声を発する中年の女性や、近くの女子中学生が着ているセーラー服姿で、いつもニコニコ笑っているお爺さんなどを、この駅では何度か見たことがある。


 今日もこの駅で、そういった種類の人の姿が、自分の眼に写った。


 それは一見すると黒いスーツを着て鞄を持った、ただの若い男性のように見える。


 容姿は比較的整っていて、整髪料でてかりを帯びた髪は完璧な七三分けにセットされており、髭は綺麗に剃られ、肌はやや青白く凛々しい表情であり、特に怪しいと感じる特徴は見られない。


 しかしこの男性は、そのまま駅を出るかと思った刹那、何故かくるりと身を翻し、再び改札へと戻ってくる。


 なんだろうと思い、意識して眼で追っていると、そのおかしさにようやく気付いた。


 彼は何度も何度も、それこそ何十回も、改札の前と駅の出口の前を往復し始める。


 ついに駅の敷地から出ていったかと思えば、その数分後にはロボットのようにまっすぐな足取りで戻ってくる。そしてまた延々と、終わりない往復が再開された。


 異常に気付いて対応に出てきた駅員たちの問いかけにもまったくの無言であり、口を固く結んで一言も声を出さず、彼はまっすぐに曇りの無い瞳で、じっと彼の前に立つ駅員ではない何処かを見つめ、歩き続けるのだ。


「悪い、待たせたな」


 友人の声に、はっと我に返る。彼の陽気な声のお陰で、自分が平凡な日常の世界に戻ったような安堵を感じた。


 駅を出ると、気を取り直して他愛のない会話を楽しみながら、五分ほど色鮮やかな夜景を歩く。


 いつもの店のドアを開けようかとした時だった。


「悪い、待たせたな」


 振り向けば、あの男が背後から、友人に似た声と顔で、こちらに笑い掛けてきた。


 気味が悪いと思いつつも、なんとか言葉を返す。


「なんですか、人違いですよ」


「なんですか、人違いですよ。あっ、買い物袋二枚下さい。間もなく電車が参ります、黄色い線の内側にてお待ち下さい」


 男の顔と声が次々に別人へと切り替わる。


「今日もいい1日だったあ! 帷子川のかたちゃんを保護する会が様子を見守るなか、かたちゃんは元気な姿を見せてくれました。微量な検出が確認されたため、本日の業務にはくれぐれも注意していただきたい」


 男の目まぐるしい豹変に呆気に取られるなか、友人に手を引かれて静かに後ずさると、その分男がにじり寄ってくる。


「うわあ、タマゴサンドにすればよかったぁ」


 そう苦笑いしながら、突然男が掴み掛かってきた。


 悲鳴か叫びか分からないほどに声をあげて、ひたすら、無我夢中で逃げていた。


 気付けば友人の姿が無い。


 その日を最後に、彼は行方不明になった。


 後日知人から、とある噂を聞いた。


 消えた友人があの駅を、毎日狂ったように、延々と往復していると。

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駅の人 一ノ路道草 @chihachihechinuchito

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